五四話 シルフィの戦場!
メティスレイヒェ大聖堂は帝都ウーケンの中心に正確に位置している。
帝都の中心にあるのが帝國の城ではなく、神殿の建築物であるのは一見不思議なことだが、その真の役割を知れば誰もが頷くことだろう。
帝都を結界都市として機能させるには、その中心で結界術を行う必要がある。
結界術というのは聖属性の儀式呪文であり、その強力な使い手はまず第一に神官なのだ。
メティスレイヒェ大聖堂の天井はドーム型で、そのすぐ下、壁の上部には光を取り込めるようステンドグラスのはめ込まれた窓が並んでいる。
広間から長机と長椅子は全てのけられ、がらんとしたその中央には真紅の絨毯が敷かれていた。
その絨毯には複雑な魔法陣が金糸で刺繍されていた。
この魔法の絨毯こそ神殿の神器であり、一説によると宮廷魔導師のローブもこの絨毯を模してつくられたといわれている。
神殿の神器、魔法の絨毯を取り囲んでいる人々は、主に三つに分けられる。
絨毯と同じ真紅のローブを纏う宮廷魔導師。
白を基調にした祭服に身を包む神官。
雑多な服装の、市井の魔法使いだ。
常なら交流などほとんどないであろう彼らは、その垣根を越えて話し合っていた。
少しでも結界の効果を上げる方法がないか、異なる視点から知恵を寄せ合う姿はまず見られない光景だ。
聖属性の使い手達が頭を悩ませる中、入口の大きな扉がゆっくりと開いた。
広間に足を踏み入れた人物を見て、議論していた人々は、誰からともなく神妙に口を閉ざした。
姿を見せたのは神官長オムネス、大神官カロッツァ、次代の聖女シルフィ、パラティウム帝立学園理事長のディアドラ。この結界術の中心となる四人。
広間に入ってきた四人は、魔法の絨毯の上に立つ。
絨毯には中央に大きな円、その周囲に三つの円が刺繍されている。
周囲の小さな三つの円にオムネス、カロッツァ、ディアドラが立つと、金糸の円が白く光り出した。
中央の一回り大きな円にシルフィが立つと、静粛にしていた場に、小さなざわめきが起こる。
中央の円が放つ白い光はひときわ強く輝き、シルフィの膝丈ほどまで光を放っていた。
この光は結界術に必要な力を備えている証である。
ディアドラの光がシルフィほど強くないのは、聖属性の適性の差が魔力の差以上に大きいからだ。
神官はともかく、宮廷魔導師や市井の魔法使いの中には、年若いシルフィが中心となるのに疑念を抱く者もいたであろう。
オムネスは、彼らが眼前の光景を受け入れ、納得していくのをゆっくり確認して、いつも通りの穏やかな口調で語りかける。
「皆さん、帝都は今、危急存亡の時を迎えております。この苦難を乗り越えるため、立場を越え集まってくれたこと、御礼申し上げます。さて、既に説明したとおり、これから――」
結界を張る作業を改めて説明していく。
これより一日一度、計三回。
太陽が最も高く輝くときに儀式を執り行い、結界を重ねて強化していく。
その後は蝗害が接近し過ぎ去るまで、常にこの大聖堂で結界に魔力を注ぎ続けることになる。
結界を張るのはシルフィであり、魔力を調節するのは周囲の三人だ。
オムネスの説明が終わると、それぞれ思い思いの姿で魔力のコントロールに集中しはじめる。
神官は、シルフィ、オムネス、カロッツァ、ノーマッド家の三人と同じように、大地に膝をつき祈るように。
それ以外の者で一番多いのは、ディアドラのように座禅を組む者か。
ディアドラは全員の魔力が高まって安定したのを感じ取ると、正面に座るシルフィへ片目を開いて合図を送る。
合図を受けたシルフィが口を開く。
「魍魎バッタはその特性上、進路上にある全ての生き物を食い尽くすそうです。そして結界に阻まれようとも飽きることなく、何度でも同じ方角へ進もうと試みるそうです。そのため、魔物の侵入を阻むと同時に、石化させる結界を張ることになりました。私の祝詞に続いて復唱をお願いします」
シルフィの言葉が終わると、各々が魔力を魔法陣へと向けはじめた。
ディアドラの額に汗がにじむ。魔力の制御で一番負担がかかるのはディアドラだ。
オムネス、カロッツァとともに、この場に集まる魔力を一定に保ち魔法陣へと注いでいくと、満たされる魔力に呼応して魔法陣全体が眩く光り出した。
「天に冠する光の神よ、闇を払いし尽きぬ光よ」
「「天に冠する光の神よ、闇を払いし尽きぬ光よ」」
シルフィを包むように、光の柱が天へと伸び始めた。
「日の御蔭、 遍く照らし、我らが大地に御身の加護を」
「「日の御蔭、 遍く照らし、我らが大地に御身の加護を」」
少々不揃いであった復唱の声が次第に一つにまとまっていく。
祝詞の復唱とともに、彼らを包む空気が足元から太陽に照らされているかの如く熱を帯びてくる。
儀式が進むにつれ、魔法陣から伸びる光の柱は大聖堂の天井を越え、光が帝都の空へとあふれていく。
「……天地は天地に、不浄なる魔を祓い給へ」
「「天地は天地に、不浄なる魔を祓い給へ」」
「大いなる慈悲をもて、清め給へ」
「「大いなる慈悲をもて、清め給へ」」
祝詞が終わった。
光の柱は上空で糸のようにほぐれ四方へと、帝都を傘で覆うように、城壁へ散らばっていった。
マルコが西で一億の魔物の群れに単身で挑み、シルフィが帝都で結界を張っている頃。
新入生達は帝國北東のノーステリア平原で朝を迎えていた。
「はい、ごちそうさま」
と言ってはいるが、ルカの朝食はまだだ。
従魔のチュリオとガウルが朝ご飯を食べ終えると、ルカは手早く後片付けをした。
ルカの朝は早い。
故郷の山村にいた頃から早かったが、帝都へ来てからもその習慣は変わらない。
「んー、いい空気っ」
故郷を思い起こす濃い空気の中、従魔の朝食の後片付けを終えても、ほとんどの生徒はまだテントの中で夢うつつなようだ。
ノーステリア平原についた生徒達は、まずベースキャンプの設営に取りかかった。
生徒達は道中で順番にキャンプの準備をしてきた成果を発揮し、魔物のいるこのノーステリア平原でも速やかにベースキャンプを築き上げた。
テントの中で過ごした夜が明け、今朝から討伐演習が本格的に始まろうとしている。




