100話 夜明け間近
フレーチェを新たな女王にすると聞いて、ティオレットは眼光も鋭く、硬い声でいった。
「フレーチェは……、妹には魔法の才がありません。王家の血を引く者を探せば、ほかに女王にふさわしい者もいるでしょう」
聖国の貴族社会では魔法の才が重視される。
魔法の才にとぼしいフレーチェでは、女王になろうと貴族たちに軽んじられるのは明白だった。
「王家の血を引くだけなら、いるにはいる。だが、その血が薄い。家格も低い。そして、魔法の才に傑出している者がいるわけでもない。これでは、彼女たちのなかから選ぶことなどできん」
レストバルの返答はにべもない。
「ティオレットが王になるわけにはいかないのか。フレーチェと両親が同じ、家柄も同じで、魔法の才だってある。それがダメなら、公爵で丞相でもある、あなたが王になるのは?」
食い下がるように質問を重ねたマルコに対して、レストバルはゆっくりと首を振った。
「名もなき英雄どの、それはできぬ」
落ち着いた声にこめられた、揺らぐことのない固い意思。
その呼び方に最大限の敬意と、それでも越えられない壁の存在を、はっきりとマルコは感じた。
英雄として聖国に骨をうずめるつもりならばともかく、マルコはそうではない。人知れずこの国を去る人物が、口を出せるようなことではないのだろう。
赤面しつつ、マルコは話のつづきに耳をかたむけることにした。
「女王陛下の崩御により、この国は少なからず混迷におちいるだろう。なによりもまず、その混乱をしずめ、この国を安定させねばならぬのだ。女王制まで変更するわけにはいかぬ。それに……」
レストバルはティオレットをにらみつけた。
「それに、この男は論外だ。かつて反女王派の主要人物を殺害した男が、いまさら女王を殺して権力を握るなど、誰が認めようか。それだけではない。次代の聖女を襲撃した人物を、王になどできぬ。次の女王がまずしなければならないのは、神殿との関係を修復することなのだからな」
神殿との関係も、レストバルがフレーチェを推す理由のひとつにちがいない、とマルコは思う。
フレーチェはその次代の聖女、シルフィの世話役である。
神殿と友好的な関係を、と考えればたしかにフレーチェは適任だった。
本来、ベンドネル公爵家のフレーチェを女王にするのは、対立するトト公爵家のレストバルにとって望ましいことではないはずだが、そうもいっていられない状況ということだろう。
「なるほどな、ベンドネル家の娘を推す理由はわかった。しかし……」
差しはさまれたガイヤール将軍の言葉には、どこか憐憫の響きがあった。
「フレーチェという娘は、たしかベンドネル公爵家から除籍されてなかったか? すでに貴族ではない、そのうえ、女王暗殺犯の妹が新たな女王となれば、反発は相当なものになるだろう。乗りきれるのか?」
「だ、そうだぞ。ティオレット、どうするのだ?」
レストバルの頬が歪んだ。小さく、笑ったようだ。
「妹にすべてを押しつけるつもりなどありません。どのような手段を用いることになろうと、フレーチェの身は私が守ってみせましょう」
険しい顔のままティオレットが宣言すると、ガイヤールはあごをさすりながら、
「ふうむ……。そこの丞相でも、年に2、3ヶ月はトト公爵領にもどっておる。女王の身を守るというのなら、女王のそばからはなれるわけにもいくまい。王宮にとどまらねばならん。公爵としての仕事などできぬぞ」
「ええ。わかっています。いちど叔父にゆずった公爵の座にもどろうなど、いまさら思いもしませんよ」
「おぬしが女王を支えるのであれば、王宮内での暗闘にも対処できる、か。それは心強い。……といいたいところだが、そうなると王家に力がない現状、トト公爵家さえ排斥できれば、ベンドネル家の専横も可能となるであろうな」
ガイヤールの目が、ぎらりと光った。
ふん、とそのトト公爵がつまらなそうに鼻を鳴らして、
「ところがそうでもない。トト家が力を失えば、聖国の南部が崩れる。聖国は弱体化し、新女王の立場も苦しいものとなる。この男は手段こそ過激だが、そんな状況を望みはしないだろう。……もし、それでも権力の独占を望むというのなら。今度はトト家が女王に叛旗を翻す。ただ、それだけのことだ」
叛旗とはまた、過激なのはティオレットだけではないのだと、マルコはあきれた。
本当にただそれだけのことと思っているのか、レストバルは平然とした様子でテーブルの上に手を伸ばした。骨張った手で聖剣をつかんで、無造作にティオレットに押しつける。
「ティオレット、お前は女王の後見人として、大きな発言力を持つことになろう。だが、実態がどうであれ、貴族としての栄達は捨てねばならん。それをお前の禊とせよ。たとえ形だけであろうと、貴族たちを納得させるのにけじめは必要だ。これからはあくまで騎士として、護衛として生きるのだ」
それから、次々と机上に議題があがっていった。
そのひとつひとつが、国を動かす大きな仕事なのだろう。そんな大事なことをマルコが聞いていていいのかとも思うが、そこを見せることが彼らなりの誠意なのかもしれない。あるいは、マルコの口からシルフィや神殿に伝わることも、計算に入れているのだろうか。
権力と虚栄が入りまじる議論は、右の耳から左の耳へと、ほとんどそのまま抜けていった。
明け方までつづいた会議。
マルコには、最後まですわりの悪さがついてまわった。
ここは、マルコの居場所ではなかった。
ティオレット・ベンドネルが勇者の剣をもちヴィスコンテ女王を討ったこの日、夜明けまでつづいたこの会合は、後に、『四頭会議』の名で知られることになる。
マルコは歴史の当事者として、その場に参加した。