99話 会合
マルコは変装を解いて、といっても髪の色を元のねずみ色にもどしただけだが、屋根からバルコニーにおりた。
そこから室内に足を踏み入れる。
その部屋は女王の居室とは異なり、いかにも実務一辺倒といった飾り気のない部屋だった。
ティオレット、レストバル、ガイヤール。
四人がけのテーブルでなにやらむずかしい顔をつきあわせていた彼らは、言葉をとめて一斉にマルコを見た。
「マルコ。よく来てくれた」
ティオレットに声をかけられると、マルコは口をとがらせて、
「聖国の命運を左右するとか、利害が一致するとかいわれたら、来ないわけにもいかないだろ」
空いた席に座る。
テーブルの上には書類が散乱し、その真ん中に、聖剣エクスカリバーンがどんと置かれていた。ものすごく巨大な文鎮みたいだった。
「私はアウレリヌス聖導国の丞相をつとめるレストバル・トトという者だ。聖都では娘のエスクレアが世話になったようだ、感謝する」
「わしはベンドネル公討伐軍を率いていたガイヤールだ。安全と幸福はおたがいに対して、正直で、公正で、親切な個人、集団、国家にだけ訪れるという。ここは正直に言わせてもらうとしよう。戦をせずにすんだ。犠牲者を出さずにすんだ。いまとなっては、ありがたい失敗だったと思っておるよ」
挨拶をすませるや、レストバルは時間が惜しいといわんばかりに、さっそく切りだした。
「帝國からの来訪者、次代の聖女の護衛よ。私は帝國や神殿が聖国の内政に干渉してくるのではないか、と危惧しているのだ」
レストバルの厳粛な視線が、マルコを射貫いた。
「帝國も神殿も関係ない。俺は……」
マルコはそこで口を閉ざした。「ティオレットに聖剣を渡すために、オレンに来た」、そう言おうとしたのだが、それはマルコにとって都合のいい、シルフィの関与を否定するための作り話である。
その嘘はティオレットに対してなら通用する。ティオレットにとっても、英霊から聖剣を託されたという作り話に価値があるからだ。おたがいに、作り話を押し通したほうが都合がよかった。
だが、レストバルとガイヤールはそうではない。
うかつな発言をするわけにはいかなかった。
「まずは、私がヴィスコンテ女王を暗殺するにいたった経緯を話すとしよう」
マルコの口が重くなると、かわりのようにティオレットが口を開いた。
シルフィ誘拐に失敗して、聖都のベンドネル邸で謹慎していたこと。
マルコが聖国軍を撤退させたと知り、ベンドネル公爵家が生き残る目はここしかないと判断したこと。
王宮へ侵入し、剣聖シャルムートとの戦いで相討ちとなったこと。
そして、マルコに救助され、伝説の聖剣を受けとったこと。
「私は、このエクスカリバーンは英霊より授けられた、としておいたほうがよいと思っている」
ゆっくりと語り終えると、ティオレットはそうしめた。
ガイヤール将軍がテーブルの上にある聖剣を眺めて、
「退魔の騎士アゼルのエクスカリバーン。失われたはずの、本物のエクスカリバーンか。マルコ、おぬしはこの剣をどこで手に入れたのだ?」
それなら隠す必要はなかった。
この剣は魔大陸のダンジョンで、アンデッドを倒して手に入れたのだとマルコは伝える。
かつての英雄たちはアンデッドに成り果て、永い間、そこでさまよいつづけていたのだと。
「アンデッドとなって……、無念であったのだろうな」
ガイヤールがいたましげに眉間にしわを寄せて、鼻をすすった。
対照的なのがレストバルで、まったく表情を動かすことなく、
「うむ。退魔の騎士アゼルが英霊となって夢にあらわれ、聖剣を授けた。国民には事実を知らせるよりも、そう伝えたほうがよいか。……しかし夢で授かったことにすると、マルコがこの剣を手に入れた経緯も隠すことになるのだが……」
「それはかまわない」
ただし、とマルコはつけくわえる。
「俺がエクスカリバーンを持ってたことは、秘密にしてたわけじゃないから……」
作り話がバレるのではないか、と心配するマルコに、レストバルがにやりと笑う。
「なに、実物がわれらの手にあり、こうと宣伝すればそれが事実となるものだ。そこは気にせずともよかろう。この剣に関しては、その方向でいくとしよう。次は、この政変に、マルコがどのように関与したとするかについてだ」
「俺は国には関わりたくない。そちらもそれを望んでいるのでは?」
「うむ、その通りだ。……だが、よいのか? 犠牲者を出さずに聖国軍を食いとめ、内戦をふせいだのだぞ。実力と功績を表にしめせば、おのずと現代の英雄としてあつかわれることになろう。私は神殿や帝國の干渉はゆるさぬが、おぬしを聖国の英雄として迎える準備なら――」
マルコは無言で首を振った。
「……わかった。ならば、次の議題に移る。この国にとって、もっとも重要なことだ」
レストバルは、一拍の間をおくと、いよいよといった調子で、
「私は、新たな女王にフレーチェ・ベンドネルを推す」
その瞬間、マルコは眉をひそめ、ティオレットは表情を強ばらせた。