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70話 命令


「それはっ! けっして、ありえないことかと……」


 思いがけない言葉をかけられ、ティオレットは唖然となった。


「いや、わらわは王位継承権を定めておらぬ。王家の血の濃さからいって、フレーチェのほかに候補もいないであろう」


 と、ほかの候補をひとり残らず殺してまわったヴィスコンテ女王が、しれっと言った。


「問題は魔法の才だが……。同じ両親から生まれた、おぬしやワシュレットに才があるのじゃ。フレーチェの子にそれが受け継がれることも、期待できるのではないか?」


 ヴィスコンテのからかうような視線が、ティオレットを射貫(いぬ)いた。


「その子に魔法の才がなければ、そこであらためて次の女王を探せばよい」


 女王の首をすげ替える、などと簡単に口にできるのはヴィスコンテだけだろう。

 実際にそれを行い女王となっただけに、彼女の言葉には奇妙な現実味があった。


 ティオレットの反応を楽しんでいるかのように、ヴィスコンテはつづける。


「もちろん、フレーチェは女王とはならぬ。おぬしもそう思うであろう?」

「はい」


 ティオレットは力強くうなずいた。


「安心するがよい。わらわも死ぬつもりはない。それに、優秀な部下の忠義には報いるといったであろう。フレーチェを殺すつもりもない」


 そういうと、ヴィスコンテは酷薄な笑みを消した。


「ところがのう。これからはフレーチェが聖都にいるのが問題となってくる。……おぬしは聖都で暮らしておる。神殿をどう考えるか?」

「聖国と神殿は長きにわたってよき友でありました。回復魔法の中心地である聖都テテウが聖国にあることは、他国にはない聖国の強みといえます」


 ティオレットはだれもが知る、教科書通りにこたえた。

 うかつな発言をするつもりはなかった。


 それを見てとったのだろう、ヴィスコンテは興ざめしたように息を吐き出して、


「しかし、もし聖国と帝國が争えば、神殿は中立を保つであろう」

「……はい」


 そう問われれば、ティオレットも認めざるをえない。


「そう、おぬしもわかっていよう。神殿は中立であって味方ではない。味方と勘違いしてはならん。神殿が独自の立場にある以上、聖女が代替わりすればその姿勢も変わりかねん。次の聖女は帝國出身である」

「……今までも、ノーマッド家は聖女を輩出しております。問題はないかと」

「今までとはちがうのじゃ。彼女らは『初代聖女の再来』ではなかった。シルフィネーゼにかかる神殿の期待、見てきたまま述べよ」


 ヴィスコンテは赤い唇にふたたび冷笑を浮かべた。

 ためらいつつも、ティオレットは見たままをこたえるしかない。


「……神殿が新たな繁栄を迎えるときがきた、と歓迎一色にございます」

「見よ。明確に叛意をしめしているではないか」


 ティオレットの返答を予期していたのだろう。ヴィスコンテの声には勝ち誇るひびきがあった。


「神殿の権勢は、すでに大陸のすみずみにまで届いておる。宗教としては、大陸を統一したも同然であろうに、それ以上を望んでおるではないか。そして、初代聖女アセリア・ノーマッドは、聖国から聖都の自治権を勝ち取った人物である」


 言いがかりだ、という言葉がティオレットの喉元まで出かかった。


 神殿関係者にも、祭りにはしゃぐ権利くらいはあろう。

 それを叛意ととられれば、彼らもさぞや仰天するにちがいなかった。

 もっとも、「神殿に野心あり」と決めつけたければ、いくらでも理屈のこねようはある。


 すべては、ヴィスコンテ女王の気持ちの赴くままだ。


「彼らはただ、浮かれているだけなのです」


 つとめて平静に、ティオレットは言った。


「しかし、さらなる繁栄を夢見ておる。そのような神殿に、フレーチェをおけばどうなるか。あれを旗印に貴族を集め、神殿を煽り、さらなる権益を聖国に認めさせる。……かつて叛乱分子を集め一網打尽にしたおぬしなら、できるのではないか?」

「考えたこともございませぬ」


 ティオレットは即答した。


 事実である。とても実現可能な話とは思えない。

 もし、そのような夢想を企てる人間がいたら、ティオレットは正気を疑うであろう。


「ふむ。おぬしの忠義を信じよう」


 ヴィスコンテはうなずき、


「だが、わらわが帝國の人間ならば、する。フレーチェを旗印に貴族を集め、シルフィネーゼを裏で操り、神殿をそそのかす。わが聖国を混乱に落とすのも、不可能ではなかろう」


 たしかに、聖国にかぎれば現実的でない話も、帝國が介入するとなれば、可能性はゼロではなくなる。

 かの国には、ヴィスコンテより遠くまで手の届く策士もいるであろう。


 ティオレットは胸の(うち)で毒づいた。ヴィスコンテほどの謀略好きがいるかどうかは別だが、と。


「よって、わらわは聖女が代替わりする前に、聖都を掌握するつもりじゃ」


 それにしても、女王の発想は飛躍しすぎていた。

 シルフィの代になろうと、帝國の介入が行われる可能性は高くない。

 行われたとしても、混乱の規模はおさえられるはずだ。


 聖国の優位性である神殿との関係を自ら壊すなど、あまりにも割に合わなかった。

 恐怖政治のきらいはあれど、ヴィスコンテは破綻することなく大国を統治している人物である。それが理解できていないはずがない。


 このとき、ティオレットはかねてより抱いていた考えを確信した。

 かつて自分が見誤った、ヴィスコンテという人物の本質を確信した。


 彼女は理由があって戦おうとしているのではない。戦うために理由をつくっているのだ。


「選べ、ティオレット。フレーチェかシルフィネーゼ……、どちらかの身柄をわらわにあずけよ」


 ティオレットの頭上に、厳命が降りそそいだ。


 どちらを選ぶかなど、考えるまでもない。


 ティオレットの胸中を、ヴィスコンテは見透かしていただろう。


「優秀な部下であることを証明してみせよ。ティオレット・ベンドネル」


 拒むこともできなかった。


 優秀な部下への厚遇とやらがなくなれば、フレーチェを生かしておく理由など、ヴィスコンテにはない。連れ去るのに失敗したとはいえ、殺そうと思えばいくらでも手はあるのだ。


 ティオレットはただ(こうべ)を垂れるしかなかった。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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