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56話 決闘


 実のところ、裏の剣聖シャルシエルとの刹那に過ぎない勝負においても、マルコは帝國と聖国の剣技のちがいを見てとっていた。


 シャルシエルが選んだ最後の一撃は、神速の横薙ぎであった。

 それこそが最も自信をもつ、あるいは、慣れ親しんだ技だったのだろう。

 これが帝國で剣を修得した者ならば、最後の賭けで選ぶのは、おそらく刺突だったはずだ。


 刺突は殺傷力に優れ、なによりも速さに特徴のある技だ。

 窮地においても、その速さをいかして急所に決まりさえすれば、一発逆転。一撃で相手をしとめることのできる技である。しかし、かわされれば、いや、たとえ相手の命を奪ったとしても、その瞬間に反撃を受ける可能性が高い、相討ち覚悟の技でもある。


 一方、斬撃は基本的な技だ。

 剣を振り回すだけに隙も多いが、力量差のある相手ならば、一振りごとに相手を制圧していける。剣の重さを生かして打撃として組み立てることもでき、相手の行動を封じることが可能な技である。


 刺突と斬撃、帝國の剣技と聖国の剣技。

 どちらが上、という話ではない。


 帝國と聖国では、剣の源流が、思想がちがうようにマルコには感じられた。


 帝國の剣は、あくまで敵を倒すための剣。

 最後には自分の身を犠牲としてでも、敵を倒すことに主眼が置かれる。


 それに対して、最後まで敵の前に立ちつづけるのが、聖国の剣術の根源なのではないか。その聖国の最高の剣を、最高の形で経験するのは、この機会をおいて他にはなかった。


 槍を構えるマルコの全身が、ぬるりとスライムで濡れそぼっていく。


「ひとりでやりたければ、まずはそれでもいい。けど、そちらの要望を叶えるんなら、こちらの要求にも応えるのが筋ってもんだろ?」

「ふむ。道理ではあるが……」


 シャルムートはわずかに思案する様子をみせた。


「ふたりまとめて、何度倒れようと、立てるかぎり戦う。それが、俺に対する礼儀だ」

「……くくっ」


 マルコが傲然(ごうぜん)と言い放てば、シャルムートはこらえきれずに笑みをこぼす。


「おもしろいな、きみは。普通は逆だろうに」

「逆? ……ああ。ふたりがかりとは卑怯な?」

「そう。それだ」


 愉快そうにほころんでいた口髭を引きしめ、シャルムートはシャルシエルを手で制すると、ひとり前に出た。そして、鞘に手をかける。


「よかろう。ただし、わかっているな? それも、私を倒せれば、の話だ」


 そう言うと、剣を鞘から引き抜く。

 聖剣が白く輝き、鮮烈な剣気がマルコの頬を打った。

 戸惑いの消え去った、心地よい剣気だった。






「――つまり、剣術が体系づけられた時代がちがうのが影響しているんだと思う。

 帝國の剣技は魔物を倒して領土を広げていった時代に成立したもの。聖国の剣技はそれ以前、魔物から国を守ることが重視された頃にできたものだから、求められるものが、ちがったんだ」


 歴史のちがいが剣術にもあらわれていたんだ、とマルコはもっともらしく腕組みをした。


 場所はいつもの宿屋、マルコが泊まっている部屋。

 椅子に腰掛け、彼はほんの少し紅茶をすすって、唇を湿らせた。


 熱そう、とシルフィは思った。

 メアリーがマルコに入れた紅茶は、火傷させるつもりじゃないか、と疑うほどに熱く見えた。


「相手が魔物であれ人間であれ、戦い方を知ってる、知らないの差は大きい。

 ただ知識としてだけか、身をもって体験しているかの差も大きいんだ」

  

 どこか居心地悪そうに、マルコは言った。


 どれほどレベルが高くとも、戦闘経験に裏打ちされていなければ、思わぬところでボロが出る。


 そういえば、魍魎(もうりょう)バッタを倒してレベルが八四になったとマルコは言っていたけれど、彼の強さはその信じられないような高レベルだけでなく、数え切れない経験によって支えられているのだろう。


「だから戦っていた、と言いたいのですね。……朝まで」


 だからといって、こんな時間まで戦いつづけることもないだろうに。決闘だけならすぐに終わっていたずなのだ、とシルフィはため息をついた。


 夜が明け、空は黄色く濁っていた。

 開門時刻もとうに過ぎている。

 開いたカーテンの外では一日の始まりを競うように、すでに人が動き出していた。


「一応、遅くなるかも、とは言っておいたんだけど……」


 目をそらしながら言うマルコの言葉は、いまいち歯切れが悪い。


「ほう。誰がその一言で、朝までかかると思うのでしょうか?」


 メアリーの声はかぎりなく冷たかった。

 困ったことに、彼女はたびたびマルコに冷淡な態度をとる。


 あくびを噛みころしたシルフィは、まなじりに涙を浮かべ、 


「まあ、 連絡用の風の(アエロー)スライムもありましたし。無事だと信じてはいましたけれど」


 マルコが帰ってくるのを待っていたら朝になってしまい、まぶたが重くてたまらなかった。


 メアリーは「いいかげん、そのスライムを使って連絡したらどうでしょうか?」といっていたが、戦闘中に邪魔をしてしまう可能性も考えると、ただ心配して待ちつづけることしかできなかったのだ。


 最近、生活リズムの乱れからか昼間でも眠気を感じるときがある。

 この徹夜は、早寝早起きが習慣のシルフィにとどめを刺したようであった。


「……これで、武力衝突の可能性は減りましたか」

 

 よし、寝よう。

 そう決意したこともあって、シルフィの声はどこかスッキリしていた。


 剣聖は聖騎士たちを率いて、今日中にも聖都を出て行くという。

 これで、マルコの弟子(フレーチェ)の身が危険にさらされる可能性も低くなる。


 一段落ついたことだし、午前中くらい寝ててもいいはずだった。


「それでは、帝都に戻る準備をしてよろしいでしょうか?」


 徹夜明けとは思えぬ機敏な動作で、メアリーが立ち上がった。


 シルフィは椅子に腰掛けたまま、不思議そうに侍女を見上げる。

 その瑠璃紺の双眸は、昼夜の空を溶かしたかのように、まどろみ、とろんとしていた。


「聖宮殿への浸透工作が水泡に帰し、剣聖と聖騎士も追い返された。ヴィスコンテ女王が、このまま、おとなしく引き下がってくれるような人物だといいのですけれど……」


 つゆほども期待していない声音で言うと、シルフィはふたたびあくびを噛みころすのだった。





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