二三話 スライム使い、生徒会に入る!
模造剣が硬質の音と火花を散らした。
「いい加減諦めたまえっ!」
「は、てめえこそ足下ふらついてんぞ!」
金髪の少年ジュリアスと茶髪の少年オキアの剣は一進一退。
激しく剣が打ち合わされ、一瞬の攻防で形勢は大きくかたむく。
校庭では、新入生離れした熱戦が繰り広げられていた。
審判役のマルコが見たところ、オキアとジュリアスの力量はほぼ互角。
剣技においてはジュリアスに一日の長があり、体力ではオキアが勝る。
これ以上長引くとオキアかな。
マルコが感じ取った試合の流れをジュリアスも自覚したのだろう、息をととのえ、掛け声を上げる。
「でやあ!」
ドウンッ!
激しい爆発音に、オキアとジュリアスの動きが止まった。
音の出所は二人ではない。
舞い上がる砂埃、その中央ではひしゃげた鉄の鎧を纏った案山子に、シルフィが右拳を突き出していた。
彼女の拳からは、金色の湯気のような闘気が立ちのぼっている。
「……マジかよ」
「おお、……さすがシルフィネーゼ様」
ふたりは勝負をあずけて驚いていた。
オキアとジュリアスは、新入生ではトップクラスの実力者である。
それでもまだ、闘気を可視化するほどに凝縮し、身にまとうことはできない。
当然、戦士の才、気を放出するための気穴層がないマルコにもできない。
彼らの目の前で、戦士の才能もあるとはいえ、魔法使い寄りのシルフィが神気の入口に足を踏み入れようとしていた。
「これが、才能って奴か……」
マルコは死んだイカのような目をして感想をもらした。
生徒会への道すがら、シルフィは興奮を隠せずに口元を緩ませる。
「どうですかマルコ。あんな感じでゴオッとですね」
「いや、ゴオッとか言われてもだな。感覚的なモノだから説明しづらいのはわかるけど……」
シルフィはマルコとロロの試合に触発されて、神気の練習に励んだそうだ。
そんな簡単に身につくような物ではないはずだが、とマルコは眉間にしわを作る。
「なんて非常識な」
非常識っぷりでは余人の追随を許さないマルコが、まるで常識人のような発言をもらした。
むろん、これで神気を習得できた、というわけではない。
神気とは可視化するほど凝縮した気を、全身にまとって初めて完成する技だ。
剣や拳だけでは、まだまだ神気とはいえない。
とはいえ、この調子だと結構あっさりとモノにしてしまうかもしれない。
伝説の英雄の子孫、恐るべし、とマルコは頬を引きつらせた。
放課後、マルコはシルフィと肩を並べて生徒会室へ向かっている。
結局、マルコは生徒会へ入ることになった。
シルフィの熱心な勧誘をお断りできる生徒がいたらお目にかかりたい。
周囲の無言の圧力が「まさか聖女様のお誘いを断るつもりじゃないだろうな」と十重二十重に包囲してくるのだ。
冷たいような熱いような、息の詰まる圧力の中。
気がついたらマルコはおとなしくうなずいていた。
他の候補にそれぞれ問題があったのが敗因といえよう。
まず、オキアの入った冒援会。
ここは真っ先に除外。
冒険者として熱心に活動するにはマルコは強すぎるし、手抜きをするのもなにか違うと判断したからだ。
次に、魔物使いの少女ルカに誘われた魔物愛好会。
ここは魔物をペットとして愛でる会である。
召喚送還で都合の良いときだけ好き勝手にスライムを消費するマルコとしては、「魔物への愛はないのか」とでも責められそうで、ちょっと肩身が狭い。
スタンスの違い、というやつだ。
ジュリアスが選んだ剣術倶楽部も、すでに魔王軍四天王の剣士マンチカンからあらゆる流派をたたき込まれ、「才能も伸びしろもゼロだニャ」と評されたマルコとしては面白くない。
最後に、マルコにとっての最右翼、お菓子研究会と料理倶楽部。
この二つは、新入生の男子生徒が一人もいない、という致命的な欠点が発覚した。
そんなマルコにとって生徒会へのお誘いは渡りに船と言えなくもないが、さて、生徒会側は快く受け入れるのだろうか、という懸念はまだ残っている。
矢文で脅迫状を送りつけてきたユリアン・ヴォークスからは、トーナメント終了直後にしっかり謝罪を受けたため問題はないはずだ。
しかし、スライム使いの加入に反対していたのが彼一人、ということもないだろう。
「不安に思うことはありませんよ。一番強硬だったユリアン先輩から謝罪を受けているのですから」
「……!?」
マルコは心を読まれて動転する。
「お姉様もいますし」
「不安が増えたっ?」
あの皇女ヘルミナが副会長。
つまり、その上に君臨している生徒会長がいるということだ。
どんな腹黒だろうか、とマルコの脳内には生徒会長の想像図が思い描かれる。
おそらく金髪ロン毛の美男子。
背も高くスラッとした容姿で、口元にはいつも微笑をたたえている。
制服には何故かジャラジャラした勲章が幾つも飾られているのに、校則違反との批判の声は上がらない。
表向きは穏やかだが裏では敵に容赦せず、搦め手を使い圧力をかけるのが得意で、教師ですら弱みを握られ逆らえないのだ。
「なにかとんでもないことを考えていませんか?」
「いやなに……、生徒会って良家の子女が集まってそうだよな? シルフィも名家なんだし、もとから入るつもりだったのかなって……」
マルコは妄想を誤魔化した。
とっさに出した言葉の割りには、上手いこと口が回っていた。
「そうですね、貴族は多いですよ、うちも半分貴族みたいな家系ですし。でも平民もちゃんといますから大丈夫です。それに私が生徒会に入ったのはちょっと他の理由、個人的な目的がありまして……と、着きましたね、ここです」
シルフィが足を止める。
眼前には他の教室とは趣の異なる、重厚そうな扉。
その立派な扉は理事長室のものとよく似ていた。
「扉からして普通の教室よりゴージャスだと……?」
「ふふふ、形から、なんでしょうかね?」
固唾をのみ身構えようとするマルコを余所に、シルフィはさっさと扉に手をかけた。
それから数日がたった。
マルコは何事もなく、真面目に生徒会活動に従事している。
生徒会室は入り口の扉こそ重々しかったが、中に入ってみれば他の教室と大差ない。
広さは普通の教室の半分ほどだろう。
机や椅子は普通の教室の物と変わらず、教壇に向いて並ぶのではなく、島となって部屋の中央にまとまっている。
椅子に座り眺める窓の外は、生憎の雨模様だ。
いつも騒がしい校庭に人影はなく、ただ水たまりに雨粒が踊っている。
この時間なら剣術倶楽部が訓練しているのが常だが、今日は雨でお休みだ。
戦闘訓練なら、雨が降ろうがドラゴンが降ろうがやらなきゃいけないのでは? と疑問に思っていたマルコだが、休みの理由はちゃんとあった。
その理由は今、マルコの手元にある。
剣術倶楽部、備品補充要望書。
「木剣九、籠手四、運動着五に、制服の修繕十一、全身鎧の修理一か……」
雨の日に活動していたら、この数はもっと増えることだろう。
雨に濡れれば、泥まみれで訓練すれば備品の痛みは加速する。
備品管理を考えると休んだ方が経済的なのだ。
「冒援会はポーションを結構使ったみたいですね。私が参加できればただにできるんですけれど……」
すでに帝國有数の回復魔法の使い手である、シルフィの小さな口からため息がこぼれる。
重要人物のシルフィに冒険者の真似事など許されるわけがない。
彼女の白く華奢な手にも同じ形式の紙があった。
こちらは冒援会からの要望書だ。
ポーションはお高い。安物でも魔大陸への郵便配達並みの価格がする。
学園が冒援会に支給するポーションは、冒険者として活動している生徒に貸し出され、使用した分を自費でまかなうことになっている。
もっとも、学業で優秀な成績を修めたり、国への奉仕活動に参加することでの減額はあるそうだ。
「ポーションスライム、売れるだろうか……」
「きっと神殿や薬師ギルドと敵対することになりますよ」
「……やめとこう。しかし学園ももうちょっとサービスできないもんかな」
「少し前はカチカチだったそうですから。今はそうでもないようですけれど……」
一時期、学園の運営費が膨らんで国庫を圧迫する時期があったそうだが、その問題はディアドラ理事長就任以降、改善されているのだという。
ただしそれ以降、学園対抗戦の成績で聖国、王国相手に後れを取るようになり、彼女は有望な新入生を獲得するため魔大陸まで足を運ぶことになったそうだ。
「みんな揃っているようだね」
重々しい扉を開き、長い黒髪の美男子が生徒会室に入ってきた。
生徒会長のヴァリオス・フェルトハーン公子、金髪と黒髪の違い以外はマルコの妄想通りの印象である。
勲章はジャラジャラしてないから、フィフティ・フィフティといったところか。
マルコの脳内で勝手に腹黒キャラにされてるとも知らず、ヴァリオスは席に座って書類の束を隣の大柄な生徒、ユリアンに渡す。
ユリアンの、マルコに対しての悪印象は払拭されていた。
ロロに勝ったのがよほど衝撃的だったのだろう、「この俺が認めたのだから、他の者に反対などさせん」と言うほど、むしろ高く評価されていた。
敵に回すと面倒くさいが、味方にするとなかなか頼りになりそうだ。
なにしろ侯爵家の嫡男である。
マルコは権力者は嫌いだが、権力者の友人は大歓迎だ。
なお生徒会最大の権力者であろう、皇女ヘルミナは公務で多忙らしく欠席している。
おかげで平和だ。
「早速だけど、これを見て欲しい。新入生の二人には最初の大仕事になるかな」
ヴァリオスの持ってきた書類が、マルコの手元にも回ってきた。
一年生演習予定地のお知らせ。
マルコの眉がピクリと動く。
そこに記載されていたのは、マルコに馴染みのある地名だった。




