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95話 めぐりあわせ


 オレンの上空から、雨雲はとうに過ぎ去っていた。冴え冴えとした夜空には、満天の星がきらめいている。冷ややかな星の光を浴びて、血の気を失ったティオレットの顔はいっそう青ざめて見えた。


 王宮の屋根の上にティオレットを横たえ、マルコは姿勢を低くして周囲の様子に気を配っていた。


 王宮の騒ぎが風にのって、屋根の上にも伝わってくる。


 廊下で剣聖が死んでいたら、騒ぎにもなるだろう。

 マルコがそう思っていると、ティオレットのまつげがピクリと震えた。


 ティオレットは目を開けるとじっとしたまま、静かに視線だけをマルコに動かした。黒く髪を染めたマルコをぼうっと見つめて、ようやく口をひらく。


「……ここは?」

「ここは、王宮の屋根の上だ」

「……王宮の屋根……」


 マルコの言葉を弱々しくなぞってから、ティオレットは腹の傷にゆっくりと右手を伸ばした。


 傷跡はふさがっていた。

 服が破れたままでなければ、風穴が空いていたとはとうてい信じられないだろう。


「君が、助けてくれたのか?」

「……まあね」


 マルコは、できるかぎり手出しをしないつもりだった。


 だが、ティオレットとシャルムートが相討ちになるや、王宮の屋根の上で待機していたマルコはすぐに動いた。さすがにティオレットを死なせるわけにはいかない。急ぎ救助しなければならなかった。


 なにをおいても急がなければならない。


 王宮内部に侵入したマルコにも、余裕はなかった。顔こそ隠していたものの姿までは隠せず、廊下で出くわした人には睡眠薬代わりのスライムを()がせて眠ってもらい、倒れたティオレットを回収して、治療をしながら屋根まで運んだのだった。


「どうやってここに? 王宮の周囲は、魔法で監視されているはずだが……」


 横になったまま、ティオレットが不思議そうに言った。


「上から」


 マルコは星空を見上げて言った。


「……そうか。上か」


 ティオレットは小さく口元を歪めて笑った。


 貴族のティオレットとちがい、マルコは正面から王宮に入ることはできない。王宮に忍び込むには、騎士と魔法使いによって張りめぐらされた警備網をかいくぐらなければならなかった。ねずみ一匹通さない警備網を探り、見つけ出した侵入経路。それは真上だった。


 この王宮には屋上がない。王宮内部への出入り口がなければ、屋根を警戒する必要性も低くなる。また、防衛に重きをおく城ではなく宮殿であるからか、屋根をこえる高さの塔もなかった。それゆえ、上空からの侵入者に対して、警備がおろそかになっていたのである。


 傷が痛むのか、痛みを思い出したのか。ティオレットは顔をしかめてから、ゆっくりと上半身を起こした。


「マルコ、君はなぜこんな場所に? シルフィネーゼ様もオレンにいらしているのか?」


 ティオレットの質問がなにげなさを装っていることに、マルコは気づいた。


「……いや。オレンに来たのは俺だけだ。シルフィは関係ない」


 答え方によっては、危険な質問だった。

 ヴィスコンテ女王暗殺に、聖女候補のシルフィが手を貸してはならない。

 神殿は、聖国の政治に関与してはいけないのだ。


「聖国の王宮に用事があったのは、俺のほうだ」


 その言葉はまったくのウソではなかった。

 マルコはすでに、自分がこの地にいる理由を見つけていた。


 その理由は、まるで天啓のように、星空から降ってきた。


 空に還った人は、星となって夜空をのぼる。そして、星の光が降りそそぐように、地上を見守っているのだといわれている。

 もし、それが本当であるのなら。かつてこの国のために戦い散った英雄は、いまの世をどのように見ているのだろうか。

 聖国の地を踏んだことのなかったマルコが、この国が大きく動こうとするタイミングで王宮にいる。これこそがなにかの巡り合わせなのだと、過去の英雄の遺志が自分をこの地に導いたのだと、マルコには思えてならなかった。


「この国の人に、返さなきゃいけないものがあるんだ」


 と、マルコは左手にスライムを召喚して、その中に右手を突っ込んだ。

 いったん消えた右手は、ふたたびあらわれたとき、一振りの剣を握っていた。


 その剣は、剣聖や聖騎士が所有を許される剣と、瓜二つというほどよく似ていた。


 ティオレットは息をのんだ。


 あきらかに、特別な威をはなつ剣だった。

 鞘におさめられているにもかかわらず、清浄で、神秘的な気配が漂っている。


「これは俺が魔大陸で手に入れた、退魔の騎士アゼルのエクスカリバーン。聖国を守るための剣だ」


 光の剣、勇者の剣。

 さまざまな名で語り継がれる、失われた伝説の聖剣。

 この剣は、ここで聖国に帰る運命なのだろう。

 二百年の時をこえて、使い手の魂とともに故郷に帰るときがきたのだ。


 マルコは伝説の剣を突きつけて、問いかける。


「この剣を受けとる覚悟、……あるよな?」


 女王を暗殺しようという男が、覚悟を決めていないわけがない。


 ティオレットは神妙な面持ちになると、己の覚悟を伝えるように、はっきりと力強くうなずいた。


 きっと、この剣はティオレットの役に立つ。


 ヴィスコンテを討ったあと、弑逆(しいぎゃく)者となった彼を糾弾する声は小さくないはずだ。しかし、その手に聖国の象徴ともいわれる、この剣があればどうだろうか。


「ティオレットがヴィスコンテを討ったのは、英霊の導きによるものである」


 と、彼の行為を支持する声も増えるだろう。


 そう。この剣は、敵を斬るための剣ではない。

 ティオレットを、フレーチェを守るための盾となるのだ。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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