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二四話 マルコの故郷、北への旅!


 生徒会室の中央に合わせた机の上には、古びた匂いのする、一枚の大きな羊皮紙が広がっている。

 四つ目山羊の皮を伸ばし薄く削ったその紙には、大きさに似合わぬ細やかさで、帝國北部の地形が詳細に描き込まれていた。


 イスガルド大陸東の雄、ガルマイン帝國は北東辺境の小国家群である都市連合を除き、大陸の東側半分に迫ろうかという、世界最大の版図を誇る巨大国家だ。

 その精密な地図は軍事機密であり、これほど詳細な物は、旅商人の間ですら出回っていないであろう。


「今度行われる一年生の演習に先行して、例年通り、我々生徒会が下見をすることになる」


 生徒会長ヴァリオスの指が地図の上、帝都ウーケンから伸びる北街道を辿り、北都ノーケンを示す。


 ノーケンは帝國北部を統べる大都市だが、近年ノーケンの周辺地域は治安の低下が著しく、中央でも問題視されているそうだ。


「まずは北都ノーケンへ。そこからノルマリアという街に向かう」


 ヴァリオスが帝國北部の中心ノーケンから少し東へ指を動かすと、ノルマリアという街がある。


 そこは故郷を失ったマルコが冒険者となった街だ。


 さらにヴァリオスの指が地図上を滑り、円を描く。


 ノーステリア平原。


 活力を失っている北部でも、都市連合との国境に近いノーステリア平原は特に荒れているそうだ。

 元々、冒険者が中心となり、魔物を討伐して開拓していった地域なのだが、冒険者の減少によって魔物の数が増え、次第に人の住める場所ではなくなってきているのだという。


「演習には討伐する魔物の数が必要だからね。冒険者から見れば旨味のある魔物が少なく、数だけ多いのは敬遠したくなるだろう。しかし低級の魔物の数が多いというのは、学園生の訓練にはもってこいだ」


 ヴァリオスの説明に頷きつつ、マルコの目はある一点に注がれていた。






 生徒会室を出たマルコとシルフィは、黙りこくったまま廊下を歩いていた。


  ふさぎ込んだマルコをシルフィが心配そうに見る。


「……」

「……」


 老若男女を問わず、帝都に住む者であれば、シルフィの瑠璃紺の瞳に自らの姿が映し出されたら、熱に浮かされることだろう。


 その眼差しが、今のマルコにはひどく居心地が悪く感じられた。


「……いや、ノルマリアって俺が冒険者になった街なんだ。落ちこぼれ冒険者だったから、いい思い出無いなあって。恩人もいるから、いつかは顔を見せに行こうと思ってたけど」

「……地元なんですね」


 そう言って手を合わせるが、シルフィの口元は少し引きつっている。

 彼女は皇女ヘルミナ経由で、マルコの過去を大まかながら把握していた。



 帝國北部にて冒険者になる、このときわずか十才。

 冒険者として芽が出ないまま半年、無謀にも魔大陸に渡る。

 魔大陸ではなぜか魔王城で暮らし、次第に頭角を現す。

 一部では魔王軍四天王五番目の男とも呼ばれているそうで、ついた二つ名は『理不尽(フリーダム)』。



 シルフィが知っているのはこれだけだ。


 マルコがノルマリアで生まれ育ったとしたら、ノルマリアで冒険者になった、という表現ではなく、故郷というだろう。


 当時十才の少年が、故郷を遠く離れた場所で冒険者になるはずもない。


 つまりマルコはノルマリア近辺の村出身のはずだ。

 その地域は何年も前から治安低下、魔物の氾濫、疫病の流行などで幾つもの村落が壊滅している。


 十才の少年が冒険者になる、というのは決してありふれた話ではない。


 そのほとんどは孤児だ。


 触れてはいけない話題だ。

 シルフィの頬が緊張で強ばる。こういうときのシルフィの勘は鋭かった。


「私、魔物討伐、初めてなんですよね」


 シュッシュッ、とシルフィは拳を繰り出して話をそらしにかかる。


 通り過ぎる生徒が、信じられないものを見てしまった、という風に目を丸くした。


 同じく驚いて眉を上げたマルコが訊く。


「……まさか、素手で魔物とやり合う気なのか?」


 授業中に、シルフィの黄金の右が鉄製の鎧を破壊する光景を目の当たりにしたマルコは、こんな事では驚かない。

 マルコが驚いたのは、魔物を倒すことなく訓練のみで、レベルが三七まで上がっているシルフィの異常性にだ。


「いえいえ、まさか。ちゃんと武器使いますよ武器。これは言葉の綾っていうモノです」

「言葉じゃないな」


 マルコのツッコミには切れがない。


 シルフィの推察は当たっていた。


 ノーステリア平原の外れには、かつてルコリラという名の村があった。

 そのルコリラ村は、幼年期のマルコにとって世界そのものだった。


 さきほど見た地図、懐かしいノルマリアやノーステリア平原が載った地図に、今は亡き故郷の名が、名前だけでも残っているのを見つけて、マルコはちょっぴり感傷的になっていたのだった。






 そろそろ日が昇ろうかという、空が白み始めた休日の朝。

 帝都ウーケンの馬車乗り場には既に人がひしめいており、その中にマルコ達の姿もあった。


「ノーステリア平原視察隊、点呼! 一ッ!」

「二ッ!」

「三ッ!」

「四ッ!」

「五ッ!」

「六ッ!」


 生徒会長ヴァリオスの下、生徒会メンバーが点呼する。


 点呼の順番通りに、まずは三年のユリアンとサディナ。


 蜂蜜色の髪を三つ編みにしたサディナは、錬金術師を目指す平民だ。

 彼女の作るポーションは既に市販のものと遜色なく、冒援会への供給などで学園の財政をわずかながら潤している。


 まだ二人しかいない一年からは、マルコとシルフィが当然二人とも参加。


 生徒会からノーステリア平原に向かうのは、三年生三人と一年生二人の計五人だ。


 マルコが勢いよく挙手をして発言する。


「生徒会長! この中に一人だけ部外者がいます!」

「うるせえ、オレはそこの嬢ちゃんの護衛だ」

「私の護衛、ですか?」


 はじめて聞いた、とシルフィは目を大きく見開いた。


 六ッ! こと小柄な帝國騎士、ロロは早朝から仏頂面をしている。


 冒険者暮らしをしてきたロロは朝に強い。


 この仏頂面は朝が早いからではなく、森の中を駆けずり回ってグリフォンを仕留め、ようやく帰ってきたと思ったらまた仕事だからだ。


 ロロの頭の中では、両方ともなんとなくマルコのせいである。


 この視察はもとより、グリフォンも発見したのがマルコ達なだけであって、グリフォンの討伐依頼を受けて失敗したわけではない。濡れ衣だ。


 その「部外者がいる」との質問は予想していた、というようにヴァリオスがうんうん頷く。


「公務で帝都を離れられない副会長が少々暴れてね。副会長の代役だそうだ。シルフィ君を護衛してくれる頼もしい騎士だ。心強いね」

「お姉様が、ですか……」


 生徒会副会長、皇女ヘルミナは心配性だった。


「メセ・ルクト聖教の神官長からも、信頼できる護衛をつけるよう再三要請があった。女性で強くて信用出来る護衛をね」

「すみません、本当もうごめんなさい」


 神官長(シルフィ父)の親馬鹿も止まらない。


 シルフィが申し訳なさそうに頭を下げる。


 そこへ最後の一人が遅れてやってきた。


「ご、ごめんなさ~い」


 息を荒げて走ってきた栗色の髪の教師、ホリーは厳重に布を巻き付けた杖を手に持っていた。


「はぁ、はぁ、神殿に急に呼び出されちゃって……」

「引率のホリー先生だ」


 ヴァリオスが改めて紹介した。

 マルコとシルフィは、自分のクラスの担任だから、紹介されるまでもなく知っている。

 ホリー先生は教師でありながら神官でもある珍しい人物だ。


「ええーと、急遽引率になりましたホリーです。よろしくね。シルフィさん、マルコ君」

「先生、その杖は?」


 そう訊いたマルコの視線はちょっとのんびりした先生、ではなく布の巻き付いた杖に向いている。


 その杖に秘められた魔力は、マルコの保有するキルキスの勇士隊コレクション(アンデッドからそっくりいただいた)にも引けを取らない。


 ホリーは杖を大事そうに抱え、困ったように笑った。


「こ、これはね、さっき大神官様からお預かりしたの」

「大神官って、確か……」

「……母です」


 マルコの疑問に、シルフィが視線を斜め上に向けて、気まずそうに答えた。


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