三七話 教えて、マルコ先生!
放課後、シルフィは普段通り神殿の馬車に乗って帰宅……せずに、ルカをお茶に誘っていた。
もちろん店の前まで馬車で乗り付けて、護衛もしっかりついている。
VIPである。
食すのは道草ではなく甘味だ。
選んだお店は前から興味があったけれど、立場上なかなか行けなかったカフェ。
客層は女性、それも富裕層が多い。
店内には貴族らしき少女や貴婦人の姿も多く見えるが、その中でもシルフィの姿は一際目立っていた。
神殿の祭事などで姿を見せることはあるが、あまり街中に出ることのないシルフィは、帝都の住人にとってもレアキャラなのだ。たまに拝まれる。
「……なるほど、つまりルカは自分の力に自信が無いというわけですね……」
お茶をしているだけでも妙に絵になるシルフィは、ごく自然に周囲の視線を受け流していた。
だけど、同席しているルカはそうはいかない。
山村育ちのルカは、ただでさえ人が集まる帝都に右往左往しているのだ。
シックな店内では、ぴしっと服装を決めたウェイターがきびきびと無駄なく動き、お客はみんな高そうな服を着ている。
緊張するな、というのは無理がある。
学園の制服で良かった、とルカは思った。
私服だったら、さぞかし居心地が悪かったことだろう。
原石のままでも十分に可愛らしいルカの顔には緊張が浮かび、それ以上にいつもの元気がなかった。
「うん、あたし一人だけレベル低いし……。マルコ君のレベル八三はまあ、おかしいから置いとくとしても……」
「本当におかしいですからね、あれ」
シルフィのレベル三七でも、新入生としては記録的な高さのはず。
ジュリアスとオキアは十九。
ルカのレベルは十四だ。
誰がどう見てもマルコのレベルは、鑑定板の誤作動に見えるくらいおかしい。
ルカは肩を落として言う。
「最初はそんな差はなかったんだけどなあ」
入学時点でのレベルはジュリアス十五、オキア十四、そしてルカは十三だった。
マルコとシルフィは例外としても、ルカはジュリアスとオキアの成長速度に置いて行かれているのだ。
「でも、魔物使いは自分より従魔の強さの方が重要なのでしょう?」
レベルはステータスの総和で決まる。
それに対して、レベルよりも従魔の強さによって力が決まるのが魔物使いの特徴だ。
自身を鍛える前衛と、従魔の強さに左右される魔物使い。
強くなる方法に違いがあるだけで、ルカがサボっているわけでは決してない。
むしろルカが手に入れた子狼ガウルの力を考えると、この短期間で一番成長したのはルカなのかもしれない。
「あくまでこの子が大きくなれば、だからね。今のあたしじゃ足を引っ張っちゃいそうで……」
はあ、とルカは大きなため息をつく。
そもそも狼を譲って貰ったのも、ルカの努力が実ったというより、運が良かっただけなのだ。
ガウルは、一線を退いた魔物使いの老婦人から譲り受けた。
老婦人は長年連れ添った氷原狼に子が生まれ、引き取り手を探していたそうだ。
B級の従魔ともなれば引く手あまたなはずだが、彼女はそうはしなかった。
あくまで子狼の気に入る里親を探そうと、魔物使いギルドでこっそり様子をうかがい、老婦人と子狼の目に適ったのがルカだったのだ。
悩む魔物使いの少女の前で、皿からクッキーが消えた。
サクサク音を立てて、傍らに立つもう一人の少女の胃袋へと消えていく。
レアキャラと田舎者の他にもう一人、もっと場違いな存在が立っていた。
クッキーに手を伸ばしたのは「座りませんか?」「動きにくいからやだ」と、立ったままシルフィ護衛の任をするロロである。
ノーステリア平原から帰ってきても、護衛任務が解けないのだ。
おしゃれなカフェで、黒ずくめの鎧姿はとてつもなく浮いていた。
ある意味、シルフィ以上に人目を集めていた。
帝都の住人で帝國騎士団を知らぬ者はいない。
中でも額の傷跡が特徴的なこの小柄な少女は、団長のサーラターナに続いて人気ナンバー二なのだ。
ロロは指先についたクッキーの粉を、ぺろりとなめて言う。
「魔物使いよりずっと不遇な職のくせに強くなった奴がいるじゃねーか。奴に聞きに行ってみりゃいいんじゃねーの」
シルフィとルカが顔を見合わせる。
そういうことになった。
馬車が道を進むにつれ、帝都の景色が変化していく。
次第に立派な家が建ち並ぶようになると、不安が膨らんできたのかルカがそわそわと落ち着かなくなる。
「ねえ、道あってるんだよね、なんか大きい家が並んでるんだけど……」
「マルコは一人暮らしのはずですよね?」
「あってるあってる。あいつ金持ちだし、くそっ」
言っててムカついたロロが空気を蹴る。
ロロはただ今金欠中だ。
給料はいい。普通の騎士の三倍は貰ってるはずだ。
宿舎住まいで城の食堂を利用しているのだから、貯金は増えそうなものだ。
つい最近、お高い剣を二本も失ってしまったのが財布に響いていた。
特に魔物素材の氷竜刀を打ち直すのに、新品より高くついたのだ。
「くそう、マルコめ……」
自分から襲いかかって折られたことはきっぱり忘れている。
財布を圧迫しているのは高価な剣を買い集め、城内に保管庫を自費で借りてることなのも忘れていた。
「ああ、あの家だ」
お門違いな殺意を漲らせたロロの視界に、マルコの家の赤茶けた屋根が見えてきた。
印象を一言で言うと、マルコの家は物が少なかった。
元からあった家具そのままに、新たに買いそろえる必要性を感じなかったのだろう。
試しにシルフィが姑ごっこのごとく窓枠に指を這わせてみても、埃一つつかないほどに掃除が行き届いている。
リビングのソファーに座っているルカが、きょろきょろ室内を見回す。
「……なんか想像してたのと違う」
「スライムの気配はしませんね」
同じ光景を想像してたシルフィが頷く。
色とりどりのスライムが床を這いずりまわり、天井からは謎の液体が滴り落ちる。
そんなマルコ邸を覚悟していたら予想外だった。
掃除中はそれに近い状態になることを、幸いなことに彼女たちはまだ知らない。
何も知らぬ少女たちの前に、マルコがお茶と菓子をもってきた。
ソファーにふんぞり返って足を組んでいたロロは、即座にテーブルに置かれたお菓子に手を突っ込む。
油断しまくっている様子だが護衛の任務はどうしたのか? マルコの家で襲ってくる馬鹿がいたらお目に掛かりたいものである。
マルコは芋けんぴをぼりぼり食べるロロを半眼で見て、次にルカの膝の上で丸くなっている子狼を見やった。
「……遠慮ないなロロ」
「ふぉはまひまふ」
おかまいなく、という態度ではない。
「マルコ君も触る?」
ルカが、ガウルの両手を持って、ぶらんと持ち上げる。
その真っ白な毛並みは、とても柔らかそうだ。
「……いや、いい」
マルコのモフモフ魂は、師であるマンチカンに捧げられている。
空間収納の中には師匠専用の櫛を用意してるほどだ。
「で、だ。いきなり強くなる方法だけど、残念ながらそんなものは存在しない」
マルコだって、友人に頼られればなんとかしたい。
だが、さすがのマルコもそんな方法は知らない。
出せる結論はマルコらしくもない、とても常識的なものだった。
「マルコに常識を諭されると釈然としないのですが」
「……シルフィはどういう目で俺を見てるんだ」
「いえ、マルコなら普通とは違う方法も知っているかと……」
シルフィは目をそらして首のあたりを撫でさする。
レベルアップにこだわる気持ちは、ルカだけのものではなかった。
シルフィも最近、レベルが上がらなくなって悩んでいる。
「急に強くなるのは無理でも、効果的に立ち回るコツとかはないのでしょうか」
「急に従魔を増やすのも無理なんだよね……」
シルフィとルカが示し合わせたように腕を組む。
同じポーズを取るとはっきりしてしまう。ルカの胸は平坦であった。
胸囲の格差社会に失礼な目を向けぬよう、マルコは目を閉じた。
なぜか、魔大陸で露天風呂に入ったときのことが脳裏をよぎる。
仁王立ちで自慢するかのように、でっかいのをブラブラさせる魔王の姿。
男であれ女であれ、そういうのは良くないと思うのだ。
思い出したくもない光景を思い出してしまい、マルコは眉間に皺を寄せる。
「魔物使いは手数の多さが武器だと思うけどな……」
従魔を増やす当てがないなら、それこそ今のままいくしかない。
「あたしが前衛もやってみるとか……」
「うーん、俺が知ってる一番強い魔物使いは、あくまで従魔の指揮に徹していたな。従魔もはっきり役割が割り振られてた。本人もそれなりに強いはずなんだけど」
そういって、マルコも芋けんぴに手を伸ばす。
ぼりぼりと噛み砕き、自作の芋けんぴは結構美味しいのではないか、とマルコは内心、自画自賛した。
ガロム芋の水分を浸透圧の差を利用してスライムで抜いてから、焦げ目がつかないようスライムで揚げる。調理法(スライム魔闘術)の勝利だ。
「役割かあ」
ルカの呟きに、口の中の物を飲み込んだロロがはっきり告げる。
「火力が足りねえ」
口の中の水分も足りない。
「攻守の要が欲しいところではあるな」
マルコも課題を挙げはしたが、それを問題だとは思っていない。
「ちょうどいいじゃないか、オキアとジュリアスがそれをやるのが現状のベストだろ」
もともと単独で擬似パーティを組めるのが魔物使いの強み。
足りない防御力と攻撃力を闇雲に求めるより、今は二人をそれに見立てて、指揮や支援の経験を積むべきだろう。
実はルカの従魔の構成、立ち回りは魔物使いとして王道であり、理想的なものなのだ。
小鳥に狼、目と鼻が優れている従魔。
それは索敵で他者を上回れるということ。
「魔物使いは危険察知に優れている。立ち回りがどうというなら戦闘に入る前にそこを活用すべきだ。今回の演習は、その魔物使いの武器を有効に使うことを覚えた方がいい」
マルコは魔王軍四天王の一人、魔物使いレレインから習った事をそう説明した。
魔物使いは指揮官だ。状況判断力が重要なのだ。
「まだ小さくてもガウルは氷の息を吐けるんだから、魔物の牽制をしたり前衛の支援はできるだろ。それでいいんじゃないか?」
「……そっか、それでいいんだ」
自分なりの道に戻れたような気がして、ルカは胸のつっかえが取れた。つっかえるところはないが。
競争は重要だが、はりあうより重要なことをはっきり自覚したのだ。
「もし、俺の知ってるその魔物使いの従魔がチュリオとガウルだけだったら。目と鼻で安全を確保し、簡単に勝てる相手とだけ戦い、危険と判断したならさっさと逃げ出すだろうな」
レレインがそういう戦い方を選ぶのならそれが正しいはずだ、とマルコは思う。
マルコが認める強者の話、それは同じ魔物使いのルカに説得力をもたらすものであり、シルフィにとっても興味を引かれるものだった。
西都ウーバンの南東。
山の中では、今日も男達が汗を流し働いていた。
「よいしょおお!」
男のかけ声と共に、木を叩く斧の音が止む。
メリメリメリ、と幹が断末魔を残し、盛大な音を立て倒れていく。
ふぅ、と手ぬぐいで汗を拭き、男は手を止めた。
樵仲間が倒した木の枝を払っていく。
今日の仕事はこんなもんだろうと、視線を上げた男の目に赤い煙が映った。
「あん、山火事か?」
男は樵だ。山火事を見たことはある。
しかし赤い煙なんて見るのは初めてだ。
「おーい! なんか煙が出てるからさっさと帰るぞお!」
怒鳴り声のような大声で仲間に呼びかけると、
「なんだありゃあ。魔法関係の素材でも燃えちまってるんじゃないか?」
仲間も初めて見るのか、赤い煙に驚く。
魔法絡みだと何が起きてもおかしくはない。
何か高価な植物まで燃えてしまったんだろう。
彼らの認識はそんなものだ。
「俺らにゃ何が高いかもわからねえしなあ、もったいねえ」
この異変に最初に気がついた男達は、そんな思いを抱きながら村へと帰っていったのだった。




