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三二話 最凶最悪のスライム!


 マルコのスライムによってまさしく一網打尽にされた盗賊団は、縄で縛られ道ばたに転がされていく。


 何故か縄を大量に保有していたマルコに「いったい何に使うつもりだったんでしょうか?」と、シルフィは戦慄した。


 同じ疑問を口にしてしまったホリー先生はサディナに革袋や小瓶、縄は冒険者の必需品だと蕩々と語られている最中だ。

 どうやら迂闊な発言で、錬金術師の素材収集魂に火を点けてしまった模様である。


 盗賊団に囲まれる恐怖から解放された安堵からか、サディナはいつになく饒舌だった。


 その一方で「はて、あの大量の縄はどこから取り出したのかしら?」とホリー先生の胸の内では新たな疑念が生じるが、彼女は賢明にもそれは言葉に出さないようつとめるのであった。

 教師なのに知らないことばかりだと恥ずかしいし。という思いもちょっぴりあった。


 なお、マルコの所持品は基本的に空間収納(スライムストレージ)という異空間の中にある。

 取り出すときにほんのちょっとだけスライムが付着するのだが、ごくわずかである。

 アルコールが揮発するのと同じように消えてしまうので何も問題はない。ないったらない。


「……ふう、こんなもんか」


 ヴァリオスとユリアンに協力して貰いながら、盗賊団を縛り終えたマルコは一息つく。


 倒すよりも縛る方に手間が掛かった。


 縛ったら縛ったで、今度は捕らえた盗賊をどうするかに頭を悩ますマルコ。

 約五十名をどう連行すればよいのか、生き物を空間収納(スライムストレージ)にしまうことはできない。中々厄介な問題だ。


 悩むマルコを見て、生徒会長のヴァリオスが提案する。


「私が街に戻り、ノルマリアの領主に話して人と馬車を送って貰おう。ああ、小さな街だから領主だけでなく、冒険者ギルドや神殿にも応援を願いたいね。どこかに冒険者ギルドと神殿に所属しているような、都合の良い人がいると良いのだが」


 そういってヴァリオスがある一点に視線を向け、マルコ達もそこを見る。


 ビクリ、と空気が揺れ動いた。


 既にスライム製の氷の巣は消えているが、そこに隠れているのはバレバレだ。

 隠蔽魔法が消えたわけではないのだが、一旦認識されてしまうとその効果は薄くなる。


 未だ隠れている二人にシルフィが優しく声を掛ける。


「メアリー、エメル、お願いできますね」

「「……はい」」


 シルフィのお願いをを拒むわけにはいかず、彼女たちは姿を現した。

 立場がどうのではない、この二人の心情的に、シルフィを無視することはできなかったのだ。


 隠れるのをあきらめて姿を見せた二人は、ノーマッド家の侍女メアリーと冒険者でもある神官エメル。


 エメルは神殿と冒険者ギルドの両方に顔が利く。

 ノルマリアの街に戻り、連絡を取るにはうってつけの人材だろう。


「ヴァリオス、俺も行こう。盗賊団の残党がいるかもしれん」


 ユリアンの提案にヴァリオスは悠然と微笑みを返す。


「それには及ばない。なにしろ姿を隠せる魔道具が、ちょうど二つあるみたいだからね」


 隠蔽のマント。そうそうお目にかかれるレベルの魔道具ではない。

 おそらく神殿が所有している魔道具の中から、シルフィを隠れて護衛するために借り受けたのだろう。

 ヴァリオスの興味深げな視線が、隠れていた二人のマントに注がれる。


 こうしてヴァリオスとエメルの二人が、一足先にノルマリアの街に戻ることになった。


 ヴァリオスは纏ったマントをしげしげと、分析するかの如くつぶさに見入ってくるサディナに苦笑いし、急に真顔になるとマルコに厳しい口調で告げる。


「君が捕まえたんだ。好きにしたまえ」


 ヴァリオスとエメルがノルマリアの街から応援を連れてくるまで、幾ばくか時間はある。

 ヴァリオスが去り際に残した言葉は温情であり、通達であった。


 その意図はマルコにもはっきり伝わっていた。


 意を決して、シルフィが口を開く。


「……マルコ、これだけ罪を重ねれば……」


 しかし、その言葉は途中でつっかえる。

 それ以上、続けることが出来ず、シルフィは口をつぐんだ。


「……わかってるよ」


 マルコは静かに答える。これだけ罪状を重ねれば、ダルジン達盗賊団は処刑を免れないだろう。


 ロロは上前歯を嘗め回して、面白くなさそうに言い捨てる。


「いっとくが逃すわけにはいかねえぞ」

「わかってるって」


 マルコも理解はしているのだ。


 視界の端に映るガルドは、無事に帰ってきた我が子を抱いて涙を流している。


 この盗賊団は金品を奪うだけでなく、多くの人を殺害し、誘拐してきた。

 彼らに待っているのは尋問、拷問、そして処刑。ただ死ぬよりも悲惨な末路だ。


 ダルジンを楽に死なせてやれるのは今この場しかない。それが出来るのはマルコだけなのだ。


 それに……、おそらく世界でたった一人、マルコだけがダルジンの望みを叶える力を持っている。


 マルコはそっと腹を抑えた。


 今ならわかるが、入学試験が終わってオキアが腹を抑えてうずくまったのは、オーバーリアクションでもなんでもなかったのだ。

 精神的な影響から本当に腹が痛くなったのだろう。

 オキアの学力には低評がある。


 心の内そのままの重い足取りでやってきたマルコに、縄で縛られ地べたに座るダルジンは、興味なさそうな顔を向けた。


「……殺せよ、どうせ無駄に生き残っちまっただけなんだ。俺はあの時、死ななきゃいけなかったんだよ」


 あの時、仲間と一緒に死ねなかったことだけが唯一の心残り。

 ただそれだけを思い、生きながらえてしまった。

 ダルジンの時計の針は、仲間を失ったあの日から動いていない。


 魔大陸で別れたときと同じように、掛ける言葉の見つからないマルコはただ無言でダルジンを見下ろす。


「盗賊なんてばっさり殺っとくべきだろ。今の俺なんて残りもののゴミクズだぜ。お前の知ってるダルジンなんてとっくにいないんだ」


 ダルジンが捨て鉢なのは今に始まったことではない。もう、ずっとこうなのだ。


 マルコの感情を殺した透明な眼差しとダルジンの感情を失ったガラスの眼差しが、ぶつかることなく、ただ通り過ぎる。


 マルコは両手を組み、呪文の詠唱に入った。


「……次元の牢を開く(ヌシ) 光を喰らう影の王」

「!?」


 マルコと何度も戦ってきたロロが目を大きく見開いた。

 今まで何度も一方的に剣を交えてきたが、マルコが呪文を唱えるのは、初めて目にする光景だ。


「有は無に帰し無は有に 等しく御魂の贄となり」


 どれほど熟練の精霊使いといえども、精霊王を召喚するには呪文の詠唱と時間が必要となる。


 それはスライム使いでも変わらない。


三有(さんう)を統べし 理よ」


 スライムマスターであるマルコが唯一、召喚するのに呪文を必要とするスライム。『災果てのダンジョン』の深奥で戦い、勝ち取ったそのスライムはマルコにとって最悪の敵であり、最凶の武器となった。


「虚無を紡ぎて 空と為せ!」


 マルコが組んだ両手の間から、小さなしずくが一滴、滴り落ちた。


 滴り落ちたスライムは地面に溶けて消えた。


 大地に細波が起きはじめる。


 ダルジンが全てを失い、マルコが魔王と出会った、あの運命の日と同じように。

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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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