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四二話 敵は一億・C級の敵!


 帝都が魍魎(もうりょう)バッタの蝗害に飲み込まれると予測される中、オズカート皇帝は住民全てが避難するまで帝都に留まると告げた。


「余の代わりはいても、皇帝の代わりはおらん」


 オズカートが死のうとも、空いた帝位を皇太子が継げば済む話だ。

 しかし、民を捨て置いて皇帝が逃げれば、帝國の皇帝という地位は求心力も支配力も失うことになるだろう。


「帝都の住民、全てが避難に従うことはないでしょうね」


 オムネスはそう言って、帝都で暮らす人々の姿を思い浮かべた。


「行く当てのある者はともかく、大半はそうではありません。……住民の半数近くが帝都に留まるかもしれません」


 オムネスもまた、神官長としての決断を迫られているのだ。

 堅硬な城壁に守られているがゆえに、帝都に残る道を選ぶ者は多いだろう。

 帝都の住民を見捨てるわけにはいかないのは神殿も同じ、結局は皇帝の案に乗るしかない。


「この場に呼び出された時点でもう、他に打つ手はなかったということですか」


 オムネスは嘆息し、気持ちを切り替えた。


 まずは混乱を防がねばならない。

 人の口に戸は立てられない、蝗害の噂は自然と広がるだろう。

 どのタイミングで帝國と神殿が動くか。

 どれほどの民を避難させることが出来るか。


「避難民は、我々帝國騎士団が中心となり誘導する予定です」


 英雄サーラターナ、彼が率いる帝國騎士団は帝都の住民の誇りである。

 帝國騎士団が主導すれば、指示に従う住民も増えるだろう。

 帝國が真剣に避難勧告していることも伝わるはずだ。


 受け入れ先は、北都ノーケンと南都カナル。


「避難だけを考えるわけにはいかないのが難しいところですが……」


 サーラターナが不快そうに言った。

 仮に帝都が崩壊した場合は、イスガルド大陸西の雄、聖国と王国が帝國に牙をむくだろう。

 その侵略にも備えなければならない。


 騎士の剣は魔蟲の大群には無力だが、他国との紛争においては最も頼もしい盾となる。

 帝國騎士団が健在であれば、その被害を最小限にとどめることも可能だ。


 もっとも、帝國騎士団最強の男はその任に就くつもりはない。


「私は帝都に残りますよ。陛下の護衛が仕事なので」

「私も宮廷魔導師の長として、最後まで残らなければなりますまい」


 サーラターナとセフォンは、皇帝のお供に殉ずる覚悟を固めていた。


「お前達が揃っていなくなりでもしたら、どうするのだ!」


 ディアドラは目を怒らせて、帝国のお偉い三人組を叱りつける。


 彼女にとって、皇帝と帝國騎士団団長は教え子であり、宮廷魔導師長は後輩だ。

 宮廷魔導師を辞したときに、そう接すると、ディアドラは心に決めている。


 帝國の未来を憂える彼女の詰問は、当然の事だった。

 もし彼らが死んだら、帝國は軍事面でのトップを揃って欠くことになるのだ。


「ルミナリオがいれば帝國騎士団の心配はないでしょう。私などより、よほど上手くやりくりしてくれますよ」


 今でもルミナリオにやりくりさせているサーラターナは、悠々と先生の詰問を回避した。


 普段から仕事を副団長に任せているのはこういう時のためだ、と言わんばかりの圧倒的な説得力に、オムネスを除いた面々は渋い顔をする。

 帝國の内部がどうであろうと、神殿に属するオムネスには関係ない。


 セフォンはディアドラに後事を頼み込む。


「もし、帝都を守れなければ、私をはじめ宮廷魔導師の多くが犠牲となるでしょう。その時は……」

「……わかった。みなまで言うな」


 宮廷魔導師長の座を蹴ったディアドラだが、彼女が復帰してでも立て直さなければならないだろう。

 その時に、ディアドラが生き延びているとは限らないが。


 それにしても、てっきりナイトシフトの拠点でも判明したのかと思っていたらとんでもないことになった、とディアドラは思った。


 西から迫る災害の脅威は、北東辺境で暗躍する犯罪組織の比ではない。

 このままでは帝國の揺らぎから、三大国間の戦端すら開かれかねない。

 そうなれば、帝國はその国土を大きく失うことになるだろう。


 帝都や西方の備えと天秤にかければ、荒れ果てたノーステリア平原など切り捨てても大した損害ではない。


 ディアドラの可愛らしい眉間に皺が寄る。


「ナイトシフトの双頭には魔蟲使い(バグマスター)がいたな……」


 死霊使いヴィルマーンと魔蟲使いパルティマス。

 このS級兄弟はそれぞれネクロマスターとバグマスターという、俗にマスター職と呼ばれる域にまで職を極めているという。


「北東のノーステリアに帝國の手が回らない。それが狙いということはないのか?」


 ディアドラの問いに、セフォンはうなずき返す。


「この蝗害が人為的な物ではないか、ということですな」

「それは余も考えた。だがこの数はいかにS級であれ、人が操れる数ではない」


 過去、魔物使いが魔物を暴走させ、街に被害をもたらしたことはある。

 魔蟲使いならば、より多くの魔蟲を操ることも可能だろうが、魍魎(もうりょう)バッタの数は推定一億、あまりにも多すぎる。


「……操れずとも、蝗害を発生させるだけならできるのかもしれんぞ。なにしろマスターと呼ばれる『極めた』人間は常軌を逸した面がある」


 ディアドラの言葉に、この場にいる剣匠(ソードマスター)、サーラターナが肩をすくめた。

 確かに彼や聖国の剣聖のようなソードマスターと、ただの剣士の間には圧倒的な技量差が存在する。


 だが、この時、ディアドラの脳裏に浮かんでいたのは別のマスターの姿。


 体育館でドラゴンスライムとやらを発生させたという、適性どころか称号や特殊スキルにまでマスターの名を冠する少年の姿だった。

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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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