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四十話 マルコ、やらかす!?


 ドラゴンの魔石を埋め込まれたスライムは、ぐんぐん膨れあがっていく。

 それはもはやパラライズリザードもどきではない。

 姿形はそのままに、大きさは先ほどまで超過労働で頑張っていた巨大蜘蛛を超え、馬車ほどにまで膨らんでいた。


「ド、ドラゴン……!?」


 誰かがかすれた声でいうように、ドラゴンにしか見えなかった。


「ちょっと、大きくなっちゃったか」


 マルコは誤魔化すように頭をかく。

 ちょっとどころではない。

 どうやら魔石のエネルギーを抑えきれず、スライムが巨大化してしまったらしい。


「いやいや、無茶だろこれ」

「こんな大きいの無理だよう」


 そんな声がいたるところから上がる。

 不安どころか、軽く恐慌に陥ってしまっているようだ。


「ま、待ちたまえ。これはあくまで本物のドラゴンではなく、パラライズリザードを真似たものに過ぎないのだろう?」


 いや、ジュリアスには戦意が漲っていた。

 マルコが肯定すると、ジュリアスは不敵な笑みを閃かせる。

 偽物とはいえ、見た目ドラゴンの魔物と戦えるとは!

 ドラゴン、騎士物語において王道の敵役ではないか、と。


「ノーステリアでパラライズリザードの変異種と遭遇しないとは限らないだろう。せっかく大物を生み出したのだから、少し手合わせしてみても良いのではないかい?」

「そうですね。実戦で想定外の大物と当たる可能性はありますし」

「やるっ、俺もやりたい! さっきは何も出来ずに終わっちまったからな!」


 こちらも戦う気のシルフィとオキア。

 気合いを入れる仲間の様子に、びっくりした人物が一人。


「えっ? 相手はドラゴンなんだよ?」

「一応、パラライズリザードがパワーアップしてるだけで、ブレスを吐いたり、空を飛んだりはしないから大丈夫だ」


 及び腰のルカだったが、逃げ道はマルコに塞がれた。

 大丈夫の基準がだいぶ怪しい。


 マルコとて、彼らをドラゴン並の相手と戦わせるつもりなど毛頭ない。

 本物のドラゴンとは、レベル五十のパーティーで戦いを挑むような存在である。

 S級冒険者の最低限の目安が五十以上と考えられていることを踏まえると、生徒にドラゴンと戦わせるのは酷に過ぎる。


 だがこのスライムは巨大化したとはいえ、あくまでパラライズリザードもどき。

 やりようによっては十分に勝機はある、とマルコは見ていた。

 人間でいうところのステータスは高かろうと、ドラゴンではなくトカゲに過ぎないのだから。


「じゃあ、やってみるか?」

「おう!」

「ああ」

「準備は出来ています」

「が、頑張るよ」


 シルフィら四人はそれぞれ武器を手にし、構えをとる。


 対してパラライズリザードスライム(極盛り)は鎌首をもたげ、彼女たちを威圧する。


 その迫力に、誰かがごくりと唾を飲み込んだ。


 ドラゴンスライムの動きは、まるで本物のドラゴンの様に生き生きとしていた。

 マルコには狩り慣れたドラゴンの方が、蜘蛛よりはるかに動きを真似しやすいのだ。

 蜘蛛は足の数が多すぎる、ムカデとか真似できる気がしない。


「……はじめっ!」


 スライムを魔物に見立てて訓練するという斬新な訓練法の前に、影の薄くなっているホリー先生が試合開始を告げる。


 最初に動いたのはジュリアス。

 風の強化魔法の効果は主に速度の上昇。

 敵を惑わす変則的な動きでも姿勢を崩すことなく、ジュリアスのロングソードはドラゴンスライムの脇腹を捉える。


 ジュリアスの剣は騎士剣だ。わずかとはいえミスリルが混ざった学園生が持つには不釣り合いな業物。


 カツン!


「なん……だと……?」


 騎士剣は、ドラゴンスライムの半透明な鱗に難なくはじかれた。

 不機嫌そうにドラゴンスライムが前足を振るい、ジュリアスはふっとばされる。


「くっ!」

「こっちだ!」


 今度はオキアの剣がドラゴンスライムの足、膝関節を後ろから狙う。

 オキアの剣はジュリアスのものほど上質ではない。

 先ほどのように、魔法剣で強化しているわけでもなかった。


 しかし、見栄えにこだわらず単純に闘気を込めて強化した剣、冒険者として魔物相手の実戦で磨かれていた剣の一撃は、ジュリアスのそれより重かった。


 ギャリッ!


 鱗を砕くように表面を浅く切り裂き、傷口からスライムがわずかに飛び散る。


 芸の細かいドラゴンスライムが痛みに憤怒の表情を見せた。

 マルコ迫真の操作である。


「今の表情、本物そっくりだよな」と同意を求めたいくらいだが、本物のドラゴンを見たことのある人なんてそうそういない。


 ドラゴンスライムの巨大な尻尾が襲いかかり、オキアは飛び退って距離をとる。


 ドラゴンスライムの目がオキアに集中した瞬間、魔法使い寄りのステータスなくせに妙に戦闘センスのあるシルフィが、反対側から飛びかかり首元にメイスをたたき込んだ!


「GUOOoooo!!」


 とてもスライムだとは思えぬ悲鳴。

 マルコほどドラゴンの悲鳴を聞き慣れた人物は他にいまい。

 苦悶の声を上げたドラゴンスライムは、自らを傷つけたシルフィを睨めつけ、怒り狂うままに強靱な前足でシルフィをすくい上げ、はね飛ばした。


「えっ――」


 シルフィは声をその場に置き去りにして、縦回転で宙を舞う。


「シルフィさああぁぁぁぁん!!」


 真っ青になったホリー先生の絶叫が体育館に響き渡った。


 シルフィは後頭部から天井に激突し、ボロ雑巾のように地上へと落下した。

 顔面から派手に着地したシルフィの背中に、遅れて落下してきた黄金メイスが直撃し、ビクッと海老反りになる。


 体育館が静寂に包まれた。


 目も当てられない光景を前に、固まっているマルコ。


『聖女殺人事件  ~学園に蠢く魔王軍の影~』


 不吉なタイトルが脳裏をよぎる。

 マルコは、ぎぎぎ、と固まった首を動かしてホリー先生を見た。


 ――マルコ会心のドラゴンスライムはこの一戦でホリー先生からお叱りを受け、お役御免となった。






 分厚い灰色の雲から降る大粒の雨が、幌馬車を叩いていた。

 絶えぬ雨音も行商人には長年の友のようなもの。

 そんな腐れ縁でも、あまりにしつこいと辟易する。


 帝都と西都を往復する商隊は、雨天をものともせず大街道を西へと進んでいた。

 慣れた旅路といえど、疲労がないわけではない。

 雨は馬の体力を奪い、今は護衛に雇った冒険者達も馬車の中で身を休めている。


 馬車は四両。いずれも同じ商会のもので、彼らは帝國東部を担当している同僚から帝都で品物を受け取り、西都ウーバンへと運んでいる最中だ。


「なかなか止みませんね」


 商人の一人が忌々しそうに外を睨む。

 この辺りは南北から山が迫り出し、ただでさえ視界が悪い。

 魔物や盗賊に襲われるのは、大抵こういった場所だ。

 だからこそ立ち止まるわけにはいかなかった。


「まあ、そういった時のために私たちが雇われているんだがね」


 この商隊を護衛する冒険者達の、リーダーを任された男は落ち着いていた。

 まだ若い商人に、余裕を持つように、と彼は言う。


「魔物に出くわさなかっただけ運が良かったと思わなければな」

「そう、ですね」


 リーダーのいうとおりだ。

 雨で疲れる? 魔物と遭遇せずに済んだことを喜ぶべきなのだろう。

 そう思い直し、商人は肩から力を抜いた。


 トラブルさえなければ多少の遅れは取り戻せる。

 もうしばらく進めば次の街が見えるはずだ。

 今は次の街で一杯引っかけ、しっかり体を休めることだけを考えれば良い。


「リーダー! 異変――」


 御者の隣で周囲を警戒していた冒険者が、馬車の中へ報告しようと振り返って、御者台から姿を消した。


「何だ!?」


 リーダーが立ち上がる間に、手綱を握っていた御者も馬車から転がり落ちていく。

 御者が何か赤い飛来物に攻撃されたのをリーダーの目は捉えた。


「な、何が起きたんです!?」


 商人が声を上げるとほぼ同時に、幌を叩く雨音が異音となって馬車を包み込む。


 バン! バン! ババババババババババババッ!!


 幌が破れ、異音の、異変の正体が姿を見せた。


 赤い蟲の大群。


「う、うわあああ――――」


 彼らの姿は、落葉が舞い散るように飛び交う魔物の群れの中へ、抵抗する間もなく消えていった。

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