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二六話 マルコが冒険者になった街! ノルマリア


 翌日も今までの旅路同様、マルコ達を乗せた馬車は朝早く街を出発し、西日が空を朱に染め上げる頃には、川が近くを流れる街へと到着した。


 目的地であるノーステリア平原入口の街、ノルマリアだ。


「ここがマルコが冒険者になった街、ですか」

「ああ。そういや、こんな感じだったっけ」


 マルコはシルフィと話しながら、一番惨めだった頃を思い出す。


 記憶にあるのと何も変わっていない。

 いや、その頃より寂れた印象の街並みに、マルコは目を細めた。

 なんだかんだいっても半年近く暮らした街だ。


「じゃあ、俺、ちょっと昔の知り合いに挨拶してくるから」


 北都ノーケンと比べ随分と小さな宿に着くと、マルコは同行者に断り、一人で外出した。


 まだ日が残っているものの、通りは活気どころか人影すらまばらだった。


 昔はもう少し賑わっていたような気がする。

 それは村から出てきた小さなマルコの目に映ったものだったからなのか。

 人が無尽蔵にあふれる帝都から来た、今のマルコの目には廃れて映る、ただそれだけなのかもしれない。


 感傷を振り払い、マルコは軒先に剣の印章を吊り下げた店に入った。


 ノルマリアの武器屋は、この店だけ。

 マルコの知っている人物が、この店を継いでいるはずだ。


「いらっしゃ――」


 店主の声が、マルコの姿を見て止まった。

 目当ての人物に会い、マルコは照れくさそうに言う。


「……久しぶり」

「マルコ……、マルコなのか!? お前どこいってたんだ!」


 怒鳴るような声には喜色が混じっていた。


 店主の名はガルド。

 かつてこの街の冒険者のエースだった男であり、引退し武器屋となる前に、冒険者として不遇の時を過ごしていたマルコに魔物目録を譲った人物だった。


「……はあ、魔大陸へねえ。おまえ無茶しすぎだぞ、死にに行くようなもんじゃないか」

「ごめん。今思うと本当に無茶だった」

「まあ、生きて帰ってきて顔を見せに来たんだ、それだけで許すさ」


 ガルドは陽気に笑い飛ばす。

 怒りたいところだが、そうもいかない。

 柔らかそうな布の敷かれた竹籠の中から、赤ん坊が見上げているのだ。

 この世に生を受けてまだ一年ほどの我が子の前で、怖い顔など出来るはずもない。


 ガルドの妻は、二人目の子を産むため、実家に帰っている。

 実家といっても同じノルマリアの中、店を閉じれば妻の実家に帰るのが、今のガルドの幸せで、少々肩身の狭い日常だ。


 元々、この店は妻の父親が経営していた。

 結婚と同時にガルドは冒険者を引退し、武器屋を継ぐことになったのだ。


 B級冒険者として誰からも一目置かれ、しかしA級の器ではないと密かに自覚する日々。

 そんな冒険者稼業に未練は無かった。


 引退を考える中、目にとまったのは幼いねずみ色の髪の少年。

 スライム使いと馬鹿にされながら、ドブ浚いや清掃といった、冒険者からも見下されるような仕事を一生懸命こなす姿だった。


「ガルドがくれた魔物目録のおかげで希望が持てたんだ」


 ガルドにはもう不要となり、何となく渡した魔物目録。

 そのおかげで強くなれた、ちゃんとした冒険者になれたとマルコは言う。


「ちゃんとした冒険者って……。そんなレベルじゃないだろう」


 引退したとはいえ、武器に向き合い、冒険者と接し続けるガルドにはわかる。

 今のマルコが、かつての自分よりはるか上の位階にいることが。


 店内の武器からめぼしいものを幾つか見繕い、購入して去って行く、たくましく育った少年の後ろ姿を見てガルドは呟く。


「……あのマルコがねえ。わからないもんだな」


 赤ん坊の小さな手が伸びる先、ガルドの頬はしばらく緩んだままだった。






 武器屋を出たマルコはその足で、冒険者ギルドへと向かう。


 ノルマリアで一番恩義のあるガルドへの挨拶は済んだので、後はどうでもいいといえばどうでもいい。


「一応、ギルド受付のお姉さんとギルドマスターくらいか……」


 懐かしむように歩いていると、見覚えのある顔に遭遇し、マルコは顔をしかめた。


 うだつの上がらない風体の、四人の男。

 よくマルコを馬鹿にしていた連中だ。


 顔を合わせて数秒、その四人組は記憶の中から目の前の人物が誰かを捜し当て、ニヤニヤ笑い出す。


「お前、もしかしてクソ拾いのマルコか」

「だよなだよな、誰かと思ったぜ。冒険者っぽい格好してやがるから」

「そんな鎧、ドブ浚いの邪魔だろ~」

「ハハッ、ドブ色の鎧とかプロすぎんだろ、ドブで染め上げた色かよ!」


 会いたくない顔に出くわしてしまった、とマルコは小さくため息をついた。


 目玉スライム越しに見たところ、この四人組のレベルは冒険者になりたてのオキアより低い。

 技量の差も考慮すれば、オキアの方がずっと強いはずだ。


 マルコがノルマリアにいた頃から四年以上経ったにも関わらず、装備も駆け出しの冒険者とたいして変わらないような代物。

 冒険者としてまともな活動をしていないと一目でわかる。


 そんな奴らには、マルコの鎧の価値は理解できないだろう。


「この鎧は俺にとっては大事なものなんだよ」


 魔王軍の名工、アマリーズがマルコのために作ってくれた神獣ベヘムトの鎧。

 地味で目立たないかもしれないが、性能はずば抜けているのだ。


「あん、何だそのツラはよお」

「生きてただけでいっぱしの冒険者になったとか勘違いしちゃってんの~」

「そんな大事な鎧なら俺らが有効活用してやるよ」

「戦えないスライム使いに鎧なんかいらねえだろ」


 笑いながらにじり寄ってくる男達の前で、マルコは盛大にため息をついた。


「はぁ、しょうがないか」


 念のため、先に手を出させたうえで、叩き潰すとしよう。

 そうと決めれば話は簡単だ。


 スライムまみれにしてくれる。


 四人の男が粘液まみれになってるのを想像して、マルコはげんなりした。


 嫌な未来図を振り払い、魔王直伝、挑発用の嘲笑を浮かべようとした時、


「お待ちなさい!」


 可憐でありながらも凜とした制止の声がかかり、マルコは嘲笑ではなく渋面を浮かべた。


 現れた二人の少女は、片やニヤニヤ笑い、もう一人はなぜか得意げな顔で年齢の割に立派な胸を張っていた。


「そこにいるマルコは私たちの連れですが、何か問題でも?」


 聖女の笑みを浮かべるシルフィを前にして、男達は言葉に詰まる。


「……おう、随分マブいじゃねえか」

「マルコの雑魚っぷりをしらねえんじゃねえの」

「お、おい奥の奴をよく見ろよ」

「……い、いや、本物のわけねえだろ」


 シルフィの美貌に吸い込まれていた彼らの視線が、後ろでニヤニヤ笑っていたロロにようやく向かう。


 帝國の守護者たる帝國騎士の黒鎧、肩に刻まれたⅨの数字はそのトップである序列一桁(アムカ)の証。


 そして、冒険者として長く生きてきた彼らは、同業者の噂話だけはよく知っていた。


 揉め事になるには小物過ぎると判断し、ニヤニヤ笑いからつまらなそうな表情に変わった、小柄な少女の額の傷跡。


「狂剣……」

「嘘、だろ……」

「試してみるか?」


 歯を剥き出しにして言い放ったロロの一言で、先ほどまでの態度は一変、化け物に遭遇したかのように青ざめた男達は、震える足を懸命に動かし、競うようにその場から退散した。


 後に残されたマルコは、所在なげに佇む。


「……えと、ありが……とう?」

「どういたしまして」

「……なぜここに?」

「冒険者ギルドからの帰りです」

「……」

「帰りです」


 シルフィは嘘は言っていない。


 マルコが会いに行くという知り合いはおそらく冒険者関連だろうと当たりをつけ、先回りしていたこととか、マルコが来るのが遅いので寂れた冒険者ギルドに飽きて帰る途中だったこととかを口にしていないだけで事実である。


 不自然なほど堂々としているシルフィの様子を不審に思い、首を捻るマルコに、ロロは面倒くさそうに欠伸をしながら訊く。


「んで、これからどーすんだ」

「俺は冒険者ギルドへ行くけど……」

「では、行きましょうか」


 さも当然のように言うシルフィ。

 その自然で優雅な微笑みは、反論を許さぬほど完璧なものだった。


 一人で冒険者ギルドへ行くつもりが何故か三人になり、マルコはさかんに首を捻りつつ、昔歩き慣れた道を行くのであった。






 マルコ達が立ち去るのをこっそり覗いていた先ほどの四人組は、思いもよらぬ状況に直面し、声を潜め相談する。


「おい、あれってもしかしてターゲットの一人じゃねえか」

「ああ、メセ・ルクト聖教の愛娘、次の聖女様だ。あんなの他にいるかよ、間違いねえ」

「何でこんな田舎にいるんだよ」

「チャンスじゃねえか」

「けど、俺らじゃ狂剣にかなうわけねえぞ」

「当たり前だ。あんな化け物とまともにやりあってたまるか」

「いくら強くたって数で囲めばなんとかなるだろ。こっちだって素人じゃねえんだ。どっちにしろ上に報告しないわけにもいかないだろうが」


 顔を寄せ合う彼らは、ノルマリアでは有名な冒険者崩れのごろつきだ。


 深刻なものではないと見逃されてきたが、彼らが起こした揉め事は数え切れない。


 マルコがいた頃から札付きの悪だった彼らは、四年以上たって、より大きな悪事に手を染めるようになっていた。

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