二十話 心は一つ! オキアの暴走!
オークの緊急討伐に向かう馬車の中。
ドスの効いた声でマルコ達に話しかけてきたのは、トゲトゲ鎧に巨大なスパイクシールドを背負ったモヒカンの男、『ダンケダンケ団』という三人パーティーのリーダー、ヒャッハだった。
「お前ら、何敷いてんだ?」
「あ、お一ついかが」
マルコは近くに座る『ダンケダンケ団』の三人に青いスライムを渡す。
衝撃吸収用に調整したスライムは、馬車旅には欠かせない一品である。
「うお、なんだこりゃ! ツヤツヤしてんじゃねーか!?」
マルコのスライムにも負けぬ、つやつやスキンヘッドの男、ハーゲンがスライムを玩んで顔に似合わずはしゃぎ出した。
「すまんな、たかるつもりじゃなかったんだが……」
そういって謝るのは、アフロヘッドのボンバールという物静かな男。
『ダンケダンケ団』という風変わりな名の三人組は、強面の割りにいずれも年齢は二十を過ぎたばかりで、レベルは二十代中盤といったところだ。
彼らのステータスを鑑定したマルコは、ボンバールが手に持つ、手垢にまみれ古びた本に、めざとく気がついた。
「それ、魔物目録じゃないか?」
「ああ。数ある魔物図鑑でも、この本が一番おすすめだな。学者目線でなく冒険者目線なのがいい。よく特徴をまとめてあって実に実用的だ」
その本は、マルコにとって人生を変えた本といっても過言ではない。
引退する冒険者からこの本を譲られ、海の向こう、魔大陸にいるであろう強いスライムの存在を知ったことが、底辺冒険者マルコの転機だった。
著者に『名も無き人猫』とあるが、奇遇にもマルコは後に、この人物を師と仰ぐことになる。
「この本の著者は凄いぞ。なんといっても魔大陸の魔物まで載ってるからな」
そうボンバールは言うが、実はこのイスガルド大陸の魔物が載ってるほうが、ある意味凄かったりする。
著者のホームグラウンドは魔大陸なのだ。
『報狼』、魔物の脅威を知らせる者、の二つ名は伊達じゃない。
「さすがマンチカンさん」と、マルコは師に改めて敬意を払った。
「なあなあ、このスライムの柔らかさ、アレに似てねえか……おっぱい」
スライムを揉んだり顔に押し当てたりしていたハーゲンの、不意な桃色爆弾発言が馬車内部の時間を止めた。
「……マルコ、もう一個スライムくれ」
「……ほい」
オキアは腰の下からスライムを取り出すと、やたら真剣な顔で二つの山を揉みだした。
マルコは、こんな真剣な顔のオキアを見たことがない。
ジュリアスと戦ってるときですら、ここまで真剣ではない。
学園の中には、この表情を見ただけでときめく女子生徒もいることだろう。
やってる事を見たら百年の恋も冷めそうだが。
「……オキア、お前、そんなキャラだっけ?」
「馬鹿野郎! ここに女子はいないだろ!」
「あ、ああ」
「いたら格好つけるに決まってる!」
オキアはやたらキリッとした表情で言ってのけた。
「なるほど」
マルコは深く納得した。真理かもしれない。
そう、オーク討伐に集まった十二名の冒険者は男ばかりだ。
一般に冒険者における女性の割合は、三割に届かないと言われる。
それでも十二名も冒険者がいれば、一人二人は女冒険者もいるのが普通だが、そこはオーク討伐、万が一のことを考えると、やはり避けた方が無難ということだ。
「俺はおっぱいが好きだ! マルコだって好きだろ?」
「そりゃまあ」
否定はできない。
否定はできないが、そこまで声高に主張することだろうか。
むしろ冒険者にとっては隙でしかない、とすらマルコは思っていた。
女で身を崩す冒険者を何人見てきたことか。
煮え切らないマルコを見て、オキアは、フッと自分ではニヒルなつもりの笑みを浮かべた。
「なあ、マルコ、冒険者って何て呼ばれてるか知ってるか?」
「ドブ浚い」
マルコの答えは身も蓋もない。
オキアはわかってないな、と首を振る。
モヒカンのヒャッハがマルコに続く。
「傭兵崩れ、か?」
「違う、そうじゃない」
オキアの首振りの勢いが増す。確かにヒャッハは傭兵崩れにしか見えないが、そうじゃない。
わかったぜ、と言わんばかりにスキンヘッドのハーゲンが挙手する。
「ならず者だ!」
「もっとこう、格好いいのがあるだろ!」
自己紹介ばかりで、ろくな答えが返ってこない。
オキアが求める答えにたどり着いたのは、ボンバールだった。
目を落としていた魔物目録を閉じ、口を開く。
「ふむ、開拓者か?」
オキアは我が意を得たり、と大きく頷く。
「そう、それ。開拓者だよ、開拓者! ……あれは五年前、俺が冒険者を目指す切っ掛けとなった出来事。俺の生まれ育った街が魔物の暴走に巻き込まれた時のことだった」
遠い目をして、オキアは唐突に自分語りを始めた。
五年前といえば、マルコの故郷が疫病で壊滅した頃だ。
同じ頃、オキアの暮らす街も壊滅的な危機を迎えていた。
魔物の群れが近づいていたのだ。
殺気だった大人達の間で、罵声にも似た指示が飛び交う。
「取り残された奴はいねえか!」
「倉庫? 馬鹿野郎! あそこは火が付いたら逃げらんねえぞ! 領主の館に誘導しておけっ!」
小さな街には、騎士団はおろか軍も駐留しておらず、戦力といえるのは領主のわずかな私兵のみ。
街を囲う石垣は大人の腰ほどの高さ。無いより遙かにマシだが、魔物の群れの前では張りぼての壁でしかない。
冒険者ギルドがかき集めた冒険者達は、装備と防衛線の確認に余念がなく、幼いオキアにも、この街の終わりが近づいているのが否応なく感じられた。
オキアが大人達を見上げてただ震えていると、冒険者の集まる一角で、ざわめきが起こった。
それまでの気色ばんだだけの悲壮な騒ぎとは異なり、そのざわめきには希望が顔を覗かせていた。
「どうやら、間に合ったみたいだな」
希望は、青い鎧を纏った男の姿をしていた。
A級冒険者だというその男は、名の通った冒険者で、パーティを組む三人の女もまた凄腕で知られているという。
――ここからはオキアが見た光景ではなく、前線で戦った冒険者達からの伝聞となる。
青い鎧の男は強かった。
剣の一振りごとに魔物を沈め、街に迫る魔物の群れを真っ向からなぎ倒していく。
レンジャーの女と魔法使いの女が、弓で魔法で、男が囲まれないよう周囲の敵を仕留めていく。
男が傷を負っても神官の女が即座に回復魔法をかけ、その補助魔法は尽きることなく、彼らパーティに、多くの冒険者に加護を与え続けたそうだ。
冒険者達は自然と青い鎧の男に率いられ、気勢をあげ、後に続く。
夜が明ける頃には、魔物の群れは一掃され、大地にその屍をさらしていた。
――冒険者達は街を守り切ったのだった。
一連の処理を終え、あるいは領主と冒険者ギルドの職員に押しつけ、その日は遅くまで街を挙げての宴会が開かれた。
酒場の息子だったオキアも、一生懸命お手伝いをした。
収まらぬ興奮がオキアの眠気を退散させ、深夜まで手伝いを続けながら、街を救った勇者達の話に耳をそばだてる。
酒の席では、最大の殊勲者たる青い鎧の男が、冒険者仲間に茶化されていた。
主に、綺麗どころを侍らせたハーレムパーティー、というネタで。
パーティーの女三人は既に宿に引き揚げており、酔いつぶれた冒険者が幾人か床に転がっている。
青い鎧の男は酒を一気にあおり、ジョッキを、どんっ、と卓に置いた。
「一流の冒険者がハーレムパーティを作るのは、大自然の摂理なんだよ!」
その台詞は、まだ幼いオキアに衝撃を与えた。
そこで青い鎧の男は追加の酒を注文し、オキアの胸に生涯刻まれるであろう言葉を言い放ったのだ。
「開拓者がパイマニアで何が悪い!」
オキアは拳を握りしめて力説した。
いつの間にか、ダンケダンケ団のみならず、馬車に乗る全ての冒険者がオキアの話に聞き入っていた。
一様に感動の表情を浮かべ、中には涙ぐむ者までいる。
マルコは置いて行かれそうだ。
「……そうだ、俺たちは純粋な気持ちを忘れていた。冒険者になると決心したときの気持ちを」
「ああ、俺もハーレムパーティを夢見てたんだ……」
「ちくしょう、涙が止まらねえ」
「……そうだ、一流冒険者ばかり女の子をかっさらっていきやがって、……ハーレムパーティ目指して何が悪い」
「俺も、絶対一流になってやるんだ……」
「……パイオニアがパイマニアで何が悪い!」
「パイオニア、……パイマニア!」
「パイオニア! パイマニア!」
「「「パイオニア!! パイマニア!!」」」
幌馬車の中を風が吹き抜ける。
もはやその風も、オーク討伐隊の熱気は冷ませない。
彼らの魂は一炬の巨大な篝火となり、風を呼び込み、激しく燃えさかっていた。
もう何も怖くない。
一つになった冒険者達の心は、放火された藁の家のごとく、燃え上がっていた。
……マルコはとりあえず全員に二つずつスライムを配るはめになった。
サイズも応相談のサービス付きである。




