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二八話 運命の日! 魔王との遭遇!


 赤や紫、毒々しい葉が鬱蒼と茂る、深い森の中をマルコは歩いていた。


 ――魔大陸特有の光景を見て、マルコはすぐに、これが夢だと理解した。


 小さなマルコは蔦で編んだ籠を背負っている。

 大きな籠の中には、カラフルすぎる果実や調味料代わりの葉が詰め込まれていた。


 前を進む大きく頼もしい背中はA級冒険者、雷神剣のダルジン。


「まさか、雷神剣を鉈代わりに使うことになるとはな……」


 ダルジンは黄色に黒のまだら模様という、蛇にしか見えない蔦を切り裂き、剣身にべったりとついた紫色の液体を、情けなさそうに眺めてぼやいた。






 海竜(シーサーペント)の襲撃で船体を大きく損傷した船は、魔大陸に漂着した。

 船長が言うには、修理できるような損傷ではなく、近くに人里もないという。


 そもそも魔大陸でまともな集落といえるのは魔都リョーシカだけだ。

 そのリョーシカがあるのは、北に見える山脈を越えた向こう側。


 彼らはこの地にベースキャンプを張り、少しずつ山越えの準備をしている。

 船長によると、それより魔王軍の偵察部隊に見つけて貰う方が早いかもしれない、とのことだ。


 魔大陸の強力な魔物に囲まれる中、森を切り開き、住居や外敵に備えるための塀を築く。


 苦労の連続だったが、いい話もあった。


 ダルジンとメリッサが結婚式を挙げたのだ。


「て、帝國に戻ったらちゃんとした式をだな……」

「わかってるわよ。その時はここのみんなを招待しましょ」


 下手に出て謝るダルジンに、メリッサは気を悪くした風でもなく、さばさばと返したものだ。


 その結婚式は、荒んだ皆の心を盛り上げるための気配りだったのだろう。


「汝、健やかなるときも病めるときも……」


 その日は神官のアイリスが誓いの言葉で結び、エルフのナルヴィが木から削り出した笛を吹き、船に積んであった酒樽を割って、狩ってきた獲物を囲んでの宴会となった。


 民族衣装風に着飾ったダルジンが赤ら顔でやってくる。


「おう、マルコ。お前は酒を飲むなよ」

「ええー!?」

「ええー、じゃねえ。お前そんなひょろいなりで、でかくなれると思ってんのか、ガキは肉を食え肉を!」


 ダルジンはごつく大きな手で、マルコの肩をばんばん叩く。

 口から漂うアルコールの匂いは強烈だ。


「メリッサ、綺麗だったね」

「ふ、基本、美人は何を着ても美人だからな。急ごしらえの衣装でも映えるもんさ」


 冒険者として成功を収めた『雷鳴の旅人』は、ダルジンとメリッサの結婚で解散する予定だった。


 パーティーの解散前に、最後に一山当てようとして魔大陸への船に乗り、このありさまだ。


「冒険者をしてればこんなトラブルつきものだぞ。そんな生活だったが俺は幸せ者だぜ。嫁さんに恵まれ、仲間に恵まれ、いい出会いに恵まれてな。マルコもいいスライムが手に入るといいな」


 ――違う。スライムには遭遇しちゃ駄目なんだ。ここにいるスライムは――


 夢を見ているマルコが、悪夢を覚悟すると同時に、運命の時が訪れる。






 籠を背負ったマルコの前で、ダルジンの大きな背中が止まった。


 皆で力を合わせ築いたベースキャンプは、魔物の侵入に対処できるよう木の塀で囲われている。

 いつもなら見張りがいるはずのキャンプの入口には、誰の姿も無い。


「……なんだ? 不用心じゃねえか」


 ダルジンの声に警戒が混ざる。


 そこから数歩進むと、キャンプ内の地面に何かが落ちているのが見えた。

 入口から少し入ったところに、ひしゃげた金属製の棒が二つ、転がっていた。

 奥にも剣や鎧が散乱している。


「……!? あれはっ!」


 ダルジンは顔色を変えた。


 その折れ曲がった棒状の金属は、変形したメリッサの魔杖とアイリスの錫杖だ。


「くそっ、何が……」


 焦りを隠さず走り出すダルジン、マルコも慌ててその背中を追う。


「待ったダルジン!」


 マルコが前を走るダルジンを止めた。


 人っ子一人いないキャンプ、しかし、……何かがいる!


 A級冒険者のダルジンではなく、マルコが先に気づいたのは、その何かがスライムだったからだろう。


 足を止めた二人の前で、キャンプ内の地面、その一部が海面のように波打ち始めた。


「ちっ」


 ダルジンがバックステップで距離をとる。


 地面が触手のように伸びてくる!


「伏せろマルコっ! 雷神剣っ!」


 対応の遅れたマルコは、ダルジンの声に反応して、頭を庇いながら伏せた。


 地に伏せたマルコの上で、鞭のように伸びた地面と雷撃が交錯する。


 意思を持った泥のようなスライムが飛び散り、押し戻された。


「なっ、効いてないだと!?」


 そう、衝撃で押し返しこそしたものの、雷撃がダメージを与えた様子はない。


 飛び散った飛沫(しぶき)がマルコとダルジンに降りかかる。


「うあぁっ!?」


 背負う籠の中身が溶けていき、マルコはダルジンですら驚くほどの早業で、籠を捨てる。

 伏せたまま籠を捨てる器用さは瞠目すべきだったが、ダルジンにもマルコを褒める余裕はなかった。


「ぐぅっ!」


 雷神剣が地面に落ちていた。ダルジンの右手と共に。


 手首にかかった飛沫が、魔物の革製の籠手ごと、ダルジンの右手を奪ったのだ。


 ダルジンは地面に落ちた自分の右手や、天下に名高き雷神剣に目もくれず、残った左手でマルコの襟首を捕まえて逃げ出した。


「な、なんだあれは!? マルコが先に気がついたってことはスライムなのか!?」

「わからない! わからないよ! 魔物目録にもあんなスライム載ってなかった!」


 ――そう、あのスライムはスライムの項には載っていない。


 この場で右手と雷神剣に執着せず、即時撤退を選んだダルジンの判断力こそ、さすがA級冒険者というべきだった。

 幾度の危機を乗り越え、A級にまで上り詰めたのは才能や努力、運だけでなく、この判断力があってのことだろう。

 だからこそダルジンが『雷鳴の旅人』のリーダーなのだ。


 今のマルコにはわかる。

 この時、マルコが無事だったのは運だけではない。

 食料を詰め込んだ大きな籠が身代わりになってくれたから、だけでもない。


 ダルジンが得体の知れぬ相手を警戒して、飛沫を遠くへ飛ばすよう、スライムの下から雷撃を当てていたのだ。


「俺はちゃんと気を込めて防御してたんだぞ。なのに、あっさり食い破りやがった。……それに明らかに俺の右手を狙っていた。飛沫にまで危険を判断する意思があるってのか……」


 ダルジンは痛みに顔を歪めながらも、懐からポーションを取り出し右手の傷を塞ぐ。


 気休め程度だが、ないよりずっとマシだ。


 二人が逃げる、その先に人影が見えた。


「ダルジン! マルコ! 無事じゃったか!」


 二人を迎えたのは、真っ白な頭髪と髭が日に焼けた肌と対照的な船長だった。


 マルコは膝に手を置き息を整え、ダルジンはその場にいる面子を確認する。


 ダルジンは悲壮感を隠せずに訊く。


「メリッサは? アイリスとナルヴィは?」

「……ここにいる六人に、お前達二人で全員じゃ」

「あいつらが簡単にやられるわけねえだろ!」

「……一瞬じゃ。メリッサの雷もナルヴィの魔法も効かず、一瞬で全てを飲み込みおった……」

「あいつらを見捨てたのか! い、今まで俺たちが、どれだけみんなを守ってきたと思ってる!?」

「やられたのはあの三人だけではないぞ! うちの船員も、他の冒険者も仲間を失ったのは同じじゃ! 儂らもお前と同じ気持ちなんじゃよ!」

「っ……」

「あの『雷鳴の旅人』が一瞬で飲み込まれたのじゃぞ! 儂らではどうすることもできん。……それともお前がいればなんとかなった、とでも言うのか?」


 ダルジンの失われた右手に向けられる、船長の視線は厳しい。


 他に生き残っていた冒険者二人の力量は、『雷鳴の旅人』には遠く及ばない。


 ダルジンが右手と雷神剣を失った今、正体不明の怪物(スライム)と戦うすべなどないのだ。


「くそっ……」


 ダルジンは残された左拳で近くの樹を殴り、その幹にすがりつくかのように額を押しつけた。


「……もう、あそこには戻れん。少しでも距離を稼ぐんじゃ」

「船長、どこへ、どこへ逃げるんですか」

「船のある海岸に向かいますか?」

「船も出せぬのに海辺へ逃げてもどうにもならん! ……一旦、山を目指すべきじゃろう。上手くいけばリョーシカと連絡が取れるかもしれん」


 一行の戦闘でのリーダーがダルジンなら、集団生活のリーダーは間違いなく船長だった。


 高い場所からなら、キャンプの様子も少しは見える。

 あのスライムが追いかけてこないか、確認できるかもしれない。


 生き残った八名は、着の身着のまま北の山を登った。


 あのスライムがどんな性質を持っているのかはわからないが、少しでも遠くへ、異なる環境へと逃げるべきだ。彼らの本能がそう判断していた。


 キャンプ生活で疲れの溜った体に鞭打ち、黙々と歩く。

 背を押すのは、再びあの化け物に襲われるのではないかという恐怖。


 マルコも一言も発せずひたすら歩く。ダルジンの痛ましい姿に、掛ける言葉が見つからなかった。


 不思議なことに魔物の姿も見えなくなっていた。


 小さな丘の上にたどり着き、キャンプの様子をうかがえる場所を見つけると、彼らはそこに起きている異変を目の当たりにした。


 森が蠢いていた。

 小さなベースキャンプだけではなく、周囲の森までが、まるで荒れた海のように波打ち揺らいでいる。


 信じがたい光景に彼らが言葉を失っていると、空を大きな影が疾った。


「……ドラゴンだ」

「こんなところで……」


 摩耗しきった精神でも、まだ驚くことは出来るのだ。


 飛竜(ワイバーン)ではなく(ドラゴン)、本物のドラゴンが空を飛んでいる。


 黒い竜、空を支配するその威容に圧倒され、マルコはただ口を開けて呆然と空を見上げていた。


 ドラゴンは波打つ森の遙か上空で旋回する。

 その背から、二つの人影が飛び出した。


「え?」


 間の抜けた声は誰のものだったろうか。

 もしかするとマルコ自身の声だったかもしれない。


「空に浮いてるぞ……」

「飛んでる!?」

「……あれは、魔王様じゃ!」


 最後の声が船長のものだったことだけは、はっきり覚えている。


 背中に竜の翼を生やした黒い男が、森に大きな杖を向けると、金色(こんじき)の魔法陣が次々と空中に描かれる。


 もう一人、白い尻尾を何本も生やした白髪の女が、短杖を森に向けると、金色の魔法陣はさらに増え、蠢く大地に対抗するかのように空を埋め尽くした。


 キイィィィィィィィィィッ!


 甲高い音を立て、魔法陣が共鳴しはじめる。


 危機を感じ取ったのか、スライムは森で戯れるのをやめ、天へとその身を伸ばした。


 大地が空を侵していく。


 金色の魔法陣がその先端を押しとどめ、スライムが膨張するのを押さえつけるように、次々と表面へと張り付いていく。


 閃光と共に爆音が轟いた。


 マルコ達は、ぼろぼろ崩れ落ちるスライムをただ見ていた。


 最も早く自失から立ち直った船長が、即座に船乗りがよく使うという魔法、『閃光(フラッシュ)』で空へ合図を送る。


 合図に気がつき、黒い男、魔王ドラエモフが一行を見下ろした。


 何故かはっきり見える口元が、悪戯気に開かれる。

 聞こえるはずのない、聞き慣れた声がマルコの耳を打つ。


「マルコ、(われ)はしばらく城を留守にし遊んでくる。残りの仕事は任せたと宰相(アシュラッド)に伝えておけ!」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 自分の叫び声で、マルコは悪夢から目を覚ました。

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