十七話 最強無双のスライムマスター!
予想外のハイレベルな肉弾戦に会場は息をのみ、次の瞬間には耳をつんざくほどの喝采に包まれた。
消化不良は一転し、学園の闘技場は興奮のるつぼと化す。
「腕、落ちたんじゃないか?」
「ふ、ふふ。……この野郎!」
マルコは剣を担ぎ、肩をトントン叩いて挑発する。
途端、息を吹き返すブーイング。
そのブーイングも、試合に入れ込むような楽しげな熱を帯びてきた。
頼む、悪役でもいい、変態イメージさえ払拭できれば! と、マルコもヒール役にノリノリである。
無論、ヒール役になったところで最後に勝つのはマルコだ。
マルコは自分が最強であることを知っている。
端から見ると傲慢に映るであろうマルコの確信は、根拠無き思い上がりでは決してない。
自分が戦い、超えてきた相手が真の強者であることを知っているが故の敬意。
三神獣、魔王軍四天王、魔王、それだけではない。
災果てのダンジョンに潜んでいた、キルキスの勇士隊の亡霊や、あのスライム。
十英雄の手により人類の版図となったこのイスガルド大陸に渡れば、そのどれもが最強の名をほしいままにするであろう。
最強の壁を越えてきたからこそ、マルコは誰にも負けるつもりはない。
全力を尽くして敗北を喫するなら彼らも納得するだろうが、手を抜いて負けるのは彼ら強者に対する侮辱だからだ。
「ぶち殺すっ!!」
唸りを上げるロロの刀をマルコが巧みに捌き、試合は激しい打ち合いとなった。
「おおっと、ロロ選手怒濤の攻撃! しかしマルコ選手もしのぐしのぐ!!」
風を切るというよりも、空気を叩き潰すような音がマルコの耳を打ち据える。
ロロの乱雑な刀の扱いは、大振りで、しかし矛盾するかのごとく隙が無い。
刀を大きく横に薙ぐ、マルコが身をひねりかわすも反撃を許す前に、ロロは体全体の力で無理矢理切っ先を返し、次の斬撃を繰り出す。
「調子出てきたんじゃないか?」
「おかげさまでなぁっ!!」
ロロが動くたびにその足下で、舞台の石畳がミシミシと悲鳴を上げる。
切り返すたびに全身の筋肉がコキッ、コキッと歓喜の音を立てる。
速く、重く、他者ではあり得ない身のこなしと凶暴性で隙を隙とさせない。
それが正道の上を行くロロ本来の剣だ。
「ちっ、鉄の棒でも振るってろよ」
悪態をつくマルコは暴風を剣一本で耐えしのぐ。
小手先の剣技よりはこちらのほうがロロらしい、と認めながら。
「どうだルミナリオ、マルコは意外と剣も使えるだろう?」
「ええ、よくやりますね。ロロの剣を耐えられるのは、帝國騎士団でも一握りですよ。どうやら彼は、流水剣の使い手としても相当なレベルのようです」
ディアドラ理事長の愛らしいドヤ顔に和みながら、顔には出さずにルミナリオは答えた。顔に出したら上司(皇帝陛下)が怖い。
流水剣とは受けや流し、守りに特化した剣の流派である。
主に貴族の子弟がおさめることが多く、冒険者には好まれない。
身の守りには有為であれど、なんだかんだで攻撃的な剣の方が実践的で広まりやすく、今では廃れつつある流派だ。
冒険者であるマルコが、なぜ流水剣を習得しているのか?
なんてことはない、剣の師マンチカンにあらゆる流派を習い、結果として一人前とお墨付きをもらえたのが流水剣だけだった、それだけだ。
マルコには剣の才能がなかった。
「攻める攻める! ロロ選手の攻撃にマルコ選手じりじりと下がっていく!」
「彼は剣士としてもひとかどの者のようですが、それだけで防げるような相手ではありませんよ。ロロの体をよく見てください」
「おおっと、ロロ選手の体の周りに何やらキラキラしたものが見えます。これはいったい……」
「あれがよく物語や英雄譚で描かれる神気というものです。鍛え練り上げられた闘気が可視化するほどに凝縮され、ロロの全身から放出されているのです」
ロロほどの神気の使い手は、帝國騎士団でも片手で数えられるくらいですよ、とルミナリオは付け足す。
神気、それは戦士系職業なら誰もが憧れる究極の戦技。
一流の戦士が超一流となるための壁。
全身を覆う闘気は攻撃力や防御力、身体能力の向上だけでなく、物理的な制約をもはねのける。
金色の粒子に包まれたロロは、慣性や空気抵抗すら無視してマルコを攻め立てる。
だが、攻めきれない。
「ふふ、マルコの体もよく見るがいい」
腕組みするディアドラの言に従い、ルミナリオが目を凝らすと、マルコの体にもわずかに違和感があった。
気や魔力は誰にでもある。
マルコが体内で練り上げる闘気の量は、ロロにも決して劣らない。
だが戦士系の才能、気穴層がなければ、それを体外に放出することはできないのだ。
つまり『飛ぶ斬撃』のような真似ができるかどうかは、先天的に決まっている。
マルコにできるのは体内に気を満たし、武器に気を伝える程度のことだ。
戦士の才がない、魔法の才がない。
マルコにあるのはスライム使いとしての才だけである。
ならば……。
「あれは、……スライムですか?」
スライムで代用すればよい!
ルミナリオが指摘するように、マルコの体はスライムの薄い膜で覆われていた。
アーススライムを主材料にブレンドされた黄色い膜は、パワーを中心に様々なステータスアップの効果を持つ。バフ系の上級補助魔法と同等以上の効果を得ることも可能なのだ。
これぞマルコが編み出したスライム流魔闘術。
名付けてオーバースライム!
「あ、あれは……スライム気です! なんとロロ選手の神気に対抗するかのように、マルコ選手の体がねっちょりとスライムに覆われている!!」
技名は伝えなければ伝わらない。
解説のミモザが口走った残念な技名は、マイクに乗って瞬く間に闘技場を埋め尽くす観客に広がった。
「だ、だせえ」
「スライム気ですって……」
「その名称……、いかがなものか」
「きも……」
くすくす笑いが、巨大なうねりとなってマルコに襲いかかる。
「ち、違っ、ええい、こんなときにっ」
「はっはっ、リズムが狂ったぞマルコオオォォ!!」
「くそっ、このままではスライム気という名前が定着してしまう!」
余裕を失ったマルコが反撃に出た。
重い一撃を受けるごとに、ロロが力負けをし、押し戻される。
マルコの体を覆う黄金の皮膜は、もはや神気と同等の輝きすら放っていた。
ゴールデンねっちょりマルコの思わぬ攻勢に、ミモザは「これよ、この熱戦を待っていた!」と言わんばかりに喉を震わせる。
「おおーっと、ここでマルコ選手反撃に出た! スライム使いも負けていないぞおぉぉぉ!!」
「ふむ、戦士系究極の技といわれるだけあって、神気は確かに強力な技だ。しかし消耗を考えれば、スライム気の方が使い勝手は良いのではないか?」
ここで解説席のディアドラがマルコに追撃をかけた!
「ちょっ、待って!? オーバースライムって技名あるから! スライム気じゃないから!!」
マルコ必死である。
ディアドラは庭で日々鍛錬をするマルコの姿を見かけていたため、帝都では最もマルコの戦い方を知っているといえよう。しかしマルコは鍛錬を眺めるディアドラに、いちいち技名を伝えていなかった。
スライム流魔闘術の創始者はマルコである。技名のほとんどはマルコが考えたものだ。
――自分で考えた技名を言うのってなんだか恥ずかしいし。
その羞恥心がこの場では仇となっていた。
狼狽するマルコの、城壁を砕くほどの力強い一撃を受け止め、その威力を利用して、ロロは飛び退り距離を取る。
「ちっ、神気で押し切れると思ったんだがな……」
ロロは、ふう、と大きく息を吐く。
ディアドラの指摘通り、神気は消耗の激しい技だ。なにしろ闘気を外に放出しているのだから。
一気に決めることができぬなら、抑えた方が良い。
一方、マルコは変わらずヌメヌメである。テカっている。
半年前マルコとやり合ったとき、ロロは闘気を体の一部に纏うことしかできなかった。
全身を覆うほどに高めた闘気、神気を持ってすれば互角に渡り合えると踏んでいたロロにとって、武器を覆うのではなく体を覆う、そんなスライムの使い方は誤算だったのだ。
「くそっ、そんな技を隠してやがったか」
「使う必要がなかっただけだ」
マルコの素っ気ない返事に、ロロは、ふん、と鼻を鳴らして氷竜刀を鞘に収めた。
無論、諦めるわけがない。鞘と柄に手を添え腰を落とす。
抜刀術の構えだ。
身につけた力だけで届かないのなら、技を合わせて超えれば良い。
抑えた神気は先ほどまでより落ち着き、マルコのスライム気、いやオーバースライムを真似するように体の表面にたゆたう。
「ほう、これは……」
解説席のルミナリオが目を見張った。
神気というのは、極限まで高めた闘気を全身から放出する技だ。
極限まで高めるがゆえ、調節し安定させるというのは非常に難しい。
マルコがスライムをメッキのように使い、体の表面を覆うだけで効果を得ているのをヒントにしたのだろうが、簡単に真似出来るはずもない。
ルミナリオは、最年少の帝國騎士が持つ凄まじい才能に舌を巻くと同時に、ロロが何を狙っているのかを察していた。
――凪の終剣。
それまで我流で剣を振るっていたロロが、帝國騎士団に入り習得した技の一つだ。
ルミナリオが入団当初のロロをあしらった技でもある。
ロロの構えを見て、マルコが警戒するように剣を構えなおした。
マルコは真顔になってミスリルの剣を正眼に構え、ロロは先ほどまでの凶暴さがなりを潜めたかのような静かな表情で機を待つ。
ロロが音を立てず踏み込んだ。
マルコが間合いの外で反応する。
抜刀。
刀身よりも速く、刀の柄に添えたロロの手刀から闘気が伸び、マルコの首を狙う!
闘気の斬撃がマルコの首を、ほぼ同時に刀身が胴を薙ぎ払った。
キンッ!
心地よいほどに澄んだ、一つの音を残し、ロロの刀は中程から折れた。
マルコの剣が、闘気と氷竜刀を一振りで切り裂いたのだ。
凪の終剣。
その正体は闘気と刀身による、対の連撃。
抜刀にタイミングを合わせた相手は、それより速く襲い来る闘気への反応が遅れる。
闘気に反応し防いでしまったら、今度は抜刀術への対応が間に合わない。
気と刀による、性質、タイミング、場所の異なるほぼ同時の攻撃に対し、マルコは先の先、未だ間合いに入らぬうちに剣を力強くゆっくりと振り下ろしていた。
ロロの抜刀より速く攻撃しようとしていたなら、闘気に対して無防備であっただろう。
ミスリルの剣に充分に気が込められてなければ、闘気を防御したところで動きが止まり、刀に対処できなかっただろう。
マルコは攻撃でも防御でもなく、技を殺しにいったのだ。
闘気を潰し、刀を砕き、二撃まとめて一振りで対処したのだ。
「ちっ、折れたか……」
ロロがつまらなそうに手元に残った刀を見た。
――帝國騎士、それも序列一桁のアムカが、負ける。
観客席が思いがけない結末に、通夜のように静まりかえる。
しかし、舞台上の二人はこれで終わりだとは思っていなかった。
「だが降参はなしだ。そっちもイッただろ……」
「ああ、……こりゃヒビ入ったな」
マルコは顔をしかめ、ミスリルの剣身を指先で軽く叩いた。
先ほどまで黄色くヌメっていたミスリルの剣を、白いスライムでメッキしなおす。
「なら、オレの勝ちだ!」
ロロが折れた刀を上段に構えた。
金色の粒子が折れた刀身に集まり、新たな刀身を形成していく。
「おおっ、刀を失い絶対絶命かと思われたロロ選手、なんと闘気で光の剣を作り出した! 光の剣ですよルミナリオ様!」
「……エーテルブレード、あんな技まで覚えていたとは……」
エーテルブレード、闘気で作られたその切れ味は、オリハルコンの剣にも匹敵するという。
神気と同じく物語などでよく見受けられる光の剣は、神気以上に難易度が高く、剣士系幻の戦技とされている。
しかし、究極と呼ばれることはない。
なぜならエーテルブレードには神気と同様の消耗が激しいという欠点に加え、致命的な弱点があるからだ。
闘気で剣を作るなんて真似をするなら、良質の剣に闘気を通せばいい。
一流の剣士が良質の剣を所有していないわけがないのだから。
消耗が激しく派手なだけの技、それがエーテルブレードだ。
それでも、今のロロのように得物を失えば役立つ場面もある。
「ぐっ、うおおおおおおっっ!!」
一瞬よろめいたロロが、最後の力を刀に注ぐ。
よけたら非難囂々だろうな、とマルコはその一撃を真っ向から待ち構える。
「逝くぜ、マルコぉぉぉおおお!!」
光の剣が金の軌跡を描いて振り下ろされ、白くテカり輝くミスリルの剣が下から受け止める。
スライムが飛び散った。
ヒビが入った箇所に寸分違わず切りつけたロロの闘志の輝きは、ミスリルの剣にわずかに食い込んだところで勢いを失っていた。
「……くそっ」
光の剣が霧散し、限界を超えたロロが意識を手放し倒れる。
試合の終わりを告げるように、マルコが剣を頭上に掲げると、闘技場に勝利のアナウンスが響き渡った。




