三九話 スライム使いが荒いスライム使い!?
マルコの講義中、蜘蛛スライムは尻からスライム製の糸を出して体育館の天井にくっつけ、するする音もなく昇っていく。
「うちのパーティーは回復魔法の使えるシルフィがいるし、俺も回復系のスライムが使えるからいいんだけど……」
「俺たちはどうすればいい?」
ある男子生徒が手を上げた。
クラスで回復魔法が使えるのはシルフィとマルコだけだ。
マルコのは回復用スライム召喚だが。
「毒消し等の準備は各自絶対に忘れずに。魔物によって効く薬も違うし、魔物討伐したはいいけど帰れずにさようならとかざらにあるから。あと、この中じゃパラライズリザードの麻痺毒が一番回るのが速い」
一瞬で麻痺するわけではないが、戦闘中に動けなくなる可能性すらある。
ちらちら天井を気にしているルカにマルコは声を掛けた。
「蜘蛛を従魔にしてる魔物使いもいるぞ」
「あ、あたしは遠慮しとく」
ルカは青ざめた顔をブンブン振る。
魔物使いとしての意気込みは可愛い魔物に注ぎたい。
涙目のルカを嘲笑うかのごとく、糸を使ってアクロバティックな立体機動をし始める蜘蛛スライム。
蜘蛛の魔物の中には強靱な糸を使い、このように縦横無尽に飛び回るものもいる。
「まずは仮想ジャイアントスパイダーだ。じゃあ、俺は蜘蛛っぽい動きさせるのに集中するから」
しょせんはスライム製の紛い物、魔石を核にしたところで、マルコの遠隔操作がなければ蜘蛛っぽい動きもたかがしれているのだ。
マルコは蜘蛛スライムを操り、体育館に巣を張った。
その巣もスライム製なため、掃除する必要もなくあっという間に消せる親切設計だ。
「よし、まずは俺たちからだっ!」
オキアが威勢良く剣を抜いた。
その剣に火の粉が舞う。
覚えたばかりの魔法剣、演出が格好いい。
「武器は真剣でいいのかな?」
マルコがOKするのを確かめ、ジュリアスも剣を抜く。
オキアに対抗するかのようにジュリアスの周囲につむじ風が巻き起こる。
覚えたばかりの強化魔法だ。
二人が見せたのは、マルコのアドバイスで戦闘中に使えるよう、無詠唱の魔法を鍛錬してきた成果だ。
張り合う男子二人に比べて静かに、シルフィが黄金メイスを構え、ルカが子狼とともに後ろに陣取る。戦闘力がほとんど無い小鳥はいつも通り頭の上だ。
こうして、マルコの操る蜘蛛スライムと四人の戦いが始まった。
開始早々、蜘蛛スライムが尻の先端から糸を吹き出す。
それを切ろうとしたオキアの剣に糸が絡みつき、引火した。
「うおっ!?」
「オキア君っ! 剣を!」
ルカの指示でオキアが剣を差し出すと、ガウルが氷の息を吹き付ける。
オキアの魔法剣で燃え上がった糸が凍りつき、ハラハラと崩れていく。
「ハッ、ヘマをしたな!」
その間にもジュリアスとシルフィは左右から蜘蛛スライムを挟み込み、攻撃を加える。
蜘蛛スライムも八本の足で反撃するが、ジュリアスの剣が次々とそれを切り落とし、シルフィのメイスが潰していく。
『ギシャアアァァァ!』
蜘蛛スライムが苦悶の声を上げる。
どんな悲鳴なのかよくわからなかったから、マルコのオリジナル設定だ。
悲鳴にもこだわる職人マルコ、スライムマスターに妥協は許されない。
動きの鈍った蜘蛛スライムに、シルフィが遠心力を加えて黄金メイスを叩きつけ、蜘蛛スライムの頭部ははじけ飛んだ。
「……あれっ?」
剣を構え直し、オキアが駆け寄ったときには既に試合は終わっていた。
「クックッ」
ジュリアスの冷笑が、魔法剣で自爆したオキアに向けられる。
「ぐっ……」
オキアは拳を握りしめ、悔しさをかみしめるように口元を歪ませた。
はじけた頭部や切れた足を何事もなかったかのように復元し、そそくさと元の態勢に戻る蜘蛛スライムを眺めながら、シルフィは黄金メイスを肩に担いだ。
「……こんなに簡単でいいのでしょうか?」
「そりゃ仮想ジャイアントスパイダーだし、こんなもんだろう」
マルコの答えに、シルフィは拍子抜けしたように首を傾げる。
ノーステリア平原で実戦経験のあるシルフィは、現地の魔物がそれほど強くないのは知っている。しかし、少しあっさりしすぎではないか、と感じたのだ。
あっさり終わるに決まっている。
マルコがいなくともこのパーティーは間違いなくクラスで、いや、一年生では最も強い。
シルフィ達が苦戦するような場所で演習したら、生徒に死人が出かねない。
次のパーティーもその次も、相手を代えては蜘蛛スライムは哀れみを覚えるほど負け続けた。
「ファイアボール! なっ、跳んだ!?」
「落ち着け、今助ける!」
あるパーティーは魔法を躱され襲われるも、仲間が駆け寄り蜘蛛を滅多切りにした。
「遠距離から攻撃すれば安全に倒せるんじゃ……」
そう考えたパーティーは、魔法と弓で遠くから狙いを定める作戦をとった。
すると蜘蛛スライムは天井に登っていき、上から糸を垂らして動きを封じようとする。
「きゃあっ!」
「う、うろたえるな! 落ち着いて狙うんだ!」
糸で邪魔されながらも、結局は弓で射貫き、魔法でとどめを刺すことに成功する。
そうやってパーティーが一巡すると、マルコは次なる作品に取りかかった。
パラライズリザードの制作である。
材料はもちろんパラライズスライム、それにミラージュスライムを少々と魔石を一つ。
先の蜘蛛スライム製作においてもだが造形にこだわる以上、形を真似るのが得意なミラージュスライム成分は欠かせない。
「……しまった。トカゲの魔石がない」
こんなことならサディナから、パラライズリザードの魔石を一つ貰っておけば良かった、とマルコは反省する。
仕方なしに代用となりそうな魔石を探す。
取り出したのは、アラクネのものより一回り大きな魔石。
それはマルコが最も多く保管している魔石の中で、一番小さいモノだ。
「ドラゴンの魔石でもなんとかなるか? アラクネでいけたんだから余裕だろ。外見はもっと似てるし」
マルコの呟きは誰にも聞こえないほど小さなものだった。




