五三話 帝都に残る人々!
蝗害が迫り、避難命令が出された帝都ウーケン。
ディアドラは帝都を囲う巨大な城壁の上を一周して立ち止まり、足元にそっと手を伸ばした。
「うむ。しっかり魔力は流れているな」
白くたおやかな指先が、足元に刻まれた溝をなぞる。
その溝には、魔石を磨り潰し練り上げた粉が埋められていた。
ディアドラは魔力を注ぎ、返ってくる反応に満足して頷いた。
「センセー、これで見回りはおしまいか?」
「ロロ、少々だらけすぎではないか?」
「そんな気を張ってもなあ、今すぐどうこうって感じじゃねーし」
そんなディアドラに声を掛けたのは、護衛を任されたロロだ。
城壁の上にいるのは、ディアドラと同じ真紅のローブを纏った宮廷魔導師と、その護衛をする騎士達だけ。
警戒したところで、襲ってきそうな敵の気配はない。
災厄を前に、ぴりぴりした空気が張り詰める中、ロロは一人頭の後ろで手を組んで緩い空気を纏っている。
「最近護衛ばっかだしよー。しかも城壁の上を歩いてるだけだし」
女性要人の護衛任務ばかりで、剣を振るう機会がない。
せめてこれが街中だったら、歩いてるだけで果物や焼き肉串の差し入れがもらえるのに。
賄賂ではない、差し入れである。
特に、西広場で屋台を出しているおっちゃんが奢ってくれる焼き鳥は絶品なのだ。
もっとも屋台のおっちゃんはもういない。
親族の暮らす南方へ避難すると言っていた。
南への移動中にも、屋台を引いてガンガン稼ぐつもりなのがたくましい。
「まあ、そう言うな。今は結界の準備が一番大切な仕事なのだから」
「そりゃ、魔法が使えりゃあな。オレは同僚を斬ってる方が、峰打ちでもまだ楽しい」
ロロの気分的には、マルコみたいに殴り込みをかけたいくらいだが、剣で切れる魔蟲の数などたかがしれている。
「さすがに、死にに行くよーなもんだしな」
ピクリ、とディアドラの耳が立った。
「イヒヒ、別に気に病むことねーだろ。マルコは自分から行ったんだからよ」
ロロはニヤニヤ笑う。
さすがに一億の魔物に勝てるとまでは思わないが、マルコがバッタにやられる姿もロロには想像できないのだ。それはあえて口にしない。
ディアドラのエルフ耳がへにょりと萎れる。
「くっ……、私に蝗害を食い止める手立てがあれば……」
ディアドラが使える魔法の中で最も威力のある攻撃魔法、メテオストライクを使えば、一発で万単位の魍魎バッタを屠ることも可能であろう。
しかし、メテオストライクは連発できるような魔法ではない。
自分と同等の魔法使いが千人いれば、などとディアドラは無い物ねだりをしてしまう。
怒ると思いきや、ずどんと落ち込むディアドラを見て、ロロは困ったように耳をほじる。
城壁の上を歩く他の宮廷魔導師や騎士が、遠くからチラチラと、ロロを責めるような視線を投げかけてくる。
会話の中身は聞こえなくとも、二人の態度を見れば察しはつくのだろう。
中身は両者とも帝國屈指の実力者だが、外見だけ見れば、ディアドラもロロも小柄な少女である。
それでもディアドラがロロに意地悪されているようにしか見えないのだろう。
事実その通りだが。年齢四倍なのに。
ロロはむずがゆくなった後頭部を掻きながら訊く。
「あー。結局、結界が一番なんだろ。どんくらいなら抑えられるんだよ?」
「うむ、当初の想定より強固な結界には出来そうだぞ」
ディアドラはそう言って、ぐるりと一周してきた城壁の内側を、広大な帝都を一望する。
何度見ても飽きることのない、美しい街並みだ。
だが、その美しさも、人が減った今では色あせて映っていた。
街並みよりも、そこにいる人々の活力こそが美しさの本質だったのだろう。
まばらになったとはいえ、人が途絶えることのない通りを眺め、ディアドラは目を細めた。
「ロロ。上を歩いていて帝都の城壁は変わっている、と思わなかったか?」
「……まんまるだな、くっそ丸い。普通、多少は歪なもんだけどな」
「……女の子なんだからもう少し言葉使いをだな……。その通りだ、そもそもこの帝都ウーケンの城壁は、結界都市として有名な聖都テテウを模して造られたのだ」
帝都ウーケンにこの城壁が築かれたのは十英雄の時代。
建設の指揮を執ったのは『初代聖女』と、その伴侶となった同じく十英雄の一人、『竜殺しの皇弟』。
聖女アセリア・ノーマッドの出身地である最古の都、聖都テテウの魔道防御を参考にして造られた帝都ウーケンは、基礎と城壁に巨大な魔法陣が組み込まれている。
「そして結界の中心となるのは……」
ディアドラが見つめる先は帝都の中心、白く荘厳たるメティスレイヒェ大聖堂。
大聖堂が帝都の中心にあるのは、こういう時のためなのだ。
「帝國の国庫にあった魔石を湯水の如くつぎ込み、神殿の神器を使い、この帝都ウーケンの防衛機能を利用すれば、結界の効果は跳ね上がる」
「……で、どれくらいまでいけるんだ?」
「魍魎バッタに換算して、およそ二千万!」
「ダメじゃねえか!?」
「フ、フフフ。聖都でもこれほどの結界は張れまい」
ちょっと現実逃避が入っているディアドラは声を震わせた。
ロロが、「残り八千万どーすんだ」と言う前に、重々しくも心地よい鐘の音が帝都に響きだした。
大聖堂の隣で、時計塔がいつもと変わらぬ音で刻を告げる。
二百年余り、変わらぬ鐘の音。
この音をこれからも響かせるために、多くの人が力を合わせている。
「そろそろ戻るとするか」
「ういっす」
ディアドラには、まだまだやらねばならぬ仕事が待っている。
ハーフエルフの理事長と最年少の帝國騎士は、結界を張る儀式を行う帝都の中心、メティスレイヒェ大聖堂へと歩き出した。




