十五話 天才剣士! 狂剣のロロ!
これはまずい、と開幕戦の結末を見て、実況のミモザはちょっぴり焦っていた。
次の試合はロロ対ユリアン。
帝國騎士と学生の試合が勝負にならないことはわかりきっている。
だからこそミモザは、初戦のフェードレ対エメル戦が、ある程度白熱した試合になることを期待していたのだった。
静まりかえった会場ほど、心にくるモノはない。
ミモザはマイクを握る手に力を入れ「ま、負けない、必ず盛り上げてみせる」と闘志を漲らせる。
「まあ、なるようにしかなりませんよ」
隣のルミナリオはミモザの胸の内を知ってか知らずか、緑茶でのどを潤していた。
この大会がどうなろうとルミナリオの責任ではない。
ロロが何かやらかせば話は別だが。
自分に責任がない場所で飲むお茶は、安物のくせに実に豊かな風味がした。
若くして帝國騎士団副団長という要職に就いたルミナリオ。
貴族、美形、文武両道、長所は数えきれぬほどあれど、責務から自由になってのんびりできる時間だけはないのだ。
「さ、さあ! 次は真打ち登場です!」
ミモザの言葉に、消化不良の観客席が色めき立つ。
既に舞台に上がっている、生徒会のユリアン・ヴォークスが入場したときとは比較にならない興奮だ。
額に大きな傷跡のある小柄な少女騎士が花道に姿を現すと、花束が次々と投げ込まれる。あと何故かリンゴ。
「ロロ様あああああ!」
「きゃああああああ!」
ロロが軽く手を上げて応えると黄色い悲鳴が巻き起こる。金切り声、絶叫である。
「どういうことだよホント」
呆然と呟くマルコの目に、苦笑するロロの口が、
「ホントわかんねえなおい」
と、動くのが見えた。
会話が成り立っているように見えるが、無論、互いに独り言だ。
舞台に上がったロロは対戦相手、三年生のユリアン・ヴォークスを眺めた。
ロロより頭一つ以上高い立派な体躯。全身を覆う金属鎧は銀色に鈍く輝き、魔力を発している。
装備に言及するなら、ロロの黒く染められた革鎧もドラゴンの皮革をなめした一級品だ。ロロが魔大陸で手に入れた革鎧は、帝國騎士になると同時に黒く塗られていた。
帝國騎士団、それは黒き鎧を身に纏う最強の騎士達。
「ロロ様、今日は胸を借りるつもりで挑ませていただきます」
「おう、全力でかかってこい」
緊張の面持ちで宣言するユリアンに、ロロは鷹揚に、その実、いい加減に応じる。
ユリアンが剣を抜いた。
ユリアン・ヴォークス、彼はヴォークス侯爵家の嫡男である。
代々将軍を輩出してきた武の名門ヴォークス家の後継ぎとして、ユリアンも軍を率いるべく日々精進している。
帝國の軍事力は主に騎士団と軍隊にわけられる。
その上に立つのが、皇帝直属の帝國騎士団である。
武勇も立場も帝國騎士、騎士、軍人の順だが、軍の将軍や騎士団の隊長らの権限は帝國騎士に劣るものではない。
個人の戦闘力とはまた別の話なのだ。
将軍に求められるのは個の武よりも、あくまで統率力なのだから。
「楽しめりゃいいんだけどな……」
ロロのねっとりした視線は、ユリアンの手にする淡い光を放つ剣に注がれる。
魔力剣。聖剣魔剣と呼ばれるほどではないが、帝國騎士ならともかく、そこらの騎士には手が届かぬ物だろう。
ロロも腰から己の得物を抜く。
その剣は片刃だった。
きらりと閃く、涼やかな刀身に実況席が注目する。
「ロロ選手の剣は変わった形をしていますが、片刃の剣ですか?」
「あれは刀ですね。切れ味重視の片刃剣、氷竜の牙をドワーフに鍛えてもらった魔刀です。最近氷竜の素材が出回っていて、我々や冒険者の有名どころの間で取り合いになっているんですよ」
マルコが納入した氷竜素材は人気のようだ。いいことを聞いたとマルコはほくそ笑んだ。
もう少しドラゴン系の素材を納入しても値崩れの心配はないかな、とマルコの関心は試合よりも金勘定に移っている。
その氷竜刀、ユリアンの魔力剣のように光ってこそいない。しかし寒々とした刀身には魔力と凄みが感じられた。
ロロが刀を肩に担ぐと同時に、試合開始のゴングが鳴った。
「はあっ!」
ユリアンは剣に闘気を込める。
力量の差は大きい、ゆえに狙うは勝利ではない。序列一桁の帝國騎士、アムカに己の力を認めてもらうために、最初の一撃から全力を込める。
魔力剣の放つ淡い光が、誰の目にもはっきりとわかる強い光へと変わっていく。
剣身に気を満たし、剣と一体となったユリアンが踏み込んだ。
その速く、鋭く、重い一撃は、甲高い澄んだ金属音を残して空中へと霧散した。
ユリアンの手元に残るは、半ばから断ち切られた魔力剣。
「ぐううぅっ!」
未来の将軍は肩を押さえ、膝をついた。
金属鎧の左肩が綺麗に裂け、血が流れ出している。
「もったいねえ」
ロロは折れたユリアンの魔力剣に目をやった。
もったいないと言いながらも、執着するほどの業物でもない。
刀を鞘に納め舞台を去る。
うおおおぉぉぉぉぉっ!!
その後ろ姿に観衆は熱狂した。
「一瞬! まさに疾風迅雷!」
ミモザがマイクを手に、椅子を蹴飛ばさんばかりに立ち上がる。
瞬きすら許さぬ間に、振り下ろされる魔力剣を切断し、返す刀で肩を切りつけたのだ。
魔力剣をたたき斬る。帝國騎士の力の片鱗を見せつけられ、観客はどよめいている。
当然と言った顔のルミナリオ。あっという間に終わってしまった試合を誤魔化すように、必死に盛り上げるミモザ。
そんな中、沸く観客とは対照的に、二戦続いての秒殺劇に主催者の皇女ヘルミナは渋い顔をしていた。
「またも、秒殺! 圧倒的だアアアアア!」
地に伏したエメルから血だまりが広がっていく。
実況のミモザの勢いとは裏腹に、観客席ではひそひそと懸念が細波となって広まっていた。
「おいおい、まともに試合をしてくれよ」
「無理だろ、帝國騎士だぜ、しかも序列一桁」
「さすがは『狂剣』、……やりおる」
「最後の相手はスライム使いだろ、試合にならないよ」
観客席のざわめきは関係者席にも伝わっていた。
憂いに顔を曇らせるヘルミナ。
「……マルコ、次はいよいよあなたの出番ですけれど、勝算はどの程度かしら?」
「ロロが半年でどれだけ強くなってるかにもよるけど、本気でやれば百回やって九十九回は勝てるぞ」
フッ、とヘルミナの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「凄い自信ね……」
マルコは頭を掻いた。負ける可能性をゼロと言わない時点で、実はけっこう謙遜したつもりなのだ。
「主催者としては、全部の試合が瞬殺だと問題なのよね……」
「はいはい、盛り上げとくよ」
「頼みますわ」
「……ところで、俺に因縁つけてきた相手の力量が揃ってる、なんて都合のいいことはそもそもあり得ないと思うんだ」
マルコがじっと見つめるとヘルミナの表情筋が固まった。
「だから試合内容が一方的になりやすいことは、開催前から予想がついていたはず。なのになんでこのような、大勢の前でケリをつける形を取ったんだろうな」
「……?」
マルコが何を言いたいのかわからず、シルフィが怪訝な顔をする。
「まず、このストーカー退治大会を開くことで皇女様は俺に貸しを作る。そして大勢の人に俺の力を知らしめる。そうなると、この学園には他国の生徒もいるから、いろんなところから誘いがかかるんじゃないか?」
「そうか! マルコを皇女の肝いり扱いして、その勧誘を拒んでいくうちに自然と外堀が埋まり、卒業後は帝國に仕えるのが当然、という状況になっているかもしれない、というのだな」
ディアドラがマルコの言いたいことをずばりと当て、マルコは腕組みしながらうんうんと頷く。
「俺は出身も帝國北東部だし、周りからそう見られちゃうんだろうな」
「お姉様、なんて傍迷惑な……」
「オホホホホホ……」
シルフィのジト目に、皇女様はわざとらしく笑って見せた。
ドリルの震えが、心の乱れを映し出していた。
ヘルミナは当初、マルコを生徒会に誘うことで、自然と帝國に囲い込めるよう図った。
しかし、連日の脅迫状を知り、もっとドラスティックな方法へと舵を取ったのだった。
マルコは、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめてスカしてみせる。
さもヘルミナの意図を見抜いていたかのような態度をとるが、そんなことはない。
ついさっき気がついたばかりである。
出番が近づき濃くなる闘いの匂いが、マルコの嗅覚を呼び覚ましていたのだ。
「言っとくけど、俺はどこにも雇われるつもりはないぞ。特に国に仕えるってのは面倒くさいことになりそうだし。まあ、次の試合はもとからいい試合を演出するつもりだったからいいけど」
余裕綽々、油断しまくりで敗北フラグを立てるマルコに、
ヘルミナは気まずげな、
ディアドラは頼もしそうな、
シルフィは心配げな、三者三様の視線を向けるのだった。




