三一話 降伏!? 嘘ですけど何か?
剣を捨てたマルコの発言に驚き、声を荒げた人物がいた。
「な、何てことを言うんです! マルコくもぎゅ――」
空気を読んだサディナが、横からホリー先生の口を押さえる。
「先生は黙っていてください」
ヴァリオスが優しく言うが、その目はマルコを注視したままだ。
盗賊団など恐るるに足らず。
なぜなら、こちらにはマルコとロロがいるのだから。
しかし、彼が裏切るとなると状況は絶望的になる。
シルフィは口をへの字にして拗ね、ロロはこつこつとブーツのかかとで地面を叩いている。
――まずい、そろそろロロがもちそうにない。
この場で最も警戒している相手がじれているのを感じ取って、マルコは焦る。
そう、マルコが警戒しているのは盗賊団ではない。
最も警戒すべきはロロであり、次に姿を隠しつつ匍匐前進でじりじり近寄る、シルフィ影の護衛二人組だ。
「ふ、ふふ、ふはははははっ。一人前になったと思いきや、まだまだ未熟じゃねえか」
面白そうにダルジンは笑う。
マルコは緊張した面持ちのままダルジンと向き合いながらも、意識はロロの動きへと向けている。
「そのツラで言う台詞かよ。やる気が隠せてねえぞ」
ダルジンはマルコの虚言を見抜いていた。結構顔に出るのだ、マルコは。
盗賊団は叩き潰す。そのことについてはマルコにも全く異存はない。
だが、マルコはまず赤ん坊とガルドを助けたいのだ。
先にロロが動いてしまったら、その可能性が極めて低くなる。
隠れてにじり寄る二人も同じだ。
先に動かれると、マルコはそれを防ぐために動かなければならなくなる。
特にロロが動きだしたら、ガルドは一瞬で斬られかねない。
ロロを完全に抑えきれるのはマルコだけだろう。
盗賊団より前に出ているガルドを守るためにロロと戦いながら、赤ん坊を救出しつつ、味方に一人の犠牲も出さずに盗賊団を壊滅させる。
マルコは自分の強さには自信があるが、それはちょっと無理がある。
だからダルジンに呼びかけ会話をしながら、仕掛けをする時間を稼いでいたのだ。
剣を捨ててまで稼いだ時間。
「そっか、バレたならしょうがない」
肩をすくめるマルコに余裕が戻った。
ロロはマルコの空気が変わったのを感じ、もういいのかとそわそわが止まらない。
「で、オレはダルジンってのやっていいのか、ガルドってのもいいのか」
「ほらこれだから……」
マルコは嘆息した。肩書きが帝國騎士に変わろうと、中身が危険人物なのに変わりはない。
「とりあえず前は全部俺に任せてくれ。森の中、左右にまだ二名ずつ隠れてるから後ろと左右は好きにしてくれよもう。ロロが何もしなくても、俺一人で片付けるつもりだけど」
「……ちっ、護衛任務中だし仕方ねえか」
ロロは舌打ちしながらも、しぶしぶ了承する。
ロロはシルフィのそばを離れるべきではない。
必然的に寄って来る相手を斬るだけに終わりそうだ。
マルコにシルフィの護衛役を押しつけ、好き勝手に暴れようと画策していたロロのテンションは見る間に消沈した。
盗賊なりに精鋭を集めたであろう前方の集団は魅力的だが、マルコがやるといったからにはやってしまうのだろう。
「やれ、ガルド。お前らもだ。数で囲むんだぞ!」
ダルジンの声に誰よりも速く反応したのはマルコだった。
風を切る速さで無手のまま、躊躇うことなくガルドの元へ。
ガルドは瞳に迷いを浮かべながらも、己の逡巡ごと断ち切るつもりで剣を振り下ろそうとした。
だが、殺気を持てぬその動きはあまりに遅い。
剣を振り下ろすより早く、マルコの手が柄を叩き上げ、ガルドの剣が宙を舞う。
「赤子だ! やれっ!」
ガルドが無力化されたと見るや即座にダルジンの非情な指示が飛ぶ。
「う、動かねえっ! 体が動かねえよ!?」
だが、それに応えたのは悲鳴にも似た部下の声。
かつてマルコをいじめていた四人組の一人、ガルドの子を人質に取っていた盗賊の体は、既にスライムに覆われて指一本動かせぬほどに固まっていた。
見れば、赤ん坊の体にもスライムがまとわりついて、ガードしている。
マルコはガルドが人質を取られていると判明した段階で、足下の地面にスライムを染みこませていた。
剣を捨て時間を稼ぐ間、誰にも気づかれぬよう少しずつ、地下で盗賊の足下へと移動したスライムは、靴を這い上がり、盗賊と赤ん坊の服にじわじわと浸透していく。
準備が終わり、一気に硬質化、盗賊の体を拘束し、幼い子の体を守ったのだ!
マルコは身動きの取れぬ男に一瞬で肉薄し、その手からガルドの子を奪い返す。
ついでに過去の清算とばかりに男を派手に蹴飛ばした。ひねりも入れて。
「ぐぴょあっ!!」
「ぐおぁ!?」
「うおぉぉ!?」
昔の恨みも乗せた蹴りで、回転しながら吹っ飛んだ盗賊は、ずっとつるんでいたのだろう、お仲間を二人巻き込んだ。
「しまった、一人外した。まあいいか」
横に広がっていたからだ、縦だったら四人全員いけた。
一人しくじったが、どうせ捕まれば死刑だろう。
マルコが蹴り足を地に着けると同時に、跳ね上げられ宙を舞っていたガルドの剣が大地に刺さり、重さを思い出したかのように倒れる。
形勢は逆転した。
人質となっていたガルドの子は、既にマルコの腕の中だ。
マルコは前方の盗賊集団の中央で、戦況を確認する。
盗賊の数は前方から囲うように三一、後ろに十四、まだ左右の森に隠れているのが二人ずつ、合計四九名。
レベルは腐っても元A級、ダルジンがトップで三九。
ガルドと同等かそれ以上のレベル、B級冒険者相当が四人といったところか。
魔法使いとおぼしきステータスの持ち主も複数見える。
こんな僻地で良く集めたものだ。
だが無意味だ。
死角からマルコを狙ったファイアボールが空中で爆ぜる。
「なにィ!?」
魔法使いの盗賊が驚愕する。
ファイアボールはマルコに届く前に爆発していた。
爆炎が消えた後には、ファイアボールを遮ったであろう、青白い球体状のスライムが涼やかに浮かんでいる。
「スライム氷結陣!」
マルコがそれを地面に叩きつけると、突風と錯覚させるほどの冷気が足下を疾り抜けた!
足下を青白いスライムが蜘蛛の巣状に広がっていく。
「な、なんだこれは!?」
「あ、足が、足がぁ!」
マルコとガルドの足下を避けるように伸びるスライムの氷の巣が、蝶を捕らえる蜘蛛のように盗賊達の動きを奪い、足を凍りつかせていく。
「くそっ!」
マルコに飛びかかろうとしたダルジンの足にも、地面から伸びた氷の触手が絡みつく。
ダルジンを、前方の集団を拘束した氷の巣はさらに広がっていく。
森の中に、後方に、シルフィ達の足下を避け、匍匐前進中の美女二人組を避け、放射線状に広がっていく。
「こ、氷っ!?」
「うわああぁああ!」
森の中からも盗賊の悲鳴が聞こえてくる。
シルフィ達の後方にいた盗賊団が慌てて逃げようとするが、その動きは遅きに失した。
あっという間に、一人残らず氷の巣に絡め取られてしまう。
「よし、全員捕まえたな」
マルコは森の中まで見渡して、警戒を解いた。
スライム使いマルコの常軌を逸した戦い方の前に、ろくに抵抗も出来ず盗賊団は全滅した。
「な、なんという理不尽な……」
冷静さに定評のあるヴァリオスが立ちくらみを起こしたのか、ぐらりとよろめき、頭を抑える。
そんな状態でも理不尽という、マルコの本質を突いた単語が出てくるあたりは流石だ。
「……あんにゃろう、なんでもありかよ」
ロロは暴れられなかった腹いせに悪態をついた。
抜いた剣に一滴の血も吸わせられぬとは『狂剣』の名折れである。
最近、人を斬ってない気がする、侘しい、と帝國騎士様は血に飢えていた。
瞬く間に一面氷の巣と化した中、呆然としているシルフィは後方の盗賊団のすぐ近くに目を凝らした。
綺麗に広がるスライムの巣。そこには二つの隙間がある。
何もないように見えるが、よく見ると何となく歪んで見える二つの空間。
「……そこにいたんですね」
行き場を失い、困ったようにもぞもぞ揺れ動く、隠れた護衛の二人に、シルフィは声をかけた。




