表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

149/171

81話 大技


「あれが聖国軍か」

「兵士の姿が少ないように見えますけど、まだ朝が早いからでしょうか?」


 マルコがつぶやくと、背後からシルフィの声がした。


 なるほど、聖国軍の陣中は遠目にも閑散としている。

 わずかに見える兵士の動きも、正規軍というから職業軍人なのだろうが、そのわりに気だるそうだ。


「ここらへんでいいか」


 とマルコは地上を指さして、(クラウド)スライムの高度を下げていく。


 そこは見晴らしのよい高台の上だった。


 聖国軍の陣営とは、まだだいぶ距離がある。

 これだけ離れていれば、むこうに気づかれる可能性はほとんどない。

 しかし、高さがあり視界が開けているおかげで、陣営を一望できそうだった。


 先にシルフィ、メアリー、フレーチェの三人を降ろしてから、最後にマルコも地面に降りた。

 (クラウド)スライムを消して、虚空に手をつっこみ、空間収納から槍を一本取りだす。


 石突きの部分が筒になっている、総オリハルコン製の槍だ。

 一風変わった形状をしているが、戦い方が異質なマルコのためだけに、魔王軍の名工が鍛えた特別製の槍。


 この『マルコの槍』を利用すれば、遠くの敵を狙い撃つ精度は跳ね上がる。


「あれ?」


 不思議そうな声の主はフレーチェだった。


 フレーチェは聖国軍の陣営を見ていた。

 いつも感情豊かな紫の瞳が、ガラス玉のように色を消している。

 その右目から頬に一滴、涙がつたっていた。


「こ、これは怖いからじゃなくて、悔しいからですぅ」


 自分が泣いていたのが信じられないのか、フレーチェはあわてて、右手の甲でごしごしと涙をぬぐった。


「ベンドネル家はずっと聖国東部を支えて、帝國の侵攻を防いできたんですぅ。なのに、こんな……」


 悔しさ。

 憤り。

 フレーチェの声は震えていた。


「……」


 マルコは無言のまま顔を歪めた。

 ふいの涙におどろきはしたが、なんとなくその理由がわかるような気がした。


 フレーチェはずっと耐えていたのだろう。

 実家に討伐軍を差しむけられたのだ。

 心穏やかでいられるはずもない。

 それでも、フレーチェのようすは普段とあまり変わらなかった。


 こらえていたのだ

 危うい平衡の上で、そう振る舞っていたのだ。

 その平衡が、実際に動いている軍隊を目の当たりにして、揺さぶられたのだろう。


 涙をぬぐいとったフレーチェは、ばつが悪そうに唇をきゅっと結んだ。


「そんな心配そうな顔しないでも、大丈夫ですぅ」


 逆に気をつかわれてしまい、マルコは頭をかいた。


「……そっか。そうだな、聖国軍はここでストップだ」

「フレーチェ。理不尽な思いはそっくりそのまま、ヴィスコンテにつき返してあげましょう」


 そういってシルフィが拳を握りしめると、メアリーが怪訝そうなまなざしをマルコにむける。


「それで、兵糧を狙うと言いましたが、どのようにするのですか?」


 ここに来るまでの間に、マルコは兵糧を狙うことや、その方法がいくつかあることは話していた。

 ただし、具体的にどうするかは伝えていなかった。

 聖国軍を見てみなければ判断のしようがなかったからだ。


 正直、聖国軍二万七千を、強敵だとマルコは思っていない。

 けれど、彼らは民衆を襲う賊ではないのだ。

 できるかぎり流血沙汰は避けたかった。

 だからこそ、食料を狙おうとしているのだが。


「兵糧を狙うといったら、夜襲からの焼き討ちが定石ですけれど」

「キャンプファイヤーですぅ」


 とシルフィが火計を献策して、フレーチェが同調した。

 なかなか過激なことを言うなあと思いながら、マルコは首を横に振る。


「いや、夜になるのを待つより、早いほうがいいと思う。オレンに近ければ近いほど、聖国軍が引き返すのにかかる時間も短くてすむ」


 聖国の正規軍がいかに鍛えあげられていようと、軍は軍だ。

 食料を失い、餓えれば略奪にはしる者もでてくるだろう。

 そうなる前に、さっさとオレンに引き返してもらおう、とマルコは考えていた。


「だから、いま、ここで片づける」


 聖国軍がオレンを出発して、すでに丸二日経っている。

 単純計算すれば、もどるのにも二日かかることになるが、夜通し歩けば、一日ですむはずだった。


 どうせ野営したところで、食料はない。


 マルコは遠い聖国軍の陣営を見すえた。


 注意深く観察すれば、少しずつ兵士の動きが活発になっているのがわかる。

 ある者は馬に飼葉をやり、またある者は天幕を解体している。

 その中央には、兵糧らしきものが積まれているのが確認できる。


 頭のなかで未来図を描いたマルコは、どうやら上手くいきそうだと胸を撫でおろした。


 残る問題は些細なものでしかなかった。

 そう、本当に些細なものだ。


 必殺技や奥義をつかうときには、技名を叫ばなければならない。



 誰が決めたんだ、そんなこと!



 文句を言いたくなるマルコだが、そこに一定の理があることを認めぬわけにはいかなかった。

 なにしろ、一度痛い目を見るところだった。


 ということで、……大声で叫ばねばならないのだった。


 マルコは身震いをこらえるために、槍を持つ手にギュッと力を込めた。


「……どうかしましたか。拍手でもいたしましょうか」


 と、メアリーが胸の前で手を合わせるしぐさをしてみせた。

 まるでマルコの葛藤を見透かしているかのように、的確に急所をえぐってくる。


 もしかして、わざとやっているのではないだろうか。


 マルコはものすごくいやそうな顔をしてから、


「……いや、いい。やめて」


 ふぅ、とおおきく息をはいた。


 恥ずかしがっていたら、余計に恥ずかしくなるものだ。


 マルコは覚悟を決めると、槍を逆手にもちかえた。

 石突きを聖国軍の中心にむけて、角度を計算してから上へ。

 曇り空にかかげる。

 背筋を伸ばして、力強く。


「燃えつきろ、俺の羞恥心!!」


 声とともに、石突きの先端から白い光があふれ出す。

 スライムを発光させ、その光を増幅しているのではない。

 筒のなかで凝縮させたスライムが、エネルギーを抑えきれずに発光しているのだ。


「スライム流星圏!!」


 石突きを中心に、ドンッ、と空気が弾けた。

 その衝撃にシルフィ、メアリー、フレーチェの三人が目をすがめる。


 撃ち出されたスライムは、白い尾をひいてぐんぐん上昇していった。


 大空を、我がもの顔で飛ぶ魔鳥。

 剛力無双の放った矢。

 すべてを置き去りにする速度で、光の球となったスライムはまっすぐに上昇していった。


 空をおおう雲をつらぬき、どこまでも。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。よければこちらもよろしくお願いします。
じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
上のタイトルクリックで飛べます。
>cont_access.php?citi_cont_id=6250628&sizツギクルバナー
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] 技名に、某ギリシャ神話のアニメを思い出しました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ