四九話 ナイトシフトの双面!
新入生達の姿が広場から消えると、それを観察していた男達が動き出した。
男達が見ていたのは街の入口ではない。パラティウム帝立学園の生徒達だ。
一見すると、大店の商人とその付き人といった風にも見える男達だが、その動きが素人のそれではないことに、見る人が見れば気づいただろう。
彼らは迷わず裏通りの建物に入った。
元は商売をしていたのであろう建物の中に入ると、付き人らしき男が表の扉に鍵を掛け、店の奥へと進む男に話しかける。
「ヴィルマーン様、エルフも聖女もいなかったっすね」
「ああ、二人とも帝都に残ったのだろうな。シルフィネーゼのほうは意外だったが」
商人風の格好をしていても愛想とは縁遠い、神経質そうな顔をしている男の名は死霊使いヴィルマーン。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せるのは、細かい計算違いのために余計な手間がかかるかもしれない、と気にやんでいるからだ。
彼らは薄暗い店の奥にある、埃っぽい階段を降りて地下へと足を運ぶ。
ヴィルマーンは帝都の戦力を綿密に分析していたが、学生のような歯牙にも掛けぬ存在までは計算に入れていなかった。
シルフィが討伐演習で帝都を離れる可能性などは、計算にいれていなかったのだ。
帝都が崩壊した後、即捕獲するつもりであるが、居場所を見失っているうちに聖地にでも逃げ込まれたら、捕まえるのは難しくなるだろう。
帝都を失い地方に目を向ける余裕などなくなるであろう帝國はともかく、聖国まで相手にする余裕はない。
――幸いなことに、ディアドラもシルフィネーゼも帝都で捕獲できそうだ。
ヴィルマーンは部下にも気取られぬよう、わずかに口角をつり上げる。
三年ほど前、聖地で少数出回った十二才の少女の姿絵を宝物のように懐にしまい込む弟を見て、眉をひそめたヴィルマーンだが、弟の為にシルフィの居場所を確認しておくところなど存外身内には甘かった。
無論、神殿を利用するという打算があってのことではあるが。
「その二人は帝都に残って大丈夫なんすかね」
「知らん、死んだらそれまでのことだ」
ヴィルマーンは、次代の聖女とやらに一目惚れした弟のパルティマスより、よほど冷徹だ。
シルフィもディアドラも、絶対に必要な存在ではない。
確保できれば、強力な一手となるのは間違いないだろうが。
国境を越え大陸全土に影響を及ぼす、神殿の最高権力者である聖女。
その歴代聖女二七名のうち、六名を輩出した名門ノーマッド家。
初代の再来と称され、二八代聖女となるのが確実視されるシルフィネーゼ・ノーマッドを手に入れれば、神殿の中枢に大きく食い込むことも可能となるだろう。
有益な人材という意味では、ディアドラもまた得がたい存在だ。
多くの人脈を持つパラティウム帝立学園理事長ディアドラは、人材の目利きや育成に定評があるだけでなく、組織の運営能力に加え、個人としても大陸最高の魔法使いの一人に数えられている。
ヴィルマーン達が階段を降りると、かつては倉庫だったであろう地下室には、山と積まれた食料とともに、ナイトシフトの部下達が待機していた。
ぎらつくような熱気をくすぶらせていた男達は、ヴィルマーンの姿を見て居住まいを正した。
「はーい、静聴にするっす。いよいよっすからね」
付き人風の男、副頭領が仕切ると男達は跪いた。
出自は様々であれど、彼らは皆、ヴィルマーンとパルティマスの力に心酔している。
「諸君、長い間よく我ら兄弟に仕えてくれた。この雌伏の時も、もうすぐ終わりを告げる。
……そもそもこの大陸に三大国が君臨するようになったのはいつからか。
五十年前、S級冒険者ルーベンフェルトが戴冠し、王国の領土を拡大したからだ。
それまでは帝國と聖国が二大国と呼ばれていたのだ。
そう、S級冒険者には大陸の勢力図を塗り替える力がある。
我ら兄弟、英雄王ルーベンフェルトに劣るつもりは全くない。
力ある者には世界を作り変える権利がある。
いや、力ある者が世界を作り変えてきたのだ」
ヴィルマーンが朗々と語ると、部下は熱に浮かされたような眼差しで、彼らの主が語る未来に魅入られる。
彼らがヴィルマーン越しに見るのは、彼ら自身の輝かしい未来だ。
「諸君にも覚えがあるだろう。
力がありながら認められぬこと、自らの力を振るえぬことが。
それは社会が悪いのではない。諸君が社会の仕組みに排除されただけなのだ。
適応できず、望みを叶える力もなかっただけのことだ。
だが、世界は変わる。
我々は力ある存在として、自ら世界を変えていく。
今までの世界がそうして作られてきたように」
ナイトシフトは冒険者上がり、騎士崩れといった者で構成されている。
中には三大国の宮廷魔導師や、メセ・ルクト聖教の神官から身を崩した者までいた。
罪を犯した己が、再び日の光を浴びるために。
あるいは、陥れられた不条理に対抗するために。
彼らは力の信奉者となり、ナイトシフトの一員となったのだ。
いつまでも日陰の身に甘んじるつもりはない。
この薄暗い地下室から、歴史の表舞台に躍り出る日はすぐそこに迫っている。
「ここにナイトシフトの解散を告げる。今日より我らは救世団体パークスだ。民を守れぬ帝國に鉄槌を下し、我らが民を導くのだ」
救世団体パークスは魍魎バッタにより生じるであろう難民に手を差し伸べ、混乱する帝都の民を救う。
帝國は民を守らなかった、民を見捨てたと喧伝するために。
新たな国を興す正当性を、声高に唱えるために。
「天の時はここにあり!」
「「天の時はここにあり!」」
ヴィルマーンの掛け声に部下が続く。
「天の声は我にあり!」
「「天の声は我にあり!」」
これよりヴィルマーンは単身で帝都の南へ向かう。
蝗害に呑み込まれた帝都を南から急襲し、マルスボルク城に自らの旗を掲げるために。
帝國の終焉を告げ、新たな支配者となる力を誇示するために。
マルコのいない帝都に、北から善意の皮を被った悪意の集団が、南から野心を秘めた死霊使いの影が迫ろうとしていた。




