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十八話 魔王襲来!? いいえお断りします


 チュチュン、チュチュン。


 小鳥のさえずりが窓の外からマルコの耳をくすぐり、穏やかに覚醒をうながす。

 カーテンの隙間から、朝日にしつこくちょっかいをかけられ、マルコはしぶしぶ目を開けた。


「ん……」


 天井のシミが顔に見える。

 シミュラクラ現象と毎朝恒例の邂逅をしつつ、快眠が約束されたスライム枕を送還すると、マルコはどこか満足そうに伸びをした。


 そう、見慣れた天井、自宅である。

 念願のマイホームだ。


 帝國の冒険者にとって、帝都の一軒家は成功の象徴、憧れの的なのだ。


 マルコは簡素なベッドから跳ね起きた。

 机の上に無造作に置かれた、抜き身の、白くネチョッたミスリルソードを手に持ち、指を這わせる。


「よしよし、完璧」


 剣身を覆っていた白いスライムを消し、その不滅の銀(ミスリル)の輝きを(あらた)める。

 ロロに傷つけられたはずのミスリルの剣には、もう傷一つ付いていない。


 ホーリーウェポンという魔法がある。

 武器に聖属性を付加する魔法。

 切れ味と強度、死霊への攻撃力を増すと同時に、武器の損傷を回復させる聖属性のエンチャント魔法だ。


 スライム使い(マスター)マルコは、ホーリーウェポンとほぼ同じ効果のスライム魔法、ホーリースライムウェポンを使い、剣の損傷を回復する事が出来るのだ!


 ヒビが入ったはずの剣でエーテルブレードを受け止めることができたのは、試合中も修復していたからである。


 マルコは剣を鞘に収め、空間収納(スライムストレージ)にしまう。


 ぱぱっと着替えると、寝癖でぼさぼさの頭を掻きながら、ブーツに足を突っかけ、玄関の扉を開けた。


 そこには魔大陸とは異なる、みずみずしい青空が広がっている。

 帝都で見上げる空はこんなにも青い。

 マルコの中には、晴れ渡った空への違和感がいまだに残っていた。


 まぶしさに目を細め、日課の庭木への水やり(スライムぶっかけ)をやろうとしたマルコの足が、異変を感知して止まった。


 郵便ボックスの中に手紙が入っている。


 マルコは身構えた。


 無理もない。

 先日、矢文やら机の中やらで、脅迫状を受け取ったのは記憶に新しい。

 よくよく思い返してみると、マルコはまともな手紙を受け取った記憶がなかった。


 両親が生きていた頃は、小さな村の中でマルコの生活は完結していた。

 当然手紙のやりとりなどあるはずもない。

 冒険者になってからは宿無しで手紙どころではなかった。


 警戒感もあらわに、マルコの目玉スライム製コンタクトレンズがフル稼働する。


「……危険はなさそう……か?」


 アーススライムで武装した手を伸ばし、手紙を郵便ボックスから取り出す。


 マルコは封筒の中身が紙だけと見て取り、安堵の息を吐いた。

 刃物や毒物の心配はなさそうだ。


 大仰に受け取った封筒に記された、送り主の名を見て目をしばたたく。


 ドラエモフ。


「なんだ魔王様からか」


 なんだ、である。

 魔王から手紙を送りつけられた人間の反応ではないが、そんなツッコミをする人物は残念ながらここにはいない。


 学園生活を始めるにあたり、魔王城へ近況報告の手紙を出していたが、まさか返信があるとは思わなかった。


「どれどれ、っと……」


 早速、マルコは手紙を開いた。




 マルちゃんへ。


 お元気ですか。


 私たちはみんな元気にしています。


 お手紙ありがとう。みんなマルちゃんからの手紙には喜んでいました。


 一般入試で合格したそうですね。マルちゃんの努力が実って私もうれしく思います。


 いつかマルちゃんのお家へ遊びに行きます。


 またお手紙下さいね。


           PS 風邪など引かないよう気をつけてくださいね。




「オカンか!」


 ツッコまずにはいられなかった。


 マルコは魔王の悪ふざけ百%の手紙を握りつぶした。

 ……握りつぶしこそしたが、地面に叩きつけたりはしないのが、まあ、マルコにとっての魔王ドラエモフという存在である。






「またのご利用をお待ちしていま~す」


 セクシーで大人の匂いを漂わせる、受付嬢の営業スマイルを背に、マルコは建物を後にした。

 大通りに位置する、白い漆喰で塗り固められた瀟洒な建物、商業ギルドだ。


「うーん、やっぱり高いな……」


 商業ギルドで手紙の返信を魔王城へ送る手続きを済ませ、マルコは眉間に皺を寄せる。


 海を渡った魔大陸、魔都リョーシカへの配達は結構な金額がかかる。

 具体的に言うなら、帝都で人気の高級レストラン、ディナーフルコース二人分といったところだ。


 マルコは客観的に見るなら大金持ちである。

 しかし、あくまで魔物素材や宝石鉱物、魔剣などを大量に抱え込んでるだけであって、経済感覚まで金持ちになったわけではない。


 ちなみに空間収納にアイテムを収めたまま術者が死ぬと、そのアイテムは異空間と親和性が高いとされる、ダンジョン内部に転移するといわれている。

 マルコが死んだら、世界各地のダンジョンがさぞや活気づくことであろう。


「まあ、アレの帝都襲来を防げたと思えば安いはず……」


 いつか遊びに行きます。


 なんとも不吉な言葉であった。


 一応、来ないよう手紙で釘を刺しておいたが、あの魔王は本当に遊びに来かねない。


 何しろ魔王はマルコ同様、空を飛べる。

 空中慣れという点ではマルコよりも上だろう。


 さすがに帝都で暴れることはないはず、ないだろう、ないといいな。

 マルコは乾いた笑いを浮かべた。


 しかも、リョーシカを留守にしている間に溜まった仕事は、確実に宰相の胃に穴を開けることだろう。


 三面六臂の宰相も胃は一つしかないのだ。


 マルコは遠い地の苦労人を思い、胃を押さえた。


「……このまま冒険者ギルドにも寄ってみるか」


 配達料で軽くなった懐具合が、マルコの判断に影響を与えていたのは否定できない。


 朝から、帝都ウーケンの大通りは人で混雑している。

 整然とした街並みは、それ以上に忙しない人々の往来によって、雑然とした印象を与えていた。


 マルコは邪魔にならないよう、一本裏道に入り、西門を目指した。

 その道は大通りに比べ人影はまばらであったが、それでも魔都リョーシカの大通りより、よほど栄えている。

 主に、馬車が人混みを避け移動するのに使われる道であることから、馬車道と呼ばれているそうだ。


 轍の刻まれた石畳を西門近くまで歩くと、無骨な石造りの建物が見えてきた。

 瀟洒な商業ギルドと異なり、飾り気を排した重厚な建物。


 この周囲を圧する建物こそが帝國最大、帝都ウーケンの冒険者ギルドである。






 冒険者ギルド。


 ギルド入口、スイングドアの正面で荒くれ者揃いの冒険者を迎え撃つ、お年頃の受付嬢は朝の受付ラッシュを捌き終え、一息ついていた。


 冒険者ギルドは依頼を奪い合う朝一が最も忙しい。

 それを乗り切った午前中は、一日で最も平穏な時間帯だ。


 右手にある酒場兼食堂でお茶でも入れて貰おうかな、と彼女が腰を浮かしかけたとき、スイングドアを押して茶髪の少年がギルドに足を踏み入れた。


「採取依頼終わったぜ!」

「ええっ、もう?」


 受付嬢は思わず聞き返す。


 茶髪の少年、パラティウム帝立学園の生徒オキアは、先ほど依頼の紙を取っていったばかりだ。


「採取っていっても場所が帝都の中だからな。さっさと終えて今日はもう一件、依頼をこなすつもりなんだ!」


 広大な城壁に囲まれた帝都ウーケンは、その全てが居住区というわけではない。小さな泉や森、田畑なども存在している。


 オキアが済ませた依頼は、帝都の中で採取できる簡単なものだった。


 彼は冒険者登録をしてまだ日が浅い。

 今はE級冒険者からD級に上がるため、学園が休みの日にできるかぎり依頼の数をこなそう、と励んでいる。


「もう清掃を除いて残っていませんよ」


 冒険者ギルドの受付嬢は、年下の少年になだめるように言って頬を緩める。


「ええ~っ?」


 オキアは残念そうに受付のカウンターにもたれかかった。


「もともとオキアさんのランクでは採取や清掃といった依頼がほとんどですからね」

「清掃ってギルドポイント上がらないんだろ。……ランク上げに関係ないよなぁ」

「ええ。……今なら訓練場は()いてると思いますよ」

「よしっ、じゃあ訓練場行ってくる。ありがとう!」


 明るく笑顔を残して、オキアはギルドの敷地内にある訓練場へ向かう。


 受付嬢は小さく手を振って少年を見送った。もし彼女に惹かれる冒険者達がこの光景を見ていたら、嫉妬の炎を隠せなかったであろう。


 学園の生徒は基本的に素行が良い。オキアはその中で最も熱心な冒険者の一人である。


 学園が休みの日には毎朝早く依頼を受けにやってくる。

 一角狼を納入した実績もあり、すぐにD級に上がるだろうと期待されている若手だ。


 顔立ちがととのっていることもあり、すでに女冒険者が狙っているとも聞く。


 ――守護らねば。


 受付嬢は、ふんすと鼻から息を吐いた。


 オキアは十五才。彼女は十九才。


「四才差かあ……」


 などと受付嬢が考えていると、スイングドアを押して、一人の少年が入ってきた。


 年の頃はオキアと同じくらい、ねずみ色の髪の、どこか周囲を伺うような少年。


 その少年の姿を見て震え上がった受付嬢は、臨戦態勢をとるべく居住まいを正した。

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