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92話 王宮侵入


 ティオレットを発見した翌日の夕刻。

 独裁者ヴィスコンテ女王のお膝元、オレンに潜入して身を隠すマルコは海沿いの道を歩いていた。身を隠すといっても、一日中、宿にこもっていれば、それこそ余計な詮索をまねく。それになにより、腹ごなしはどんなときであろうと必要であった。


 安宿近くの食堂で、夕食をすませてきた帰り道。さきほどまで降っていた雨で、石畳はまだ濡れている。


 そこに、着飾ったティオレットの姿が重なった。目の前の光景ではなく、マルコがスライム越しに見ている光景だった。


「なにを考えてるんだ……?」


 と、ひとりごちたマルコは足を止め、目を閉じた。


 貴族らしい服装に着替えたティオレットが、宿を出ようとしていた。せっかく身を隠しているのに、なぜ、そんな目立つ格好をするのだろうか。


 疑問は服装だけではなかった。マルコは目を開けて、暗灰色(あんかいしょく)の雲が広がる海を見た。雲に隠れた太陽が水平線に沈むまで、もうしばらく時間がかかる。日が落ちて完全に暗くなってから動いたほうが、人目にはつかないはずだ。動き出すには、まだ少し早い。


 ティオレットがなにを考えているのか、マルコにはわからなかった。

 が、動き出した以上は追いかけないわけにもいかない。


 マルコは彼のあとを追うことにした。


 その途中、ティオレットが選んだ王宮への侵入方法を見て、マルコは肝を冷やすことになる。


 あろうことか、ティオレットは顔も隠さず、正面から王宮に乗りこんだのであった。






 真紅の絨毯(じゅうたん)が敷かれた王宮の廊下を、ティオレットは悠然と歩いていた。


 見慣れた王宮は、かつての華やかな姿そのままに、ただ活力だけが失われていた。


「これが、恐怖で縛られた王宮。ということか……」


 王宮で勤める者の多くは勤務を終えると自宅に帰るため、日暮れが近づくと人はどんどん少なくなっていく。そういう時間帯を選んだにしても、この静けさは信じがたい。誰もが女王に怯えているのだ。


 ティオレットはあくまで悠然と、しかし耳を澄ませて、人気(ひとけ)のない廊下を進んだ。


「…………!?」


 角の向こうから、足音が近づいてくる。


 一瞬、ティオレットの全身に緊張が走った。


 だが、戦闘訓練を受けていない者の足音だと判別すると、ティオレットは堂々とその足音の主に向き合った。


「おや、ティオレット殿が王宮に来られるとは珍しい。いやはや、大変なことになってますからな」

「我々は、ベンドネル公が反乱などくわだてるような人物ではない、と知っていますぞ」


 ふたり連れの貴族の男たちが、同情や憐憫(れんびん)のなかに、かすかな優越感のにじむ複雑な笑顔を浮かべた。彼らは挨拶も手短かに、そそくさと立ち去る。厄介ごとには関わりたくない、という気持ちがありありと見える態度だった。


 期待したとおりの反応を見て、ティオレットはほくそ笑んだ。


 ベンドネル家が取り潰されようとしている状況下、王宮でティオレットを見かければ、ベンドネル家の助命を請うためにきた、と思うのが普通だろう。そして、その騒動に巻き込まれたくない、と思うのも当然である。


 彼らは、ティオレットが王宮にいることをヴィスコンテ女王に報告するだろうか。

 いや、それはない。

 つまらない情報を耳に入れたところで、女王の機嫌をそこねるだけだ。


 ティオレットの危険性に気づき、その情報に価値を見いだして、わざわざ女王に報告する。そんな人物は数えるほどしかいない。それが、この王宮の真実の姿。女王への恐怖に支配される王宮の姿である。


 だから、ティオレットは侵入者としてではなく、正面から王宮に足を踏み入れることにした。


 もとからそうするつもりだったわけではない。当初は深夜に忍び込むつもりだったのだ。しかし、それはよい手ではないと考え直した。馬車で揺られるなか、考える時間だけはいくらでもあった。


 まず、外部から王宮に侵入するには、宮廷魔導師がつくりあげた、魔法による監視網をくぐり抜けねばならない。


 次に、王宮を警備する上級騎士たち。聖騎士を中心とする彼らを出し抜かなければ、女王の居場所には近づけない。


 そして、最後に剣聖だ。

 女王の居室のとなりには、剣聖が控える部屋がある。

 人の動きが少ない深夜に動けば、気配を気取られる可能性も高くなるだろう。


 人目が少なくなろうと警備まで薄くなるわけではない。それでもはたして、深夜が狙い目だといえるのだろうか?


 そもそも、ティオレットの勝ちの目は、どこにあるのか。


 宮廷魔導師に劣らぬ魔法の腕前?

 聖騎士を上回る戦士としての技量?


 いや、そこではなかった。


 王宮に自由に出入りできる貴族としての身分こそが、目に見えない最大の武器であり、勝機なのだ。


 王宮内部の人間と外部の人間。

 どちらが暗殺に適しているかを考えれば、自明の理であった。


 冷静さを欠いていては、女王暗殺などおぼつかないだろう。

 ティオレットが自嘲に口を歪めたとき、またしても足音が近づいてきた。


 さきほどの貴族たちとはちがう、よく訓練された足音のようだ。


 ティオレットはすぐそばの扉に手をかけ、部屋にもぐり込んだ。


 その部屋は無人だった。時間帯によって人がいなくなりやすい部屋があるのを、ティオレットは知っていた。ここもそうした部屋のひとつである。


 廊下を足音が通りすぎていく。


 ふたり組の、おそらく聖騎士だろう。


 ティオレットは静かに、安堵の息をはいた。


 聖騎士に見つかるわけにはいかなかった。


 彼らの任務がヴィスコンテの護衛である以上、ことなかれ主義の貴族のようにティオレットを見過ごすことなど、まずありえない。


 だがこの瞬間、ティオレットは聖騎士の警備網を上回った。彼らの接近を察知し、身を隠すことに成功した。


 これはおおきい。

 王宮は歴史ある建物、最適な巡回ルートも決まっている。

 これでしばらく、聖騎士とは出くわさないだろう。


 気配が遠ざかると、ティオレットは廊下にもどった。


 このまま、ヴィスコンテの居室の、真下(・・)にある部屋をめざす。

 そこにひそみ、機を見計らって魔法で天井をぶち破り、女王の部屋を燃やしつくすのだ。


 侵入者としてではなく、貴族の立場を活かして王宮に入る。

 戦士としての技能を駆使し、気配を消してヴィスコンテの間近にせまる。

 そして、魔法使いとして破壊力のある上級魔法をもちいて、剣聖と戦うことなくヴィスコンテを始末する。


 その計画は、目標とする部屋を目の前にして頓挫(とんざ)した。


「なぜ貴殿がここにいる、ティオレット・ベンドネル」


 そう問いかけてきたのは、焦げ茶色の髪の男だった。


 その質問をしたいのは、ティオレットのほうだった。

 が、聞くまでもない。


 ティオレットが聖騎士の気配を察知して身を隠したように、この男は下の階を動く不審人物の気配に気がつき、確認しにきたのだろう。


 もっとも出くわしてはならない相手、剣聖を前に。ティオレットの眼光は(やいば)のように鋭くなった。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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