五二話 マルコ 対 一億の魔物!
マルコは再び雲状のスライムに乗り、空を飛んでいた。
足元には、捕縛したナイトシフトの双頭の一人、片手片足を失った魔蟲使いパルティマスが転がっている。
エリクシールスライムで回復した宮廷魔導師は、風魔法を使いながら帝都へと急ぎ戻っていった。
魔法を使った高速移動に自信があるという彼は、魍魎バッタの状況を探るため単独行動をし、そこを運悪くパルティマスに補足されてしまったようだ。
マルコは、スライムでがんじがらめになっているパルティマスに告げる。
「このまま、お前を魍魎バッタの進行ルート上に放置する。バッタを止めなきゃ死んじまうぞ」
「無駄だ。一度進路を定めた魍魎バッタは俺にも止められない。どんな方法でもな」
「なら、なぜお前はあそこにいた。誘導できるのでなければ、あんな場所にいる意味はないだろう?」
「……我々の狙いはあくまで帝都だ。進行ルート上に他の街があるようなら、住民を脅してでも避難させるつもりだった」
「嘘だな」
マルコに一刀両断され、パルティマスは押し黙った。
無論、嘘に決まっている。
民を思うなら、このような無差別に被害をばらまく方法を選択するはずがない。
パルティマスが蝗害の先回りをしていたのは、十年もの年月を掛けて用意した最高傑作、魍魎バッタの蝗害がどれほどの成果を上げるのかを、自らの目で確かめるためであった。
自身の作品がどれほどの惨状をもたらすのか、蝗害に襲われる前後の様子を確認して、味わいたかっただけのことだ。
マルコはパルティマスの悪趣味な思考を理解していたわけではない。
なんとなく、良からぬ事を考えていたんだろうな、と推測したのは当たっていたが。
パルティマスの存在を無視し、マルコが視線を上げると、ようやく戦うべき相手が見えてきた。
森を浸食して迫り来る、赤い雲海。
「あれか……」
血が泡立つように蠢く、おびただしい数の魍魎バッタ。
さすがのマルコも、このような敵は初めてだ。
大地を覆い尽くす魍魎バッタの群れは、どこまでも広がっていた。
あの下では全ての生き物が食われているのだろう。
「一億か、……一億ってどのくらいだ?」
数字としては知っていても、実感はわかない。
まさに天災に挑むとしか表現しようがない規模に、マルコの表情は苦々しくも引き締まる。
マルコは、すぐにも魍魎バッタが押し寄せるであろう野原を見つけ、パルティマスを降ろすと拘束を解いた。
「じゃあ、頑張って止めてみろよ」
「無理だ! もう俺にも無理なんだ! た、頼む、助けてくれ! それだけの力があれば新たな世界でどんなものでも手に入るぞ。そういう時代が来るんだ!」
「力を振るいたければ、魔大陸でも行ってろよ」
マルコの返答はにべもない。
懇願するパルティマスを置き去りにして、クラウドスライムは後退した。
マルコも地面に飛び降り、魍魎バッタに呑まれようとする魔蟲使いの様子をうかがう。
パルティマスの望む世界、それはマルコからしてみれば魔大陸そのものだ。
豊かなイスガルド大陸を苛酷な魔大陸へと変貌させて、何が嬉しいのだろうか。
どちらが恵まれた世界なのか、はっきり見てきただけに、パルティマスの主張は破壊者のものでしかない。
蝗害が獲物を求めて怪しく蠢く。
次第にそれを構成する、魍魎バッタの姿が明らかになってきた。
人の頭より大きいバッタは、無秩序に飛び交いながらも、確実に東へと向かっている。
パルティマスは何かを叫び、片手片足で逃げようとした。
自由のきかない体では逃げ切れない。そのまま、魔蟲使いの姿は、己の作り出した悪夢にあっという間に飲み込まれる。
「やめ、や…………」
肉を咀嚼し、骨をかみ砕く音が、魍魎バッタの羽音に消えていく。
こうして、魔蟲使いパルティマスはその生涯を終えた。
ノーステリア平原周辺に破滅をもたらしたのがナイトシフトだったこと。
故郷ルコリラ村に疫病を運んだのが、パルティマスの操る魔蟲であったことをマルコが知るのは、しばらく先のことである。
両親の、故郷の仇討ちを果たしたことをいまだ知らぬマルコは、何の感慨も浮かべることなく呟く。
「本当に無理だったのか……」
口では無理だといいながらも、魔蟲使いなのだから蝗害の進路くらい操作できるのではないか、と期待していたのだ。
「扱いきれないなら使うなよ」
マルコは怒りと共に吐き捨てた。
マルコが悪食スライムを少量しか使わないのは、暴走を防ぐためだ。
もし、悪食スライムを召喚すれば、この数えきれぬバッタを喰らい、際限なく膨らみ続け、すぐにマルコの手に負えぬ大きさになるだろう。
蝗害を防いだところで、さらなる災厄を招いてしまう。
用法用量は守らなければならないのだ。
だから、他の手を使う。
スラリウム光線が遠距離戦の切り札なら、こちらは近距離戦の切り札。
ここにいるのが英雄ならば、強力な必殺剣の一撃でも繰り出すのだろう。
大魔法使いならば、儀式呪文のごとき強大な魔法を単身で行使するのだろう。
マルコの、スライム使いの本当の戦い方は、そのような生やさしいものではない。
もっとえげつない、抗いようのない暴力であり、一方的な蹂躙だ。
「数だけを頼りにする雑魚に負けてるようじゃ、魔王軍四天王ファイブの風上にも置けないしな」
四天王でもファイブなのだ。
そう、うそぶいて、マルコは口元に不敵な笑みを浮かべた。
迫る無数の赤い影を前に仁王立ちし、マルコはオリハルコンの槍を掲げる。
穂先が、赤い雲海を切り裂くように、七色に輝きだした。
「無限スライム地獄!」
マルコの周囲を無数のスライムが陽炎のように揺らめき、宝石の粒が煌めく世界が広がっていった。




