66話 魔物狩りを終えて
魔物狩りは火遊びだ。
危険とは切り離せない。
不慮の事故などにそなえるため、まだ日が高いうちに終えることが多い。
マルコたちも、太陽がもっとも高くのぼったころには魔物狩りを終えて、帰路につくことになった。
昼下がりの森のなか、先頭を歩く老騎士の足取りは、自然体かつ力強いものだった。
木の根や苔に足を取られそうな気配は、まったくない。
狩りの成果は上々だった。
最多スコアを文字通り叩きだしたのは、シルフィである。
成果がよければ、気分もよくなる。
彼女が肩にかつぐ、まがまがしい狼牙棒も、上機嫌に揺れている。
その背中を見るメアリーは、沈痛な表情を浮かべていた。
「なんて物騒な武器を……。あんなものを気に入りでもしたら、どうするのですか」
メアリーの恨みがましい文句は、狼牙棒の所有者であるマルコにむかった。
「……そんなことを言われても。俺が選んだわけじゃないだろ。選んだシルフィ本人に言ってくれ」
最後尾を歩くマルコは、半眼になって返した。
ひそひそ声が聞こえたのか、シルフィが振り返る。
「メアリー。私だって見た目くらい気にします。心配しなくとも、これを使うのは今回かぎりにしますよ」
「それがようございます」
メアリーの声に安堵がにじんだ。
「なんだか、もったいないですねえ。オリハルコン製の武器を使わないなんて」
と、フレーチェは少し残念そうだ。
シルフィの次に魔物を多く狩ったのは、この人形のような少女だった。
エスクレアを上回ったフレーチェは得意げだったが、当のエスクレアがそれを素直に称賛したものだから、肩すかしを食らったようだった。
ちなみに、メアリーとマルコは魔物を一匹も狩っていない。
メアリーはシルフィのそばで魔物をかわしつづけ、マルコは近寄る魔物を一匹残らず、シルフィのほうへと蹴飛ばしていた。
もうそろそろ、木々の隙間から、聖都の白い城壁が見えてくるだろう。
森が途切れれば、そこにはトト家の馬車が待っているはずだ。
「待った!」
そこで、マルコが警告を発したため、一行は足を止めた。
「……大物ですか?」
魔物と思ったのだろう、シルフィが問いかけてきた。
「大物っていうか……魔物じゃない。人間だ」
マルコは硬い顔をしてこたえた。それにもまして、硬い声で、
「しびれ薬がまかれてる。気をつけろ!」
シルフィとフレーチェ、メアリーの三人がさっと顔色を変えて、すぐさま口をおさえた。
エスクレアと老騎士も、あわてて彼女らにならう。
瞳に薄く貼り付けた目玉スライムの能力で、鑑定ができるマルコ。
その対象は、ステータスや魔道具にとどまらない。
天然に存在する毒や薬はもとより、魔物により生み出されたもの、人の手で調合されたものまで判別を可能としている。
そう、人の手で調合された薬が、空気中にまかれているのだ。
あきらかに魔物の仕業ではなかった。
マルコは周囲を警戒しながら、人差し指のつめをはじいた。
そのつめは、風スライムで緑色に濡れていた。
つめからはじかれた小さなスライムが地面にぶつかると、そこに気流が渦巻きだす。
小さなつむじ風は横には広がらず、上へとのびていき、塵を巻き上げていく。
空気中にまかれたしびれ薬の粉を、マルコはここに集めようとしているのだ。
空気の渦がしびれ薬の粉を、土や葉、枯れ枝とまとめて吸い込んで、空気の柱となっていく。
一同の視線が、そこに集まった瞬間だった。
「……!?」
マルコはひとり、別の方向に目をむけた。
すさまじい速さで、炎の矢がせまっていた。
魔法によって生み出されたであろう炎の矢は、驚くほど正確にマルコを狙っている。
よければ、背後にいるだれかに当たるだろう。
そう素早く判断したマルコは、炎の矢を受け止めようと、右手を前に突き出した。
すでに、その手は青い水スライムの膜で覆われている。
速度も精度も申し分ないとはいえ、炎の矢はあくまで初級魔法にすぎない。
マルコの青く濡れた手が、いとも簡単に炎の矢を受け止めた。
そのまま、炎の矢はあっさり消滅、しなかった。
まばゆい閃光とともに、爆音が轟いた。
と思うが早いか、炎の矢だったものが変貌をとげる。
炎はまたたく間に膨れあがり、荒れ狂う大蛇と化した。
業火がまるで意思を持つかのように、のたうち回る。
炎の大蛇は天に牙をむき、木々を超える高さにまで、とぐろを巻いた。
そのなかに、マルコの全身はのみこまれた。