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二七話 雷神剣のダルジン! マルコが憧れた冒険者!


 マルコは懐かしい空気のする、石造りの建物に足を踏み入れる。

 ノルマリアの冒険者ギルドは、通りよりもさらに寂れていた。


 ギルドの中に冒険者は一人もいなかった。

 たった一人、受付で退屈そうにしている受付嬢も、マルコの見知った顔ではない。


 前任者は寿退社だ、と羨ましそうに話す受付嬢に、ギルドマスターに挨拶したい旨を願い出る。


 多少は待たされるだろうと考えていたが、意外にもギルドマスターはすぐに顔を出した。

 とても暇をしていたのだ。


 ごついギルドマスターは、もう目にすることはないと諦めていたねずみ色の頭を見て、唾をとばさんばかりの勢いで詰め寄る。


「おいおい、マルコか! 急にいなくなってどこほっつき歩いてたんだ。と、シルフィネーゼ様もいらっしゃいましたか。先ほどはおもてなしもろくに出来ず失礼をいたしました。なにぶん田舎の些末なギルドでして」

「態度違いすぎないか?」


 クラスメイトにぺこぺこお辞儀をして下手に出るギルドマスターの姿に、マルコは白い目を向けた。


「はっはっは。マルコと神殿の寵児様じゃ扱いが違うのは当然だろう」


 ギルドマスターは、マルコの頭をぐりぐりと潰すように撫でる。


 ギルドマスターは大柄で、マルコより頭一つ近く背が高かった。

 マルコの身長は同年代の平均にちょっと足りない。

 一時、栄養失調気味だったのも影響してるかもしれない。


 話はマルコがノルマリアの街を飛び出してからの軌跡へ。


 そこから、今のノルマリアを騒がしている噂へと話題は移った。


「盗賊団?」

「ああ、ただでさえ冒険者が少なくなってるってのに……」


 マルコの問いに、ギルドマスターは顎を撫でさすって「困ったもんだ」と、肩を落とす。


 その盗賊団は人身売買にまで手を染めているそうだ。


 治安が低下し、冒険者が減り、魔物が増え、盗賊団がはびこる。まさに泣きっ面に蜂だ。


「領主様には再三陳情してるんだがなあ。もっと被害が大きくて、盗賊団を確実に潰せるような状況でないと、軍や騎士団は動かせないそうだ。せめてアジトの場所でもわかれば話は違うんだが、そんなレベルの冒険者はもうノルマリアにはいないときた」


 哀愁漂うギルドマスターがちらりと見やるのは、マルコでもシルフィでもなく、黒い鎧の小柄な少女。


 ギルドマスターともなればその鎧、その数字が示す意味を理解していないはずがない。


「その盗賊団、懸賞金でてんのか?」


 と、ロロが問う。とはいえ彼女は乗り気ではない。


 なぜなら、今のロロはシルフィの護衛任務中だからだ。

 護衛対象から離れるつもりも、危険にさらすつもりもない。


 戦闘狂に見えるが任務は結構忠実にこなすのだ。そうでなければ帝國騎士などやれはしない。


「へえ……」


 ロロは受付嬢から手配書を受け取って、興味なさそうに声を漏らす。


 横から手配書を覗き込んだマルコは、そこに書かれた名を見て、凍りついた。


「元A級冒険者、隻腕のダルジン……?」






 太陽が燦々と輝く青い空の下。


 見渡す限りの碧い海には、島一つ見えなく、どこまでも青い世界が続いている。


 そんな世界の中で、港に停泊していたときに威容を誇った船は、酷くちっぽけな存在だった。


 そのちっぽけな船の乗員の中でも、最もちっぽけであろうマルコ少年は、デッキブラシを片手に船の縁から外に向かって胃の中身をぶちまけていた。


「新入りー、落ちるなよー」

「はーい。うぇっぷ」


 マストの上に設置された見張り台から、物見の声が降ってきた。マルコはデッキブラシをわずかに持ち上げて応じる。


 マルコは腰に下げた水筒の水で口をゆすぎ、手ぬぐいで口元を綺麗にした。


 冒険者になって半年、小さなマルコは魔大陸へ航海中の船上にいた。


 客としてではなく、乗組員として。


 船に乗るのは生まれて初めてのマルコだったが、意外にも船員になること自体は簡単だった。

 魔大陸行きの船は年中乗組員を募集していたのだ。


 給金はそれなりに高いとはいえ、近海の倍ほどでしかない。

 危険度は倍どころではなく、大きく跳ね上がる。

 何しろ身動きの取れない海上で、魔大陸へと近づくほどに魔物の脅威は増していくのだ。

 生存率を考慮すれば、誰も乗りたがらないのは道理である。


 船に乗ったこともないマルコが船員として働けるのは、そういう背景があった。


 大海原から見たらちっぽけな船でも、マルコから見たらそうではない。


 マルコはせっせと甲板の上を磨き上げ、魔大陸との交易船特有らしい滑り止めを塗り広げていく。

 掃除は得意だ。何しろ冒険者になってからずっと、魔物退治ではなく清掃ばかり繰り返していたのだから。


 底辺冒険者としてくすぶっていたマルコは、ガルドから貰った魔物目録にスライム使いの光明を見いだしていた。


 強いスライムを使役する。ただその一念がマルコを支えていた。


 肌を刺す日差しと海からの照り返しに険しく目を細め、黙々と作業をしていると、見張り台から緊迫した声が降ってくる。


「魔物だ! 太陽の方向に鳥形の魔物発見! こっちに向かってくるぞ!」


 慌ただしく動き始める乗員達。

 船嘴(せんし)から甲板に上がってきた乗組員が、ズボンのベルトをはめながら勇ましくも武器を掴みにいく


 ケツはちゃんと拭いたのだろうか。


「新入りは中に入っとけ!」


 自分はどう動いたらいいんだろう、と戸惑っていたケツの青いマルコに、またも物見の声が降ってきた。


 戦闘の役に立たないマルコは、デッキブラシを担いで船内へと駆け込んだ。


 そこで甲板に出てきた冒険者とぶつかりそうになり、慌てて道を譲る。


 先頭の戦士がすれ違いざまに、不敵な笑みを閃かせた。


「俺たちにまかせとけ」


 力強い言葉を残して、彼らは甲板に躍り出た。


 伸ばしたさらさらの金髪から長い耳を覗かせる美男子は、精霊使いにして弓の達人、エルフのナルヴィ。


 桃色の髪の美女、巨大な魔石をはめ込んだ杖を手にするのは、扱いが難しいとされる雷の上級魔法すら使いこなす魔法使いメリッサ。


 神官服を改造した鎧を纏う、穏やかそうな黒髪の女は神殿を統治する聖女グラータと席を並べ、聖属性の神髄を学んだ神官戦士アイリス。


 そして、冒険者といえばこのような姿だろうと誰もが思い描くような男、その手にした魔剣、雷神剣の名を帝國中に轟かせる戦士ダルジン。


「俺たちがいる限り、この船は安全だ!」


 ダルジンが雷神剣を掲げ、甲板にいた船員、他の冒険者の士気を鼓舞する。


「「おおっ!!」」


 同業の冒険者達が、海の男達が鬨の声を上げてそれに応えた。


 彼ら四人組こそ帝國全土に名をはせるA級冒険者パーティー『雷鳴の旅人』。

 それぞれがA級冒険者の資格を持つ、押しも押されもせぬ一流のパーティーだ。


 近づいてくる魔鳥は空の上。


「あれは……ヒザマだ! 数は六。気をつけろ! 火を吹いてくるぞ!」


 遠目の効くエルフのナルヴィが、鳥形の魔物を見てB級の魔物と断定する。


 船員が炎上を防ぐため海水をくみ上げ始め、神官戦士アイリスが船体に強化魔法を掛ける。


 最優先で守るのは船だ。

 炎上したら待っているのは全滅だけだと誰もが認識していた。


「まず俺がやる。後は頼むぞ」


 ダルジンはそう言って、雷神剣を上段に構え、気を練り上げていく。


 合わせてメリッサは呪文の詠唱を、甲板にいる魔法を使える者もメリッサに遅れて詠唱を始めた。


 空を飛び近づくヒザマの嘴から炎の舌がちらりと覗く。

 まだ遠い。

 まだまだ炎のブレスも届かない。


「ハッ!」


 その距離で、ダルジンは裂帛の気合いと共に剣を振り下ろした。


 剣撃が雷となって空を奔る!


 しかし距離が遠い、ヒザマはダルジンの雷撃を悠々と躱す。


「サンダーボルト!」


 そこへメリッサの魔法が間髪入れず襲いかかり、直撃を受けたヒザマが力を失い海に墜ちる。


「いけるぞ!」


 誰からともなく声が上がり、勇気が伝播していく。

 その勇気は、船内への出入り口から甲板をのぞき見ていた、マルコにも伝わっていた。


 ダルジンとメリッサ、ナルヴィを中心とした遠距離攻撃の繰り返しで、ヒザマは次々と撃ち落とされ、船に近づく頃には二羽に減っていた。

 それでも逃げずに襲いかかってくるのは魔物の本能か。


 数を減らしたといえど、ヒザマには炎の息がある。


 海の勇士達は最後まで気を緩めずに戦い続ける。


 彼らの背中に向けられたマルコの、初めて遭遇した一流の冒険者への眼差しは、既にただの憧れから変化していた。


 挑むような、決意を秘めた眼差しに。


 デッキブラシを握る手に、震えるほど力が込もる。


 自分が歯を食いしばっていることに、マルコはしばらく気がつかなかった。


 一行は『雷鳴の旅人』の活躍もあって、無事に魔鳥を撃退することに成功する。


 まあ、この後、海竜(シーサーペント)に襲われて、結局難破する羽目に陥るわけだが。






 冒険者ギルドを出たマルコ達は、マルコが以前暮らしていた街外れのあばら屋を目指していた。


 日が暮れた通りには既に人の気配はない。まるでゴーストタウンだ。


 マルコは手配書を見てから、何やら難しい顔をしている。


 物騒な雰囲気にいたたまれず、シルフィは口を開いた。


「ダルジンという方に心当たりでも?」

「ん、ああ。一緒に難破した仲というか」

「「ええっ?」」


 シルフィとロロは眉をひそめて顔を近づける。


「マルコがナンパ……ですか?」

「こいつの口でナンパして上手くいくわけねえだろ」


 何やらひそひそしてる、とマルコは仏頂面のまま続ける。


「しばらく一緒に暮らしてたしな。といっても一ヶ月くらいだけど」

「……上手くいかないどころか同棲してますよ?」

「落ち着け嬢ちゃん。ダルジンってどう見ても男の名だろ」

「つまり同居してる男性と」

「ナンパの日々を送っていたらしーな」

「うわぁぁ」

「うへぇえ」


 汚物を見るような視線で、マルコは二人の思い違いにようやく気がつく。


「んっ? いやいやいやいや、ナンパ違いだ、それは」


 誤解されたら厄介だ。

 マルコは魔大陸への船上での、ダルジン達との出会いを話した。


 幾度も魔物の襲撃を撃退しつつも、遂に海竜に襲われ難破したこと。

 漂着した魔大陸の森で、生き残った乗員全員で力を合わせ共同生活していたことや、その生活が魔王軍に救助されるまで約一ヶ月続いたこと。


 ダルジン率いる『雷鳴の旅人』は、一行の最も頼りになる戦力だったこと。

『雷鳴の旅人』で生き残ったのは、ダルジン一人だけだということを。


「……ダルジン、そうか! どっかで聞いたことあると思ったら雷神剣のダルジンかよ!」

「もう雷神剣は持ってないけどな」


 獲物発見! と浮かれるロロに、マルコは釘を刺す。


 マルコの過去の一幕を辿りながら、彼らは荒廃した街外れを歩く。そして、それよりもなお過去の、冒険者になった頃のマルコが住み着いた場所に着いた。


 屋根も壁も崩れた、みすぼらしい小屋。


 元々、人の住む場所ではなく、家畜小屋だったのだろう。

 その原型がかろうじて残っているに過ぎない有様だった。


 崩れ落ちた建物を見て、シルフィの瑠璃紺の瞳は沈痛に沈んだ。


「これはひどい……」


 マルコは懐かしそうな顔をして、ぽつりとこぼす。


「ここは全然変わってないな」

「えっ?」

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