二五話 住む世界の違い? 籠の中の寵児!
マルコ達は途中の街で宿泊しながら、盗賊に襲われることも魔物に遭遇することもなく、無事に北都ノーケンへ到着した。
帝國北部の治安が低下しているとはいえ、北街道は帝國の大動脈、しっかり騎士団が巡回し、危険を排除しているようだ。
彼らが利用した馬車はオーク討伐時に冒険者ギルドが用立てた実用的な、言い方を変えると乗り心地があまりよろしくない馬車と異なり、お尻に優しい仕様であった。
日が暮れる前にノーケンに着いた一行は、冒険者ギルド併設の酒場で夕食を取っている。
普段冒険者に縁が無い、シルフィたっての希望だ。
「――ってな感じで、坊ちゃん達をひいひい言わせてやったぜ、ぎゃっはっはぁ!」
ロロは酒でも飲んでいそうなテンションで、グリフォン退治にかこつけて森の中で同僚の帝國騎士をいびっていた話を披露する。これでも素面である。
傍若無人に振る舞っているように見えるが、帝國騎士団なんて堅苦しい場所にストレスを感じているのかもしれない。と、マルコはストレスをぶつけられるロロの同僚に同情した。
そんなロロの話を、シルフィは興味深そうに拝聴している。
冒険者ギルド併設の酒場には、マルコ達の他にもぽつぽつと冒険者とおぼしき客が入っていた。
仕事を終え、身綺麗にしてからまず一杯というところだろうか。
冒険者ギルドの酒場は決して美味くはないが、量は多く、値段が安いというのが定番だ。
何より冒険者が気楽に騒げる酒場というのはそう多くない。
冒険者ギルドの多くに酒場が併設されているのにはそういった理由がある。
「たまにはこういうのも悪くはないね」
「俺は気に入ったぞ。量が多いからな。体の資本は食事からだ」
優雅にナイフを操るヴァリオスとは対照的に、ユリアンは大口を開けて骨付き肉にかぶりつく。
大口を開けてもどことなく気品があるのは、冒険者達との育ちの違いという奴だろう。
「わたしは地面が揺れないだけでいいわ。もう本当それだけで……」
馬車に揺られて参ったのか、調子の悪そうなサディナは果実水でのどを潤していた。
「冒険者ギルド、一度来てみたかったんですよね」
シルフィは目を輝かせぬよう注意しながら、周囲の観察に力を入れている。
実はマルコもさりげなく、冒険者ギルドの様子をつぶさに確認していた。
マルコはこの近くにあるノルマリアという街で冒険者になったが、ここ北都ノーケンの冒険者ギルドを利用したことはないのだ。
マルコは感心したように言う。
「さすがに北都っていうだけあって、冒険者ギルドもでかいんだな」
魔都リョーシカの冒険者ギルドより、ずっと大きい。
もし帝都の冒険者ギルドを先に見てなければ、この冒険者ギルドの規模に面食らっていたことだろう。
「君は帝國北部で冒険者をやっていたのだろう? ノーケンのギルドは初めてなのかな?」
「これから行くノルマリアの冒険者ギルドなら利用してたんだけどな」
ヴァリオスの問いに、マルコはそういって銀色に輝くジョッキに口をつける。
「マルコ君、いつの間に!? お酒はいけませんよ!」
「葡萄ジュースです」
「あっ」
恥ずかしそうに頬を染めるホリー先生をよそに、マルコはえぐみの残るジュースを一気に飲み干し、錫製のジョッキがかいた汗を拭う。
マルコの行動に一人だけ合点がいったロロが、肉をゴクリと飲み込んで言う。
「ああ、ここで確認すんのか」
「そういうこと。ちょうど向こうにバレずに確認できそうだしな。シルフィ、自然な感じでこのジョッキに映る二人組を見て欲しい」
「はい?」
マルコが注意深く、それでいて無造作にジョッキを置いた。
そこに目を落としたシルフィが口を、あっ、という形にして無言で驚く。
「一人は見たことあるからわかってるんだけど、もう一人の身元も確認しておこうか、と」
「……うちの侍女です」
鏡面加工の施されたジョッキに映るのは、水色の髪と亜麻色の髪をした、二人組の女冒険者。
武闘会でロロに敗れたエメルともう一人。
いくら鏡面加工といっても綺麗に映りすぎではないか、と思うが、そこは鏡面スライムでさらにカバーするのがマルコだ。
冒険者らしい格好に変装した二人は、周囲に溶け込もうとしているが、持ち前の美貌から注目を集めてしまっている。
注目を集めているといっても、いかにも貴族らしい若者が並んでいる上に、シルフィと黒鎧の帝國騎士までいるマルコ達ほどではないが。
シルフィによる身元の照会が済むと、マルコはジョッキの位置を変えて言う。
「ま、気にする必要はなさそうか」
「帝都を出て最初の街の宿屋ではもういたよな」
骨を綺麗にしゃぶるロロの指摘に、マルコを除く面々は動きを止める。
「最初の街どころか帝都を出るときからついてきてたんだよな、これが。ぎりぎり見えないくらいの、つかず離れずの距離を保って、馬車が追いかけてきてた」
「そういうのって、どうやってわかるんですか?」
シルフィの質問は一行の疑問を代弁していた。
「……経験?」
「ギンギン来るんだよギンギン。こう、視線にぎらぎら込められたなんかやってやる感がよ」
これでも二人は真面目に答えているのだが、マルコの答えもロロの答えも参考になりそうもなかった。
その夜。
北都ノーケンでの宿泊先はなかなか立派な宿だった。
何しろ彼らの中にはVIPが複数混じっている。
実際の演習ではこうはいかないだろう。
手入れの行き届いた広々とした庭で、マルコは日課の訓練をしていた。
巨大なハルバートが振るわれるたび、ビュッと風切り音が鋭く鳴る。
大きな弧を描き、翻って小さな弧を描く。
かつての英雄が振るったオリハルコン製の戦斧は得物としてはあまりにも大きすぎ、重すぎる。
しかし、その動きに扱いきれない余分な重さは一切感じられない。
よどむことなく、流れるように美しい弧を描き、一瞬で切り返す。
最後に片手で突きを繰り出し、引いて構えを戻したところで声がかかった。
「お月様が綺麗ですね」
「おう。ずいぶんとごついもん使ってるじゃねえか」
「大きい方が訓練になる場合もある。ここで長々と剣の訓練をしてたら不審者っぽいし」
マルコはシルフィとロロに応えて、二百年以上前に伝説の彼方に消えたハルバートを空間収納にしまう。
マルコは日課の訓練を欠かさない。
この旅の最中も毎夜剣を振るっていたが、時間も場所も限られた中でいまいち納得がいかず、庭が広かったのでハルバートを持ち出してみたのだ。
延々剣を振るよりも、手短に長柄を振り回す方が他人に迷惑を掛けないと判断したようだが、宿の庭で巨大な戦斧を振り回す方がよっぽど非常識である。
ちらりと月を見上げるマルコの首筋は、上気していて汗がにじんでいた。
雲はない。
空にはくっきりとした丸い月が輝き、星の放つ微かな光を圧している。
マルコは怖いくらいに存在感を放つ月に表情を曇らせた。
「……満月か」
「オレぁちょいと苦手だな」
「……ロロもなのか」
ロロの言葉にマルコが同意する。
「満月が苦手、ですか?」
意外そうなシルフィの反応に、マルコとロロは顔を見合わせた。
普段は犬猿の仲だというのに、不思議なほど息が合った様子で言う。
「嬢ちゃん、ソロ冒険者の悩みの一つが野営なんだよ。オレは木の上で休んでたけど満月だと姿が見えそうだわ魔物は気色ばんでるわで、あんまメリットがねえんだわ」
「俺はノルマリアで冒険者になったころを思い出して、ちょっとわびしいというかなんというか。……冒険者になってから街外れの崩れ掛けの小屋で暮らしてたんだけど、満月だと抜け落ちた屋根から月が見えるのが逆に落ち着かないんだ」
月明かりが、かえって惨めな思いを浮かび上がらせることもある。
マルコは気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
シルフィの暖かく希望に満ちた小さな世界を見守る月と、マルコやロロが目にしてきた無力で広大な世界を見下ろす月は異なるものだったのだ。
皓月を見上げるシルフィの胸の奥底に、苛立ちとも焦燥ともとれる、もやもやした何かが残った。




