四四話 シルフィの役目!
放課後、マルコたちは演習に必要な品の買い出しに出かけていた。
人で賑わう帝都の通りを行くのは、マルコとオキア、ジュリアス、そしてルカ、計四名だ。
「シルフィの急なお仕事って何だろうね、お付きの人は顔色悪かったみたいだけど……」
「スケジュールにない祭儀でも持ち上がったのだろう。シルフィネーゼ様の代わりはいないのだからね。あの方は本来、我々と同じ場所にいるような方ではないのだから」
不可解な面持ちで言うルカに、ジュリアスは遠い目をしてシルフィの立場を言い聞かせる。
その言葉は、ジュリアス自身に言い聞かせるものでもあった。
シルフィは幼いときから祭儀にかり出されていた。
ジュリアスが初めてシルフィを目にしたのもそんな場の一つだ。
神官長と大神官、両親に挟まれ毅然と立つ幼い少女。
この世の者とは思えぬ美しい少女の姿に、ジュリアスは一目で心を奪われた。
ジュリアスは所詮伯爵家の三男坊にすぎない。
立場の違いに悩み、いつしかその姿は単なる懸想から昇華され、守るべき麗人の理想像へと変わっていった。
今でも彼女の姿は灯火となり、ジュリアスの歩む騎士道のはるか先を照らしているのだ。
帝都ウーケンの、ジュリアス達の歩く、この通りでは、人々が変わらぬ日常を送っている。
子どもの手を取り、買い物をする婦人。
その脇を大きな木箱を抱えた男が通り、近くの店から店主が表に出てその男を手招きしている。
シルフィも仕事が入らなければ、この日常の景色にいたのだろうか。
いや、ジュリアスは悩ましげに首を振る。
彼女はそれすら自由にならぬ身。
オキアに手を差し伸べたように、傷ついた人がいれば救わずにはいられないだろう。
それはお布施で治療を行う神殿にとって、認められぬ行為なのだ。
「なんと、おいたわしいことか……」
ジュリアスは胸を押さえ、秀麗な顔に苦悩の表情を浮かべる。
煩悶とする金髪美少年の様子を見て、通り過ぎる若い女が頬を染めていた。
「俺がこんなことしてたら、通報されそうなんだけど……」
美形はこれだから、とマルコは世の不公平を嘆いた。
「また貴族病かよ。どうせ、『この僕が平民の真似事をして買い物をするとは!』とか馬鹿にしてんだろ」
オキアは唾を吐きそうな顔をする。
「あんまり人目を集めるような真似しないで欲しいなあ、恥ずかしいし……」
と、ルカは身を小さくしていた。
「変態貴族は無視してさっさと買い物済ませようぜ。あそこの店は安くて、冒険者割引も効くんだ」
オキアの指が、大きな木製の看板が立つ店をさした。
鍛冶セレクト 無法松。
雄々しく大胆な看板を見て、ルカが目を丸くした。
「えっ、あそこ武器屋だよっ!?」
「大丈夫大丈夫、鍋も包丁もあるぜ。俺、あそこで鍋買ったし」
「そういや、ノルマリアの武器屋でも鍋とか売ってたな」
身をくねらせるジュリアスを放置して、オキアはずんずん進む。
雑然とした通りの中でも、ひときわ乱雑なその店は、表にまで武器が溢れかえっていた。
いかにも安さと品揃えが売り、といった雰囲気だ。
とりわけマルコの目を引いたのは、入口に飾られた巨大な斧。
とても人が扱えるような大きさではない。
「へえ、あんなでっかい斧売ってるのか。誰が使うんだろ?」
「いや、あれは宣伝用らしいぞ。でかけりゃ目立つからってさ」
さすがにあの大きさでは誰も扱えないだろう、という発想がマルコにはなかった。
いたのだ、魔王軍には巨大な武器を使う奴が。
帝都の常識とはまだズレがあるのか、と自問しながらマルコは店に入る。
三人が店内に姿を消すと、ぽつんと取り残されたことに気づいたジュリアスは慌てて後を追った。
――翌日、そして翌々日とシルフィは学園を欠席した。
「近い聖祭はないはずなんだが……」
神殿の祭祀にやたら詳しいジュリアスが顔を曇らせる。
ジュリアスとは別の視点で、マルコにも気がかりな点があった。
口には出せないが、シルフィはS級犯罪組織ナイトシフトに狙われているのだ。
ナイトシフトが何か動きを見せたのだろうか、とマルコは事情を知っていそうな人物を頼ることにした。
「何回見ても……、ロ理事にみえるんだけど……」
マルコは理事長室と書いてあるプレートの、理の字の前にある□を見て、「生徒会室にも職員室にも□はないのになあ」と首を捻りながら、扉をノックして中に入った。
机上の書類を睨んでいたディアドラが、少女のような顔を上げる。
「どうした、マルコ?」
「シルフィが休んでる理由、ディアさんなら知ってるんじゃないかと思って聞きにきた」
「……知ってはいるな。あまり人には言えない話だが……」
「……へぇ」
物騒な匂いを嗅ぎつけ、マルコのどぶねずみ色の瞳に剣呑な光が宿った。
もちろんディアドラは知っている。
シルフィは帝都に結界を張る大役を任されたのだ。
十五才の少女に帝都の命運を背負わせる、酷な話だ。
ディアドラとて、代われるものなら代わってやりたい。
しかし、魔法使いとして遙かに格上のディアドラですら、結界を張るのに必要な聖属性の適性も合わせるとシルフィには届かないのだ。
ディアドラはしばし考え込むと、肩から重荷を下ろすように息を吐き出した。
「……いや、ちょうどいい。君に少し聞きたいことがあった」
座ったまま、ディアドラのエメラルド色の瞳がマルコを見つめる。
一億の魍魎バッタが帝都に迫っていることは箝口令が敷かれている。
それでもマルコに確かめたいことがあった。
「仮にだ、マルコが帝都を落とすとして、それは可能なのか?」
「んっ? 犠牲がいくら出てもいい、っていうのなら簡単だけど」
呆気なく返ってきた答えに、ディアドラは絶句した。




