四一話 皇帝の決断! 三頭会議
ガルマイン帝國の中枢、マルスボルク城。
帝都ウーケンの北門から少し入ったところにそびえ立つのは、黒を基調にした力強い、武骨一辺倒の城だ。
パラティウム帝立学園理事長、ハーフエルフのディアドラはその一室に通されていた。
外からの印象とは異なり、壁を白い漆喰で塗り固め、線の細い白い木製の家具でしつらえた優美な部屋。
どことなく女性的な印象の室内だが、かつて宮廷魔導師だったディアドラは、この漆喰の下に防諜用の魔法陣が組み込まれているのを知っている。
「ろくな話ではないのだろうな」
急に呼び出されたディアドラがぼやき、室内で待つことしばらく、ドアがノックされた。
姿を見せたのは、神官服を着た緑髪の男。
「君も呼び出されたのか、オムネス」
にこやかな微笑みをたたえるのは、オムネス・ノーマッド。
帝國神殿を統べる神官長であり、ディアドラにとっては教え子でもある。
「お久しぶりです、先生」
「うむ、久……しいか?」
愛娘のクラス担任に神官のホリーを押し込もうとしたり、ノーステリア平原の視察にこれまたホリーとロロを押し込もうとしたり、最近顔を合わせているような気がしてディアドラは首を傾げた。
「何のことでしょうか」
朗らかな笑顔のまま、オムネスはとぼける。
その笑顔は深く落ち着いた性格からにじみ出るもので、胡散臭いさわやかさとは無縁に見える。
武闘会では観客席で大きな旗を振って「マルコを潰せ!」と叫んでいたような気もするが、何かの間違いだったのではないか、と思えてくるほどだ。
「いや、ところで君も呼ばれたとなると……」
「先生も……となるとナイトシフト絡み、といったところでしょうか。……野郎、ぶっ殺してやる」
オムネスが鉄面皮の笑顔は寸分も動かさず、物騒な言葉を吐いた。
彼がシルフィを狙ったナイトシフトを許すはずもない。
ディアドラは頭を抱えたくなった。長い耳がへにょりと萎れる。
表向き穏健で実は危険な神官長と、いつでも物騒な皇帝。
どちらがマシだろうか。
教え子が過激派過ぎて困る。
二人で話していると、先ほどより乱雑なノックの音がして、ドアが荒々しく開かれた。
ディアドラとオムネスは立ち上がって、うやうやしく礼をする。
「かまわん」
オズカート皇帝が、帝國騎士団団長サーラターナと宮廷魔導師長セフォンを引き連れ部屋に入る。
閉まるドアの向こうには、帝國騎士団副団長ルミナリオの姿がちらりと見えた。
厳重だな、とディアドラはこれから話されるであろう内容を想像し、気を引き締める。
常よりも厳めしい顔つきの皇帝に、オムネスが口を開く。
「こう見えて神殿もなかなか忙しいんですよ。パラティウム帝立学園も帝立とはいえ半独立組織、その責任者二人を呼び出すとは、よほどの大事なのでしょうね」
牽制代わりに述べるが、皇帝は駆け引きにつきあうつもりはなかった。
「うむ、緊急事態でな」
「……ナイトシフトか?」
ディアドラはS級犯罪組織の名を口にしながらも、ふと、それとは異なるのではないかと胸騒ぎを覚えた。
「いや、もっと厄介なことが起こった。……蝗害が発生した。それも帝都に向かって一直線に、だ」
皇帝の苦々しい言葉を補足するように、セフォンが説明をする。
最近、帝都南西の魔物の活動が活性化していたが、これは災害の予兆に過ぎなかった。
活性化していたのではなく、蝗害の発生を察知した魔物が逃げ出して活動範囲が変化していたのだ。
帝都と西都を結ぶ大街道の中間、南側の森林地帯で魍魎バッタが大量に確認された、と。
「魍魎バッタ……ですか?」
「……最悪だな」
魍魎バッタを知らぬオムネスは眉をひそめ、その害を知るディアドラは目を閉じ唸る。
魍魎バッタとは三十センチほどの大きさの茶色いバッタで、単体ではE級の魔物に過ぎない。
しかし蝗害時は相変異と呼ばれる変化が起き赤く染まり、凶暴さ、凶悪さが跳ね上がり、C級の魔物として扱われる。
そのC級の魔物の大群が、一直線に帝都に迫っているという。
「……数は、およそ一億と推測されます」
セフォンが吐き出す。
ディアドラとオムネスは、もたらされるであろう惨禍に言葉をなくした。
オズカート皇帝はさも当然のように言う。
「神殿には、総力を挙げて帝都に結界を張ってもらう」
「……無理でしょう」
オムネスは帝都にいる神官の力で張れる結界を試算し、そう絞り出した。
一億の魔物を防ぐ結界など、聞いたこともない。
「その数では、とてもではないが結界がもたん。数を減らすなり、誘導して矛先を代えるなりできないのか?」
ディアドラの意見もオムネスと同じだ。
このような危機にこそ、帝國騎士や宮廷魔導師が力を発揮するものだろう。
そのトップの二人、サーラターナとセフォンは浮かぬ顔を見せる。
「剣で片付く相手なら、苦労はしないんですがね」
「……しらみつぶしに過去の文献を調べたのですが、魍魎バッタというのは一度進路を定めれば、何があっても決して方向を変えないようなのです。
その先に海があるなら、海に向かって集団自決をし続けるというほどに。
我々宮廷魔導師でも幾つか手を試してはみます。ですが、ここではそれが上手くいかなかったとき、最悪の場合の対処法を検討していただきたい」
帝國騎士団総勢約百名が特攻したところで、どう甘く見積もっても数万の魍魎バッタを道連れにするのがいいところだ。
魔法で減らすほうがはるかに効率は良い。しかし、宮廷魔導師を犠牲にしたところでその数は百万にも届かないだろう。
その程度の数では、無駄死にでしかない。
「それなら結界に集中させるべき、ということか」
ふうむ、とディアドラは口元に手を当て考え込む。
帝都の厚い城壁を頼りに、神殿が聖属性の結界を張り、宮廷魔導師をはじめ帝都の魔法使いが総出で協力する。
聖属性の扱えぬ魔法使いは、結界を張るのには協力できないため、城壁の上から攻撃させ、少しでも魍魎バッタの数を減らす。
確かに大群を相手取るなら、それが最も効果的ではある。
「それでも、……よくて千万。いや、せいぜい五百万といったところか」
ディアドラは片目をつむるように顔をしかめた。
「神殿には、帝都からの避難民誘導にも協力してもらう」
オズカート皇帝は神殿が協力するものとして、話を進める。
「陛下はどの段階で退避なさるおつもりで」
「オムネス神官長、余は逃げぬ。皇帝が帝都を離れるわけには行かぬのだ。帝都の住民全てが避難するまではな」
民を守らぬ皇帝に、統治者としての正当性はない。
オズカートの発言は、帝都を枕に死ぬ覚悟を意味していた。




