三八話 蜘蛛スライム誕生!?
演習でパーティーを組むことになったマルコ達五人は、教室で机を合わせていた。
パーティーを組んだ生徒達はそれぞれ机を合わせて、演習でどの様に行動するのかを活発に議論している。
「俺とジュリアスが前衛、ルカが後衛としてマルコとシルフィはどうするんだ?」
「私は前衛を希望します」
「じゃあ、俺は後衛で」
シルフィとマルコの言葉に、他の三人は頭に疑問符を浮かべた。
その表情は、前衛後衛逆じゃないの? と問いかけている。
「私だって、レベルを上げたい、と思う気持ちは変わらないのですよ」
「魔物討伐は数えきれないくらいしてきたからなあ……」
前衛後衛、逆な理由。
マルコとシルフィ、二人の魔物討伐にかける意気込みが全然違ったのだ。
基本的に、後ろにいるより前で魔物を倒す方がより経験値になりやすいといわれている。
それに、入学してからレベルが上がってないのはマルコとシルフィ二人とも同じだが、ノーステリア平原に生息する魔物のランクではS級の魔物を数えきれぬほど狩ってきたマルコの経験値にはなりようがない。
「……では、シルフィネーゼ様が前衛で、マルコは後衛、遊撃ということになるのかな……」
ジュリアスは端正な顔を曇らせる。
女性を守るのは騎士の役目だと思っているからか、その編成にあまり乗り気ではないようだ。
「よし、それじゃ、早速訓練するぞっ!」
オキアは椅子を蹴飛ばさんばかりに立ち上がるが、窓の外はあいにくの雨模様。
渋々、席に座り直す。
ちょうどそのタイミングで教室のドアが開いた。
入ってきたのは栗色の髪のおっとりした女性。
「皆さん! 体育館取れましたよ!」
職員室から戻ってきたホリー先生の声は弾んでいた。
その朗報に一番大きく反応したのは、やはりオキアだった。
「よっしゃあ!」
オキアは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、先生に怒られた。
パラティウム帝立学園には体育館が幾つもある。
単純に体を動かす為のものであったり、魔法を試すために結界が張られているものであったり。
ここはむき出しの地面を固めて、壁と屋根で覆っただけの体育館だ。
取り立てて特別な仕掛けはないが、丈夫で広さだけはある。
生徒達は思い思いに装備の点検をし、準備体操をしていた。
前屈で柔らかい体を見せつけているジュリアスは、隣のマルコが怪しげな行動をしているのを見咎めた。
「マルコ……、君はいったい何をしているんだ?」
マルコは真剣な顔をしてスライムをこねていた。
衆目の中、できあがったそれを見てシルフィの顔が強ばった。
「それはいったい……?」
「スライムで魔物造ってみたんだけど、いまいちだなあ」
何でもないことのように常識をひっくり返して、マルコは親指と人差し指を顎に当て、うーんと唸る。
マルコが制作したのはスライム製の、半透明な巨大蜘蛛。
プルプル感と艶やかさはそのままに、蜘蛛スライムが歩きだした。
「ぎゃああぁぁ!」
「キモッ!?」
「やだあこれ!?」
クラスメイトからの評価は底抜けだった。
「うーん、形はともかく動きが難しい。蜘蛛っぽさが全然足りない」
造型師マルコは関節の出来映えに納得がいかない。
八本の足がうねうねと動くさまは、蜘蛛というよりタコやイカのようだ。
さすがのシルフィも苦笑いしか見せられない。
「キモっぽさなら有り余っているんですけどね」
蜘蛛スライムは後ろ足で立ち上がり、周囲を威嚇するように前足二本を広げた。
近くに寄っていた生徒が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「やっぱり見た目だけ真似ても無理だな。よし、魔石を使ってみるか!」
マルコは右の拳を固めて、左の掌をパンッと叩く。
元となる魔石があれば完成度は跳ね上がるはずだ。
マルコは懐から黒い石を取り出した。
「そのでかい魔石はどこからでてきたんだ」
オキアがぴくりと頬を引きつらせて訊いた。
まさか、常に懐に入れているわけではないだろう。
「スライム魔法を極めると空間収納も使えるようになるんだ」
マルコはこともなげに斬新な魔法体系に言及してみせた。
「そ、そうか……ん?」
「いや、いくら単細胞な君でも、それで納得するのはどうかと思うが……」
混乱するオキアを見て、ジュリアスがため息をついた。
回復魔法より難しいとされる空間収納魔法、それをマルコはスライムで再現できるのだ。
悪食スライムの次元を食らう能力を利用しているので、本当に極めなければならないのだが。
マルコは蜘蛛スライムの動きを止めると魔石を埋め込んだ。
その途端、クオリティが見る見る上がっていく。
八つの単眼がどこを見てるかわからない眼差しを宿し、表面は繊毛で覆われていく。
立派な巨大蜘蛛ができあがった。
蜘蛛らしい蜘蛛の完成に「おお!」「よりキモくなった!」と、評価が上がったのか下がったのか微妙な感嘆の声が上がる。
内心、マルコは胸をなで下ろしていた。
実はこの魔石、アラクネというA級討伐対象の魔物の魔石である。
せっかく蜘蛛っぽく造ったのに、魔石を入れて上半身が人型のアラクネっぽくなったら台無しになってしまう。
純粋な蜘蛛型の魔石があればよかったのだが。
蜘蛛スライムはリアルな体を手に入れ、わさわさと動き回る。
「「うわああぁっ!!」」
本物の蜘蛛を忠実に再現した動き、これはこれで大層気持ち悪い。
マルコは満足そうに二度頷き、講釈を垂れる。
「ノーステリア平原で警戒すべきはジャイアントスパイダー、ポイズンリザード、パラライズリザードの三種。どれも毒を持っていて、ちょっとした傷でも大怪我の元になるところが要注意ポイントだ」
ちょっと偉そうだが、この場の誰よりも強く、誰よりも多くの魔物を討伐してきたマルコの言葉だ。
ふんふん、と皆が真剣な顔で聞いている。
ホリー先生まで集中して耳を傾けている。
先生はふんふんする側ではなく、説明する側のはずだ。




