十一話 最強の戦士達! 帝國騎士団登場!
帝國騎士団。
帝國に暮らす少年少女の憧れの的。
冒険者はいずれ騎士にと胸を躍らせ、騎士はいずれ帝國騎士にと憧憬の眼差しを向ける。
帝國最強の戦士達。
その練習場では、しのぎを削る熾烈な試合が行われていた。
「フッ!」
呼気と共に襲いかかる少女。
その獰猛な面持ちは『狂剣』という異名にふさわしい。
「くっ」
ガギィッッ!
少女の鋭くも荒々しい剣を防ぎきる、男の技量も卓越していた。
両者は汗を散らしながら、踊るように場所を入れ替わる。
小柄な少女が体全身を弾ませ、振り絞り、剣を操るたびに、体中からギシギシと弓を引き絞るような躍動の音が放たれる。
ギャラリーとなっていた他の帝國騎士が呆然としている。
「おいおい、これ、もしかするともしかするんじゃないか……」
少女を相手にしている男は、帝國騎士団序列二位、副団長のルミナリオ。
攻防はすでに佳境に入っていた。
打ち合うたびにわずかずつ、勝利の天秤は小柄な少女に傾いていく。
少女の名はロロ、元A級冒険者『狂剣』のロロ。
入団半年足らず、齢十五にして帝國騎士の序列一桁となった剣の天才児。
市井は剣の天才と評するが、帝國騎士の多くは言う、「あれは天才ではない、猛獣だ」と。
半ば嫉妬を含みながら。
灰色の石畳に悲鳴を上げさせ、ロロは前へ滑るように跳躍する。
「ラァァァアアアッ!」
「ぅっ!」
体ごとぶつかるように、ロロの剣がルミナリオに振り下ろされる。
受け止める剣に想像以上の負荷が加わり、体格で大きく勝るルミナリオの姿勢が崩れた。
そこへ、ロロの剣が稲妻のように閃く。
「……参った」
剣先を喉元に当てられ、汗だくのルミナリオは息を大きく吐いた。
「そんな……、副団長が……」
「……負けた?」
練習とはいえ、ルミナリオが負けたことで帝國騎士達は動転している。
栄えある帝國騎士の中には、ロロの存在ををよく思わぬものも多い。
品性のない戦い方と批判される。出自が孤児だと、冒険者上がりだと陰口を叩かれる。
だが、少なくともルミナリオは知っている。
獣の剣の中に、洗練されたといえるほど研ぎ澄まされた、天賦の冴えが秘められていることを。
ルミナリオと団長だけは知っている。
「ふう、ようやく一本とったぜ」
そう息をつき、ニカッと笑うロロの汗まみれの顔は『狂剣』の異名とは裏腹に意外と可愛らしかった。
少年のように短く刈った黒髪と、何より特徴的な、額の大きな傷跡のせいで意識されることはないだろうが。
「私からすれば、もう土をつけられたか、というしかないのだがね」
「けっけっけ、次からはがんがんいくぜ」
「ふっ、まるで今まで手加減していたみたいな物言いだな」
ロロの普段は剣呑な眼が、興奮にぎらついている。
これでロロが未だ勝ち星をあげたことのない相手は、団長サーラターナ唯一人。
「まだまだ簡単に勝てると思ってもらっては困るな。……さて」
ルミナリオは副団長の敗北に取り乱している部下達に発破をかける。
「ほら、お前ら、いつまでものんびりしてないでさっさと仕事に戻れ!」
マルコの家の玄関が家主の理不尽な暴力に泣き、翌日に手厚い介護(スライムによる修繕)を受け元通りの姿を取り戻してから、またさらに次の日。
休日の帝都をマルコはぶらついていた。否、ぶらついているように見せかけてスライム親善大使シルフィ一行の後をつけていた。
時には先回りまでして。完全に不審者である。
夕方に合流してスライムを返してもらうまで不審者な予定である。
そんな不審者マルコの前には、絢爛豪華な石造りの劇場がそびえ立っていた。
「これが世界一と言われる帝立劇場か……!」
マルコはおのぼりさんよろしく口をぽかんと開けて、劇場の威容を見上げた。
立体的な彫刻の一つ一つが恐ろしいほど金をかけて造られたのだとアピールしてくる。
なぜ、ち○こ丸出しなのか。ちょうどマルコの顔の高さと同じくらいに位置するソレを前に首を捻るが、マルコに芸術がわかるはずもない。
あらかじめ教えてもらった予定では、これからシルフィ達神官が孤児院の子供達と一緒に演劇を観に来ることになっている。
無論、マルコはこんな立派な建物で劇を見たことなどない。
気後れしながら受付でチケットを買う。席が指定できるそうなのでシルフィ一行が占拠するはずの席より、ちょっと後ろを指定。
マルコは暗い劇場へと足を踏み入れた。
二時間後、そこには演劇にかぶれたマルコの姿が!
劇場から出てきたマルコは、別売りのパンフレットを手に、顔を紅潮させ興奮していた。
勇者が邪悪なドラゴンを退治をするという、シンプルなストーリーがマルコにもわかりやすかったのだろう。やはりドラゴンには悪役がよく似合う。これで勇者の仲間にスライムがいれば完璧だった。
魔法をふんだんに取り入れた戦闘演出も凄いのだろうが、何より圧倒的なのは役者の声量と迫力。
初めて目の当たりにした本物の演技力に、マルコは感銘を受けていた。
「……はっ!」
劇に見入っていて、途中からシルフィ達の様子を探るのを忘れていた。
慌てて、スライムの居場所を探る。
魔物使いが従魔の居場所をおぼろげにわかるのと同様、スライム使いのマルコには、自分のスライムがどこにいるのかがわかる。
いや、その精度は魔物使いの従魔どころか、魔力パスで繋がっている魔法使いの使い魔以上だ。
方向を探り、パンフレットを片手に早足で追いかける。
「いたいた」
マルコの視線の先、神官に囲まれ孤児院の子どもと談笑しながら歩くシルフィの肩に、スライムはいない。
スライムは幼い女の子の手に抱え込まれていた。
隣を歩く男の子がスライムをつつくと、少し年上の女の子に窘められている。
どうやらスライムへの隔意は順調に少なくなっているようだ。
「よしよし」
物陰からニヤニヤしながら幼女を観察するマルコ。完全に変質者である。
そんなマルコの近くを、黒い鎧の一団が通り過ぎようとしていた。
「ん?」
マルコはその物々しい集団に目を向けた。
「あれが噂の帝國騎士団か……」
威風に押され周囲の人々が自然と道を空ける。しかし、人々の顔に怯えはない。
帝都の住民にとっては恐れではなく、憧れの対象となっているのだろう。
確かに一人一人が普通の騎士とは違う、厳粛な雰囲気を醸し出していた。
とはいえマルコから見れば、他の騎士団との差など誤差といっていいレベルだ。
いや、一人腕が立ちそうなのがいる。その騎士は一際小柄で、身に纏う黒い皮鎧の肩当てには数字のⅨが刻印されていた。
帝國騎士団には序列があり、その数字が一桁になるとアムカと呼ばれ、自らの数を装備に刻み込むのが習わしとなっているのだ。
Ⅸと刻まれた小柄な帝國騎士が振り返った。
「「あっ!」」
スライム使いと帝國騎士序列九位は、同時に驚きの声を上げた。
マルコはその額の傷跡に見覚えがあった。
半年ほど前に、魔大陸で何度も絡んできたA級冒険者、『狂剣』のロロ。
「マルコォォオオオオ!」
「げっ、ロロっ、何故ここに!?」
「それはこっちの台詞だぁぁぁああああ!」
ロロはあろうことか街中で剣を抜きはなった。
日を浴びて寒々と煌めく刀身をぺろりと嘗め回す。
帝國騎士が帝都の街中で自分から抜剣していいのか!? というかなんで冒険者のロロが帝國騎士なんかやってるんだ!?
頭の中が疑問で埋め尽くされているマルコに比べ、すでに剣を抜いてしまっているロロの動きは素早い。
爆発的な脚力でマルコに迫る。
「ま、街中で剣を抜くなっ!」
「けっ!」
聞く耳を持たないロロの疾風のような突きをかわし、マルコは両手を上げる。まだパンフレットを持ったままだ。
「ほらっ! 俺は鎧はおろか、剣すら持ってないんだぞ!」
「それでもお前ならなんとかするだろ!」
「丸腰の学園生相手に、帝國騎士が街中で剣を振り回していいと思ってるのかっ!」
「知るかっ!」
「知れよっ!」
急な事態に戸惑い、騒ぎはじめた通行人が距離をとる。
閃く剣はどんどん鋭く、同行する帝國騎士の目ですら追い切れないほど加速していく。
避けきれないっ!
誰の目にも、誉れある帝國騎士のナンバー持ち、アムカが丸腰の少年を殺害するかに見えた。
白昼夢のような出来事は、
ガッ!
硬く鈍い金属音と共に、ロロの剣と共に、止まった。
「ほらなっ。なんとかしただろ!」
「ほらな、じゃねえよ!」
剣はマルコに、丸めたパンフレットに受け止められている。
ただの丸めた紙が、帝國騎士序列九位の斬撃を防いでいた。
そのパンフレットはまるで油まみれのようにテカっている。
土属性のエレメンタルスライム、アーススライムでパンフレットを覆い、金属に変化させロロの剣を阻んだのだ。
ロロはぎらつく眼差しのままマルコへと、つばぜり合いで止まった剣に触れるほど顔を寄せる。
「まさか、こんなところでマルコとやり合えるとは思わなかったぜ」
「俺はこんなところでまで襲われるとは思わなかったよ」
ロロが真っ赤な舌を伸ばし、刀身をぺろりと嘗める。
その瞬間、パンフレットを覆うスライムにアーススライムの黄色だけでなくアイスブルーが加わった。
「あがががぁぁあ」
アイススライムの冷気が刀身へ伝わり、ロロの舌を剣に張り付かせる。
舌に闘気を込めて、刀身から引き剥がしたロロは口元を抑えて叫ぶ。
「なびじやがるんだでめえ!」
「それこそこっちの台詞だ。あのな、いい加減俺を見るなり襲いかかるのやめろって。ストーカーか? 変質者か?」
それを聞いて、マルコの幼女観察事案に気がついて、通報しようかと注視していた通行人が呟いた。
「いや、お前の方が変質者だろ……」
スライム使いに向けられる世間の眼差しは中々に厳しいのだ。




