十二話 マルコ包囲網!? 皇女様の一手
理事長室の空気は重かった。
休日出勤である。
いや、そんな些細なことはまだよい。重たい理由は他にあった。色々あった。
スライム使いマルコ、次代の聖女と目されるシルフィ、そしてなんだかシルフィについてきた皇女ヘルミナ。
理事長室に集まった生徒達を見渡し、ここは年長者が口を開くべきだろう、とハーフエルフの理事長ディアドラは判断した。
「脅迫状の送り主がほぼ特定できた」
「……!」
ピクッと反応をするマルコ、そのどぶねずみ色の瞳には期待が浮かんでいる。
「まず、矢文だ。あれは生徒会メンバーの犯行だ。マルコの生徒会への勧誘に反対して、牽制のつもりで行ったようだ」
ちらり、とマルコはヘルミナを、生徒会の副会長を見やった。
ヘルミナは素知らぬ顔でドリルをいじっている。
くるくるに指を突っ込んでいる。
挙動不審なほど、くるくるしていた。
大体ヘルミナのせいであった。
マルコを生徒会で確保したいという思惑と、マルコの情報をばらすなら是非とも面白い形でばらしたい、という欲求を両立させようとしての失態だ。
ここには一つ、皇女とそれ以外の者の、スライム使いに対する認識の齟齬もあった。
多くの人に蔑まれるスライム使いだが、国家を預かる皇族から見れば、決して無能ではないのだ。
特に帝都のゴミは莫大な量にのぼる。
「そしてマルコの席、机の中にあった脅迫状は……わたしのファンクラブの犯行だ。どうやらマルコを私の家に泊めたのを勘違いしていたようでな」
ディアドラの耳を萎れさせている理由がこれだ。
ファンクラブ? とのマルコの視線を受けて、ディアドラは目をそらした。
「いや、ファンクラブなんてもの、私が作ったわけじゃないぞ。昔から何やらこそこそしてるとは思っていたが、まさか、こんなことをしでかすとは……」
コホン、と咳をして気まずい空気を無理矢理換気し、ディアドラは続ける。
「そ、それでだ。マルコの家の玄関に貼り付けられてた脅迫状はシルフィネーゼ・ノーマッド親衛隊による犯行だ。よからぬスライム使いにちょっかいをかけられていると判断したのだろう」
今度はシルフィが頭を抱える番だった。
「いつの間に、私に親衛隊なんてものが……」
本人、親衛隊の存在に気づいていなかった。
「安心なさい、シルフィ」
そう言ってヘルミナが通学鞄から取り出したるは一枚のカード。
シルフィネーゼ・ノーマッド親衛隊の会員証、シークレット名誉顧問の名が輝かしい。
「ちゃんと、わたくしが監視しているわ」
皇女様は誇らしげに胸を張った。
「ちゃんと監視できてるんですかね?」
マルコの言葉は皇女への敬意に欠けていた。
皇女様はレッドドリルいじりを再開する。ドリルの先端を指先で摘まみ引っ張る、と綺麗に整えられたドリルはビミョーんと伸びた。
「そして昨日、マルコは、街中で帝國騎士と揉め事を起こしたそうですわね?」
ヘルミナにニヤリと言われて、マルコも頭を抱えた。
ヘルミナがドリルの先端を離すと、伸びていたドリルがバネのように勢いよく縮んだ。
バインバイーン。
「……!?」
何というバネ力、まさに形状記憶ドリル、と驚愕するマルコ。
「フフン」
何故か勝ち誇っている皇女様は、年に似つかわしくない流し目をマルコに送る。
「それで、あなたはどうして帝國騎士団と騒動を起こしたのかしら?」
「俺が起こしたんじゃない! あっちが襲いかかってきたんだ。あいつリョーシカにいた頃から目を合わすなり襲いかかってくるんだよ! 俺の他にも襲われた奴は何人もいるぞ。リョーシカの冒険者ギルドじゃ通り魔呼ばわりされてたんだぞ。なんでそんな危険人物が帝國騎士になってんだ!?」
「あー、ロロが帝國騎士になった件だがな……」
ディアドラが済まなそうに説明する。
元々、若手実力者を探していたディアドラが目をつけ学園にスカウトしたのは、帝國で活躍する若きA級冒険者のロロだったそうだ。ちなみにマルコはC級である。
ところがそこに、帝國騎士団の横やりが入る。
帝國騎士団からも誘いがかかったロロは、学園にせよ帝國騎士団にしろ入ったら自由に動き回ることはできなくなると考え、その前に魔大陸へと武者修行に旅立った。
そして、帰ってきたら帝國騎士団に入ることを決めていたという。
「帝國騎士団のほうが強くなれんだろ」
同年代で自分より強い存在に初めて出会った、ロロはそう言っていたそうだ。
ディアドラはそのとき、ロロの口からマルコの存在を聞いたのだという。
「……その、ロロの代わりにマルコをスカウトした、と受け止められそうで言い出しづらくてな」
ディアドラの長い耳が、さらにしゅんと力なく下を向く。
年下の女の子をいじめているように見えるからやめてほしい、とマルコは思った。
「まあ、マルコとロロにはそのようなドラマがあったのですね」
シルフィは目をキラキラさせて面白がる。
「勝手にドラマを生やすな。目を合わすなり襲いかかってくるんだぞ、それも真剣でだ! 捕まえろよ! 捕まえる方じゃねーか! どうなってるんだ帝都の治安は!」
世界で最も治安が悪いとすらいわれる魔都リョーシカ。
そこで通り魔呼ばわりされていた人物が騎士をやっているのだ。
「何か根本的におかしくないか?」
マルコの問いに答えられるものはいなかった。
再び重い空気に澱んだ理事長室を、皇女様が掌握する。
「生徒会、理事長のファンクラブ、シルフィ親衛隊、そして帝國騎士団。ようはこれらを黙らせてしまえばよろしいのではなくて?」
すっと取り出した絹の扇子をばっと広げる。
「フフフフ、わたくしにいい考えがありますわ」
扇子の影でニヤリ、と笑う。
皇女ヘルミナ、渾身の一手が炸裂しようとしていた。
ドンッ、パッ、パッーン!
青空に白い花火が煙り咲いた。
パラティウム帝立学園の敷地内には闘技場がある。
本場王国のものに比べればさすがに小さいものの、充分に実用に足る立派なものだ。
その観客席は生徒達を中心に、満員となっていた。
「さあ、いよいよやってまいりました第一回スライム使い打倒トーナメント! 実況は私、放送部三年のミモザ。選手入場および組み合わせ抽選の解説には渦中のこの人、スライム使いのマルコ選手をお招きしております」
「……一年のマルコです。……ヨロシクオネガイシマス」
はきはきした声がマイクに乗ってよく通る。
ピンク髪の快活な美人の隣、解説席に座るのはマルコ。
その瞳は死んだイカを連想させた。浜に打ち上げられた魚のような目で見上げる空はどこまでも青い。
絶好のトーナメント日和である。
どこで間違えた? どうしてこうなった? マルコはマイクに声を拾われないよう内心で呻いていた。
第一回ってこれからもやるつもりなのだろうか? 無論、マルコはお断りだ。
これも全てミス・ドリル、ヘルミナ皇女のせいである。
開催者ヘルミナいはく。
「組織立って陰でこそこそやってるから問題なのでしょう? ちょっと代表者を集めてマルコの力を思い知らせてあげればよいのですわ」
その時は、マルコもいい案だと思ってしまったのだ。
「どこがちょっとなんだ……」
こんな大がかりなイベントになるなんて聞いていない。
後悔するマルコの隣で、会場のボルテージを上げようとミモザが声を弾ませる。
「なお、試合会場には宮廷魔導師の協力で、観客席保護および選手の安全のための結界が張られております!」
この結界の中では選手が大怪我をしても、ありふれたポーションや回復魔法で試合前の状態まですぐに回復するそうだ。
規模こそ劣るものの、本物の闘技場で張られている結界と同じものである。
回復要員には神官が派遣されている。
なんと神殿も協力しているのだ。
本格的であった。
権力の濫用、恐るべし。
「それでは、選手の入場です!」
ブルーなマルコを吹き飛ばすように、ミモザの明るく元気な声が青空に響き渡った。




