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94話 勝敗の行方


 シャルムートの剣は、ティオレットの右(もも)を狙っていた。刃鳴りとともにせまるその剣閃が、ティオレットにはおどろくほどはっきりと見えた。あるいは、遅く感じられるほどに。


「っ!」


 ティオレットはショートソードを両手で持ち、それをかろうじて受け止めた。


 受け止めつつ、愕然とする。


 ショートソードといっても短剣ではない。敵の得物が騎士剣であることを想定して、厚みも重みもある、両手でもあつかいやすい剣を選んできた。室内では、長大な騎士剣よりも取り回しがよいはずだった。


 しかし、そのショートソードが短剣のように心許(こころもと)ない。


 つづけざまの斬撃を、ティオレットは必死に耐えしのいだ。


 心許ないのは武器だけではなかった。自身の体の動きすらも、ひどく鈍く感じられる。体調が悪いのかと錯覚しかけたティオレットは、すぐにそのからくりに気がついた。


 シャルムートの剣は、見える。だがそれは、彼の剣が遅いからではなかった。聖剣の切っ先が描く直線と曲線が、寸分の狂いもなく理想的な軌跡と重なっているからであった。


 だから、その軌跡を予測できるティオレットにはよく見える。よく見えているように錯覚してしまう。


 見えているのに反応が追いつかないから、自分の動きを鈍く感じてしまうのだ。


 (はがね)が打ち合わされる(はげ)しい音は、長くはつづかなかった。


 こらえきれずに、ティオレットが後ろにさがる。

 同時に、両者の間で小さな爆発が生じて、シャルムートの追撃を牽制した。


「なるほど、たいした魔法剣士だ。わざと魔法を暴発させたか」

「…………」


 称賛にこたえる余裕などなかった。ティオレットは苦虫をかみつぶしたような表情で息をととのえ、剣を握りなおした。


 なんとか魔法の暴発までこぎつけたものの、初級魔法ですら暴発させることしかできなかった。剣聖と斬りむすびながら魔法を構成するのは、あまりにもむずかしい。だからといって、剣のみで戦えば結果など見えている。


 魔法に勝機を見いだすしかなかった。

 さいわい、この瞬間、距離は確保できた。


 一瞬の猶予。

 ティオレットには、それで魔法の行使が可能となる。

 前方、顔の高さに魔力を集めて、魔法を構成しようとする。


 シャルムートは距離があこうと、顔色ひとつ変えなかった。

 魔法を使わせまいと、姿勢を低くして廊下を疾走する。


 空中に魔法の氷がきらめいたとき、すでにシャルムートはその内側にもぐり込む勢いで、神速の横薙ぎを繰り出していた。


「ぐッ……」


 ティオレットの顔が苦痛に歪んだ。

 その脇腹に、聖剣が食い込んでいた。


 両手で握ったショートソードが、その一撃を受け止めたはずだった。

 だが、力に抗しきれず押し込まれたのだ。


 ティオレットはぐらりとよろめいた。

 手から剣がすべり落ち、そのまま、すがるようにシャルムートにしがみつく。


 その直後、衝撃で両者の体が揺れた。


「……っ!?」


 シャルムートがかっと目を見開き、ティオレットが力なく笑う。


 剣聖の背中に、無数の氷の矢が針山のように刺さっていた。


 氷の矢(アイスアロー)


 シャルムートは魔法の発動速度を上回って攻撃してくる。

 そう予測したティオレットは、あらかじめ魔法を自分めがけて構成していたのだ。賭けではあったが、どうせまともに魔法を使ったところで当たってはくれないだろう。失敗したら失敗したで、魔法を暴発させて、その隙にまた距離を稼げばいい。距離があくほどに、逃げの目も出てくる。ティオレットは剣聖と腕比べをしにきたわけではなかった。ヴィスコンテの首をとりに来たのだ。


 そして、その賭けに、ティオレットは勝った。


「――――ぉぉっっ!!」


 シャルムートの口から、声にならない気合いがほとばしった。

 その全身が闘気に包まれ、黄金に燃えあがる。


 氷の矢がみるみる溶けだし、傷口をふさごうと身体が活性化し――、

 その背中に、氷の矢が次々と刺さっていく。


 ティオレットの両腕もまた、シャルムート同様、黄金の気を発していた。

 暴れるシャルムートの腕を、両脇で抱え込むようにして懸命に押さえつづける。


 やがて、シャルムートの口から血が流れ出した。

 抵抗が薄れ、黄金の粒子も消えていく。


「やはり、……あなたの剣は、暗殺者の剣ではない。……騎士の剣だ」


 といって、ティオレットは両腕の闘気を消した。


 シャルムートの体は、すでに力を失っていた。

 騎士の正装は、華美な礼服ではなく鎧であろう。

 もしもシャルムートが鎧を身につけていれば、この方法では勝てなかった。


 ティオレットは右手を自分の背中に回した。

 そこにくくりつけた魔法の収納袋から、短剣を取りだす。

 シャルムートを抱きとめるように、氷の矢が何本も生えたその背に両手を回して、鞘から短剣を抜いた。


 短剣は禍々(まがまが)しい毒でぬれていた。

 軍馬ですら一瞬で絶命する猛毒だ。


 背に短剣を突き刺すと、シャルムートの手から聖剣が落ちた。


 力尽きたシャルムートが廊下に崩れ落ちる、その瞬間。

 剣を失ったその右手に、かすかな黄金の残滓(ざんし)がひらめいた。


 シャルムートがそうであったように、ティオレットも自由に動ける体勢ではなかった。


「……ばかな」


 ティオレットは信じられないものでも見るように、自分の腹を見下ろした。


 死んだはずの剣聖の右手が、ティオレットの腹をつらぬいていた。

 前のめりに倒れこむシャルムートの体に引っ張られ、ティオレットの背中から突きでた血まみれの手がずるりと抜け落ちた。


 真紅の絨毯(じゅうたん)に倒れた剣聖は、もうピクリとも動かない。

 間違いなく、死んでいる。


  だが、これでは。


 ティオレットは自身の体重を支えられずに、その場に膝をついた。

 背中に手を回し、魔法の収納袋からポーションを取りだそうとする。


    これでは、この傷ではポーションを使ったところで、助からない。


 バランスを崩して、ティオレットも絨毯の上に倒れた。


      これでは、ヴィスコンテの首に届かない。


 ティオレットが欲しかったのは、剣聖の命などではなかった。

 望むのはただひとつ。

 ヴィスコンテ女王の命、ただそれだけなのだ。

 しかし、その望みに体がこたえることはなかった。


 真紅の絨毯に、赤黒い染みが広がっていく。


 体が鉄のように冷たく重くなっていく。視界から光が失われていく。


 ……最後の最後に、夢を見た。


 聖国で、この国で。

 兄弟そろって暮らす夢だ。

 その夢がはかなく、かき消えて。


 ティオレットは目を覚ました。


 目に飛びこんできたのは、王宮の廊下ではなく、夜空を(いろど)る満天の星だった。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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