十三話 武闘会開催! マルコ、シードされる
それは、今から半年ほど前のことだった。
魔物討伐を終えたマルコが魔都リョーシカへと帰る途上、寂寥たる荒野で小柄な人影がその行く手を遮った。
「お前が『理不尽』のマルコだな」
「いいえ違います」
マルコはにべもなく否定した。
剣呑な眼差し、隠す気のない殺気。その手はすでに背中に斜めに差した剣の柄へとかかり、体格に不釣り合いな長剣は、今にも抜き放たれようとしている。
これが最近噂になっている、冒険者狙いの通り魔か……と、マルコは両手を挙げて戦意がないことを示す。
面倒ごとは御免だ。
「……そうか」
革製の鎧にフード付きの外套、そして腰には剣。スライムを連れていないマルコの姿は、普通の軽戦士風冒険者にしか見えない。
額に傷のある少女剣士は臨戦態勢を解き、その場を去って行った。
これが、マルコとロロの邂逅であった。
翌日、マルコは剣の師にして魔王軍四天王の一人、『報狼』のマンチカンと一緒に、魔王軍幹部の嗜みでもあるワイバーンシュートに興じていた。
実はマルコ、魔王軍に正式に所属しているわけではない。
魔王城にお世話になっているから勘違いされるのは当然だし、実際、似たようなもんなのでわざわざ否定して回るようなことでもないが。
空に向けたマルコの掌に稲光が煌めく。
「スライムローリングサンダー!」
雷を纏ったスライムが回転しながら、一直線にワイバーン目がけて空を奔る!
そして、遠く羽ばたくワイバーンのすぐ横を通り抜けた。
「お見事だニャ」
直立する猫、人猫族のマンチカンの賞賛に遅れて、ワイバーンが無傷のまま落下していく。
「直撃させるのではニャく、頭部をかすめ、衝撃波で三半規管にのみダメージを与える。素晴らしい……ニャ?」
二人の前に、小柄な人影が立っていた。
走ってきたのか息が上がっている。
「貴様が、……スライム……使いの、……マルコだろ?」
「知り合いかニャ?」
「いえ、最近リョーシカを騒がせている通り魔です」
「オレと闘えマルコ!」
その手にはすでに剣が握られている。なかなかの業物だ。
「お嬢さん、マルコがなにかしたかニャ?」
「俺は何もしてない、無実だ!」
「何もされてねえが、強いて言うなら人違いだと嘘をつかれた」
マンチカンのつぶらなパッチリお目目がジト目になる。
「だって、明らかに襲ってくる雰囲気じゃないか」
「お嬢さんはなんでマルコと戦いたがっているのかニャ?」
「オレは西のイスガルド大陸から、強い奴と手合わせするためにリョーシカに来た!」
ロロはたぎる戦意を乗せ、剣の切っ先をマルコに向ける。
居住まいを正したマルコは、おもむろに地面に片膝をついた。
「控えい、控えーい、控えおろうっ! ここにおわす方をどなたと心得る。魔王軍四天王が一人、マンチカン様であらせられるぞ!」
「我が輩に押しつけようとするニャ」
膝をついたマルコの顔面に、マンチカンの肉球パンチがもにゅんと炸裂した。柔らかい。
ロロはまじまじと、穴が空くほどマンチカンを観察する。
身長は小柄なロロよりもさらに低い、まるで子供のようだ。
背負ったショートソードがやたら大きく見える。
とてもキュートな顔立ちは愛玩系。ふわふわな毛並みも愛くるしい。
猫である。直立するマンチカンそのものである。
「……マジで?」
「マジマジ」
「自分で名乗ったわけではないニャ」
「……へえ」
ぎらつく瞳がマンチカンに向けられるが、流石は四天王、小揺るぎも見せない。
「ふっ、我が輩と戦いたくば、我が弟子マルコを倒してからにするんだニャ」
この弟子にして、この師あり。
マンチカンは弟子を盾にするつもりだ。
この盾は絶対に使い減りしない自慢の盾なのだ!
「くっ、マンチカンさん、何てことを。腕試しなら俺と戦うより、剣士同士マンチカンさんと手合わせした方が絶対いいぞ」
「挑まれたのはマルコなんだから、マルコが戦うべきだニャ」
「ど、どっちでもいいぞ、さあ早く!」
ロロは長剣をべろりと舌で嘗める。よだれがポタリと地面に落ちた。
その瞳は血走っていた。
――こいつヤバい(ニャ)!
イッてる通り魔を前に、師弟の心はリンクした。
「……師匠。俺、魔柘植の櫛を買ったんだ」
折れたのはマルコの方だった。何だかんだいって弟子である。
魔大陸に生える魔柘植の櫛は、イスガルド大陸では王侯貴族が愛用する超高級品だ。
頭ぼさぼさのマルコが買うような代物ではない、自分のためならば。
「……わかったニャ。誰にも見られないようにニャ」
マンチカン、その愛くるしさに毛並みを梳ろうと狙う者は後を絶たない。
しかしこれでも四天王、人前で威厳の欠片も無い姿は見せられないのだ。
驚くほどの倍率を、マルコは師弟関係を利用してくぐり抜けた。
師の確約を得たマルコは意気揚々、ロロと戦うことを決意する。
――ロロはその後、遭遇するたびにマルコに襲いかかったが、結局一度もマンチカンへの挑戦権を獲得することは出来なかった。
「それでは選手の入場です!」
歓声と共に姿を現したのは、金髪を短く刈った大柄な男子生徒。
「初めに姿を見せたのは生徒会所属三年生、ユリアン選手!」
ユリアンはミモザのアナウンスに応えて客席に手を振るが、いささかぎこちない。緊張している模様。
金属鎧を纏った姿は、体躯と相まってなかなか様になっている。
その鎧と剣からは、わずかではあるが魔力が発せられていた。
とても一生徒が持てる武具ではない。
「ユリアン選手はあの武の名門ヴォークス侯爵家嫡男。武芸百般に通じ、いずれは将軍にと期待されていますが、解説のマルコさんはどう見ますか」
きたな、とマルコはマイクに合わせるよう勢い込んで身を乗り出した。
ヘルミナの策では、ここでちゃんと被害者の立場を説明する手はずだ。
「ユリアン選手がどう戦うのかは、まだ見ていないのでわかりかねます。しかし、侯爵家の跡継ぎで武勇に優れ、いずれ帝國軍を担うと期待されているほどの先輩が、なぜ一介のスライム使いに挑戦状を叩きつけたのかが疑問ですね。さる筋によればスライム使いが生徒会に入ることに反対していたそうですが、そもそも俺はまだ生徒会に誘われていません。誘う誘わないは内輪できちっと話をまとめてからすべきで、それすらせずに一方的に敵意を向けられても困ります」
「ほほう、それは災難でしたね」
ミモザが相槌を打つ。
ヘルミナが開催した武闘会、ヘルミナが選んだ実況。
無論、ミモザにも根回しはしてあるのだ。
ユリアンがマルコを睨みつけてくる。が、反論しようにも彼の手元にマイクはない。
矢文の時と立場は逆転している。今はマルコが一方的に口撃する番だ。
次の選手が入場し、新たな歓声が沸いた。
「次に登場するのはディアドラ理事長ファンクラブ所属、魔法学教師のフェードレだぁああああ!」
会場の一角を占める、お揃いの法被を着たディアドラ理事長ファンクラブから、太鼓の音と大きな声援が送られる。
怪しすぎる黒い布は被っていない、あれは伝統の幹部用衣装である。
マルコの机に入っていた脅迫状、実行犯は教師のフェードレであった。
ファンクラブの熱狂から隠れるように、教師席ではディアドラが身を小さくしている。
「火の精霊に愛されし炎の申し子! その炎は地獄の業火! 生徒には負けられない! 解説のマルコさん?」
「そうですね。そもそも俺がディアさんの家に泊まったのを、ファンクラブの皆さんが誤解してのエントリーだそうです。姿の見えぬ脅迫者に怯えていた俺を匿ってくれたディアさんは、まさに教師の理想像ですからね。こんなことが無かったら俺もファンクラブに入りたいくらいです。でも、そんなディアさんの行動を邪推して、迷惑をかけるような集団はどうなんでしょうか? ちょっと遠慮したいですね」
とても怯えていたとは思えぬ物言いである。
「り、理想像……、そんなことは……」
観客席では褒められたディアドラが、うれしそうに身をよじって照れている。
それが、ファンクラブの逆鱗に触れた。
怒りの炎に油が注がれ、さらに熱く、激しく炎上する。
教師陣を中心にエキサイティングする法被軍団を眺めながら、ミモザは「大丈夫かな、この子」と思った。
ディアドラ理事長ファンクラブに名を連ねる教師は意外と多い。
自分も一緒に睨まれたらたまらない、とミモザはさっさと次の選手紹介へ移る。
「さあ、盛り上がってきたところで次の選手です!」
入場口から颯爽と登場するのは白い鎧姿、水色の長い髪をなびかせる女性。
予期せぬ美人戦士の登場に会場、主に男子生徒はますますヒートアップする。
「学園外からの挑戦者! シルフィネーゼ親衛隊所属! 神官戦士のエメルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ!」
巻き舌すげえ、と、学園が育成する生徒の多様性にマルコは驚愕しているが、ミモザはイレギュラーである。育てたのではなく育ったのだ。
言うまでもなく一番イレギュラーなのは、間違いなくマルコである。
「麗しき神官戦士エメル! その回復魔法と戦士としての力量はA級冒険者にも匹敵する! 美人さんですねマルコ選手!」
「そうですね。シルフィネーゼ親衛隊のエントリーは、シルフィにスライムを預けたのがけしからん! ということだそうです。『スライム使いというだけで迫害を受けるべきではありません』と俺に手を差し伸べてくれた、シルフィの慈愛の精神をエメルさんは果たして尊重しているのでしょうか。あ、皆さんシルフィネーゼ様は、学園の友人には是非シルフィと呼んでほしいとのこと、よろしくお願いします」
マルコの粘着質な解説に「あっ、この子、刺激したらヤバい子だわ」と、ミモザはお尻の位置を、マルコから心持ち遠ざけた。
エメルが観客席に槍を掲げると、シルフィネーゼ親衛隊の応援席が沸く。
その姿は、こそこそマルコ宅の玄関に脅迫状を貼り付けていたとは思えない、誠に堂々としたものである。
そういえばシルフィの姿が見えない、とマルコは気がついた。それは、その傍にいるはずのヘルミナの姿が見えないことも意味していた。
――まさか、まだ何か企んでいるのか!? と疑うマルコ。
解説席から解放されたら探しにいくか、と思っていると、観客の歓声が膨れあがった。
今までの比ではない、もはや地鳴りだ。
「そして、最後はこの御方、現代のサクセスストーリー! 男勝りのシンデレラ! 彼女の姿は舞踏会ではなく武闘会でこそ輝く! 元A級冒険者にして今や帝國の誇りアムカ! 帝國騎士団所属、ロロォォォオオオオ!」
シンデレラって王子に見初められ玉の輿に乗った主人公が、継母と義理の姉に復讐する物語だっけ、とマルコが思い起こしていると、小柄な黒鎧が姿を見せた。
耳が痛いほどの歓声、騒音まがいの声援に包まれ、ロロは少々不機嫌そうに口を結んでいる。
「きゃあアアアアアアッ!」
「ロロ様ぁぁあああああ!」
マルコは黄色い歓声にびっくりしている。
信じられん、剣ペロバトルジャンキーなのに、とマルコの頬が引きつった。
「……す、凄い人気ですね」
「ふっ、マルコ選手は帝都に来たばかりでご存じないようですね。ロロ様といえば気取らない偉ぶらないその態度。どこからともなく現れ、悪漢を退治し去って行くクールな姿。その人気ぶりに、彼女がリンゴを丸かじりしながら街中を巡回するロロ・スタイルを真似て、歯を傷める女の子が続出しているんですよ!」
「……ソウデスカ」
リョーシカじゃ通り魔で通じてたのに、世の中ってわかんねーな、とマルコは呆然としている。
どこの馬の骨ともしれぬ冒険者と、超エリート国家公務員たる帝國騎士の違いは大きい。
十五歳の平民の少女が帝國のトップに上り詰めているのだ。そして、よく見ると顔立ちも結構整っている。
ロロ様はカッコカワイイ! と、帝都の住民にすこぶる評判だそうな。
――実は周囲の変化に一番当惑しているのは、ロロ本人だったりする。




