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84話 撤退


 壁にかけられた銀色の燭台が照らす、聖宮殿の廊下。

 足取りも軽やかにフレーチェが笑う。


「グラータ様のあんな呆然としてる姿は、初めて見たですぅ」


 その感想に、シルフィは苦笑を返した。


「私だって、自分の言葉をあんなに嘘っぽく感じたのは初めてですよ。空からスライムが降ってきたとか、範囲回復魔法で軍隊を撃退したとか。魔法じゃなくてスライムですけど」


 ひと言で言うなら、聖国軍は不運に見舞われたのだ。


 空から降ってきたスライムに兵糧を食いつくされた。

 各部隊に配布された食料も。

 各々(おのおの)が腰に下げた携行食までもが、根こそぎ食い荒らされるはめになった。


 これを災難と呼ばずしてなんと呼ぼう。

 こんなことを計算に入れるくらいなら、巨大隕石の直撃を受けて軍が壊滅する可能性を考慮したほうがよいだろう。


 もうひと言つけくわえるなら、聖国軍は幸運にも恵まれた。


 スライムの濁流に飲み込まれたにもかかわらず、将兵に死傷者がでなかったのだ。


 彼らを襲ったそのスライムが、回復魔法と同質の力をもっていたためである。


 荒れ果てた陣営。

 失われた食料。

 白いスライムの残骸。


 辺りを茫然自失のていで見回す聖国軍の将兵は、精神的にはひどい衝撃を受けていたかもしれないが、肉体的にはむしろ首都を出陣する前よりも健康だったろう。


 こうしてベンドネル公討伐軍、聖国の正規軍二万七千は、ただ一人の敵兵も討ち取ることなく、一人の落伍者もだすことなく撤退を余儀なくされたのだった。






 聖国軍が西へ撤退をはじめるのを確認してから、一行は東に引き返した。


 聖都に着いたのは日暮れごろ。

 まずは聖宮殿に。


 シルフィがメアリーとフレーチェを連れて、この一日で起きた出来事を報告にあがると、グラータはなんとも形容しがたい表情で脱力して、机に突っ伏した。

 聖宮殿には、いまでもまだ殺気だった硬質な空気が流れているが、それもすぐに、日常にまぎれて消えていくだろう。


 謹慎のとけたフレーチェは、今日からまたここで暮らすことになる、……のだが。


「フレーチェ。帝都にむかう準備はしておいてください」


 わかれぎわ、シルフィはそう声をかけた。

 フレーチェはしっかりとうなずく。


「わかったですぅ。じゃあ、またあした」

「またあした」


 同僚の仕事を手伝いにいくフレーチェ。

 その背を見送ってから、メアリーが確認する。


「やはり、彼女を帝都に連れて行くのは変わりませんか」

「ええ」


 メアリーの小声にうなずき、シルフィもつられて声をひそめた。

 物騒な話題だからか、ついつい声も低くなる。


「メアリーは、聖国軍が引き返せば聖都は安全になる、と思いますか」

「いえ。……ヴィスコンテ女王がこの地をあきらめるかどうか、にかかっているのでは?」

「……彼女は、あきらめないでしょうね」


 ため息のようにシルフィは吐き出した。


 肩の荷をおろした様子のグラータに、自分も肩を軽くしたかったシルフィは聖女の任命書を返却しようとした。

 あの、もってるだけで肩がこる封書である。


 けれど、いつ必要になるかはわからないから、とグラータに拒否されてしまった。

 危機が去ったとはいえ、一時しのぎにすぎない、ということだ。


 ベンドネル公討伐軍の失態は、ヴィスコンテの支配力にほころびをもたらすかもしれない。

 だが、それも長くはつづかないだろう。

 結局、マルコが指摘したように、この問題の本質はヴィスコンテ女王の存在にある。


 ヴィスコンテを排除しないかぎり終わりはない。

 しかし、彼女を排除して、それで終わりではいけないのだ。


 そこで生じるであろう新たな混乱を、未然に防ぐための準備をしなければならなかった。


 聖国の国体、政治組織を維持しながら、頭をすげ替える。

 神殿もマルコも、その頭にはなれない。

 聖国の政治にたずさわり、王宮と貴族をまとめ上げる人物が必要だった。


「いっそのこと、ベンドネル公が本当に謀反をたくらんでくれてたら、ありがたかったのですけど」


 聖女らしくない過激な発言と自覚していても、シルフィはぼやかずにはいられなかった。


 外に出ると、とっくに日は暮れていた。

 メアリーはぽつぽつ雨が降りだした夜空を見上げると、(きびす)を返して雨具を取りにいった。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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