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四八話 迫る悪意!


 帝都を発った馬車は、新入生たちを乗せ、北へと進んでいた。


 馬車一両に十余名といったところか。

 連なる馬車の中で、昼寝をしていた茶髪の少年オキアは目を覚まし、大きく伸びをする。


「ふわあぁあああ」

「おはようオキア君」

「こんな揺れでよく眠れるものだ」


 ジュリアスは呆れているが、ルカやオキアのように地方から帝都まで来た生徒にとって、この程度の揺れは苦にならない。


 ろくに整備されていない道を急いだ、オーク緊急討伐と比べれば大した揺れではない。


「おう、目を覚ますなり喧嘩売られるって最悪な気分だな。……だってやることなくて退屈じゃん。マルコもいねえし」


 オキアは強ばり固まった体をコキコキ鳴らしながらほぐす。


「マルコがいれば退屈ではないのかい?」

「マルコ君がいても馬車の中でやることなんてないんじゃ……」


 失言に気づいて、オキアはそっと目をそらした。

 オーク討伐隊で起きたスライム祭りを説明するつもりはない。

 ここには女子生徒がいるのだから。


 きりっと、オキアは顔を作りながら、腰にくくりつけた袋からスライムを取り出した。

 金とも銀ともつかぬ油膜のような色合いのスライムは、出立直前にマルコから贈られた物だ。

 怪我をしたときに飲んだり傷口に付けると、なんと回復効果があるらしい。

 マルコによると、前に出すぎる癖があるオキアが回復手段を持たないのは心許ないそうだ。


「シルフィネーゼ様だけでなく、マルコまで演習に参加できないとはね。……いったい何の用事があるのだか」


 ジュリアスも赤いスライムを手に乗せる。

 彼は速さと剣の技術こそあるものの、実戦の経験が少ない。

 訓練や試合なら相手に得物を当てただけで勝ちとなるが、魔物相手ではそうはいかない。

 強力な魔物相手に火力不足と感じたときに使うよう、マルコから渡されたスライムだ。


「三人だけになっちゃったね」


 ルカはそう言って、胸元をそっと大事そうに押さえた。

 服の下には高価そうな首飾りが隠れている。

 こちらはホリー先生経由でシルフィから貸し出された魔道具。

 魔力を通すと魔物が嫌がる波長の魔力を放出し、弱い魔物ならこれだけで追い払えるそうだ。

 神殿から貸し出された宝具、なくしたり壊してしまったらと思うと、ルカは気が気でない。


「俺は三人でもトップを狙うぞ」

「無論、僕もだ。君との勝負など所詮二の次だ」


 一パーティーの定員は四人から六人、マルコとシルフィが抜けて定員を割ってしまった。

 二人ともそれを心配して、首飾りとスライムを渡してくれたのだろう。


 三人になってしまったとはいえ、それでオキアとジュリアスが協力できるのなら悪くはないのかもしれない、とルカは胸をなで下ろす。 

 しかし、その判断は少しばかり早かった。そして、甘かった。


「ノーステリア平原なんて遠すぎだよなあ。もっと近い場所だったらあの二人も参加できたんじゃね」


 オキアがいうように演習地が遠すぎると感じている生徒は結構多い。


 大街道だけあって馬車の振動はオーク討伐の時よりはるかにマシだが、ずっと馬車に揺られてじっとしていなければならないと思うと、オキアの苛々は募る一方だ。


 そんなオキアの様をジュリアスは鼻で笑う。


「魔物退治だけが演習では無いと先生も言っていただろう。例えばだ。僕たち中央の貴族子弟にとっては地方の実情を確認し、見聞を広めることも演習の目的の一つなのだよ」


 学園とて理由もなく遠出させるはずもない。

 三年間の学園生活で、地方へ足を伸ばす機会は四度ある。

 二度の討伐演習と二度の修学旅行。

 目的地がきっちり東西南北でわけられているのは、主に中央の貴族のためといわれている。


「俺、貴族じゃないから関係ねえな」

「そうだな、君には関係ないことだ」


 ハッハッハ、とオキアとジュリアスが笑い合い、馬車の中を冷たい風が吹きぬけた。


 討伐演習中、自分一人でこの二人の仲を取り持たなければならないのかと思い、ルカはマルコとシルフィの不在を嘆いた。


 ターバンを巻いた頭の上で、チチ、とローリングバードのチュリオが主を励ます。


 チュリオを落とさぬよう、器用に天を仰ぐルカの視界に小さな石壁が見えてくる。


「あ、街が見えてきたみたいだよ」


 助かった、とばかりにルカは前方を指差した。






 馬車は街をぐるりと囲う石壁を抜け、門を入ってすぐの広場に止まった。


「よっと」


 馬車を一番に飛び降りたオキアは伸びをしながら、街で最も栄えているであろう通りを一望した。


「結構大きな街だな」

「そうだね」


 すやすや眠るガウルの入ったバッグを揺すらないよう、ゆっくりと降りてきたルカが同意する。


 石畳でしっかり整えられた通りには、何軒もの商店が並んでいる。

 オキアの街やルカの村と比べれば、随分と都会らしい街並みだ。


「フン……」


 帝都育ちのジュリアスは無関心を装いつつ、街並みを眺める。


 その後も、次々と生徒が馬車を降りてきた。


 窮屈な馬車旅から解放された生徒達を集めて、ホリー先生が呼びかける。


「みなさーん、まずは宿屋に移動しますよー。宿に着いたら授業ですからねー」

「げっ」


 苦手な座学が待ち構えていたことに、オキアは悲鳴を漏らした。


 ホリー先生に率いられ、オキア達は予約しているという宿屋へ移動しはじめた。

 

 この街はまだしも、帝都や大都市から離れ、小さな街になっていくと、大人数が泊まる場所を確保することは難しくなっていく。

 新入生たちは順番に、宿組と野営組を交替して旅をするのだ。


「フッ、野宿のほうが君には嬉しいだろう」

「授業よりはな」


 ジュリアスの皮肉にオキアは憮然と答える。

 この街を治めている貴族の名から始まり、街の歴史や風土などが淡々と語られる。

 そんな退屈な授業より野営準備のほうがましだ。


 野営したところで青空教室になるだけなのをオキアは知らない。


「ん?」


 いやいや足を進めるオキアは、妙な視線に気がついた。

 飲食店の中から、街の入口に視線を注いでいる男達がいる。

 身なりの整った商人風の集団だ。


「商人、なのか? 冒険者っぽい雰囲気だけどな……」


 オキアの勘が彼らは冒険者だと訴える。

 なぜ、小綺麗な服装をしていて武器も持っていない彼らを冒険者と思ったのか、オキア自身にもわからなかった。


「フン、濁った目つきだ」


 ジュリアスが男達を見ていつものように、いや、いつも以上に辛辣に吐き捨てる。


「もー、二人ともおいてかれちゃうよー」


 先を行くルカに呼びかけられ、足を止めていたオキアとジュリアスは駆け足でクラスメイト達に合流した。

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