55話 果たし状
剣聖シャルムートから果たし状が送られてきた。
マルコが勝てば、聖女グラータの提案を受け入れ、聖騎士隊を連れてこの地を去る。しかし、シャルムートが勝てば、このまま聖都に駐留する。
といった内容だった。
「……罠、ではありませんか?」
シルフィは警戒感もあらわに眉根を寄せ、手をこぶしにして口元に当てる。
「でも、この誘いには乗るべきだ」
彼女の心配はもっともだったが、すでにマルコは決闘を受けると決めていた。
「ですが……」
「気になるなら、探りを入れてみればいいんだよ」
とマルコは小さなスライムを召喚して、不敵に笑ってみせる。
罠かどうか、偵察してみればいいのだ。
シャルムートたちが詰所がわりに借り切っている宿屋の場所は、あらかじめ知っていた。
そこにスライムを送り込み、こっそり様子を覗いてみればいい。
戦の前には独特の空気がある。
罠だというなら、その準備や打ち合わせもしているだろう。
一目でわかるはずだった。
果たし状に、決闘。
視察だとか、いじめだとか、そんな話より、マルコはよっぽど気が楽だった。
決闘の場所は、北西区域の貴族街にほど近い、大きな公園だった。
ぽつり、ぽつりと白い街灯が灯る、長年のあいだ踏み固められた土の広場。
周囲をぐるりと囲う木々が視界をさえぎり、夜遅いからか、広々とした園内に、無粋な観衆の姿はまったくない。
人目を忍ぶ、果たし合いにはうってつけの、場所と時刻だ。
「よく受けてくれた。と言いたいところだが……」
剣聖シャルムートの声は、戦意と戸惑いが半々、といったところ。
灰色の簡素な服でも、めかし込んだ上等な服でもなく、剣聖は白を基調にした明るい色の鎧を身につけている。
武器や防具の善し悪しは、結果に如実にあらわれる。
これが、彼らの戦闘用の武装なのだろう。
「きみは本気で、われわれを同時に相手取るつもりなのか?」
と、シャルムートは眉間のしわを深くする。
その隣に立つシャルシエルは、瓜二つの姿で、まったく異なる表情を浮かべていた。
マルコと戦ったことのないシャルムートは、まるで未知の魔物と遭遇したかのような、困惑顔。
一方、一度剣を交えているシャルシエルは無言のまま、強大な魔物を前にした新兵のように、顔を硬直させていた。その手はすでに聖剣の柄にかかり、親指ほどの長さだろうか、鞘から顔をのぞかせた剣身が、淡く白い光をこぼしている。
この場にいるのは、三人だけだ。
この決闘が罠ではないのを確かめたマルコは、シルフィとメアリーの添削のもと、返信をしたためた。
律儀である。
マルコ本人が手紙を渡しに行くのも、雰囲気がぶちこわしになるような気がしたので、宿の従業員に頼み、届けてもらった。
空気も読んでいた。
その返信に、シャルシエルも来るように、と書いておいたのだ。
理由はふたつある。
「なにも不思議なことじゃないだろ?
俺は、こちらのほうが戦力が上だということを証明しにきたんだ。
なら、まとめて相手にしないと意味がない」
それがひとつ。
もうひとつは、この戦いそのものに、マルコが価値を見いだしているからであった。
戦闘経験は重要だ。
いざというとき、それが生死を分ける。
しかし、漠然と戦うだけでは、なかなか身につくものではない。
しっかり意識して、自分のモノとしていかなければならないのだ。
そう、この決闘は好機であった。
もともとマルコは弱かった。
あらゆる相手に、いやになるほど負けつづけてきた。
世界中探しても、マルコほど多くの敗北を経験してきた人物はいないだろう。
それだけ敗北を重ねながらもここまで生きてこられたのは、師に恵まれたからであって、自身の力ではないことを、マルコは知っている。
魔王軍で戦い方を教えてくれた連中は、そろいもそろってギリギリを見極める達人だった。
気絶するまでしごかれても、後遺症が残ることはなかった。
魔物の群れに放り込まれても、これ以上は無理とみれば救助してくれた。
師に恵まれ、
…………、
……………………恵まれ?
ひどい記憶ばかりだった。
つい泣きそうになったマルコだったが、気を取りなおして、手にしたオリハルコン製の槍を腰だめに構え、剣聖シャルムートを見据える。
とにかく、マルコはそのさなかにも相手をよく観察してきた。
そうしなければ、逃げることもできなかったから。
逃げて、生き延びて、次はどうすればいいかを常に考えてきた。
そんなマルコにとって、この誘いは、またとない好機に見えたのだ。
双子の剣聖。
本来、ひとりしかいないはずの存在が、目の前にふたりいる。
これほどの水準の、互いの技量を知り尽くした、おそらく連携も最高水準にあるだろうコンビ。
一対二で戦えば、マルコにとっても得がたい経験となるにちがいなかった。