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53話 当時の状況


 周囲のようすもフレーチェの反応も、エスクレアは意に介さない。

 ただ昂然と、高等部を案内していく。


 しばらくして授業がはじまると、廊下から生徒の姿は消えていった。

 そこで、トト公爵家の令嬢は足を止めた。

 言いづらそうに、少し逡巡するように、窓の外を眺めて、


「フレーチェさん。周囲の女子生徒にとって、あなたがどういう存在だったか、ご存じかしら?」


 三階の窓からは、湖がよく見えた。


 生徒が整列する校庭の奥、白い城壁のさらにむこう。

 雄大で神秘的な湖は曇天をうつして、銀を溶かしたように揺らいでいる。

 廊下も湖面も、嘘のように静かだった。


「周りが私をどう見ていたかなんて……。大貴族の娘とみたら媚びて、貴族失格とみるや排除にまわる。ただそれだけですぅ」

「結果だけを見ればそうです。ですが、問題は……」


 フレーチェの答えに、問いかけたエスクレアが首を横に振る。


「問題は、いくら嘲笑の的となっていたにしても、それでも公爵家の人間だったはずのフレーチェさんが、なぜ迫害の対象となったのか。

 魔法の才がなかったこと、スライム使いであったこと以外にも、理由はあるのです。

 ……あなたも、貴族の娘にとって、聖都で過ごすこの六年間がどれほど重要か、ご存じでしょう?」

「結婚相手を自分で探す、最大の機会ですか? それくらいはわかっているですぅ」


 その答えに同意するように、エスクレアはうなずく。


「ええ。この機を逃せば、待っているのは政略結婚。

 そんな女子生徒も少なくない。

 端的に言うと、……あなたは男子生徒に人気がありすぎたのです」

「ハァ?」


 フレーチェの声は、声に色があるとすれば、きっとドス黒い色をしていただろう。


「実態はともかく、フレーチェさんはまあ、ぱっと見たかぎりでは容姿も身分も申し分ない、高嶺の花。実態はともかくとして」


 そこを強調するんだ、とマルコは思った。

 エスクレアの言葉づかいはなんだか屈折している。


「そんなあなたが気さくに話しかけてきたら、勘違いする男子生徒もいたでしょう。意中の男子がのぼせ上がっているのを見た女子は、さぞ、やきもきしたことでしょうよ。私のように、婚約者でもいれば別でしょうけれど」

「こ……」

「……こ?」


 フレーチェが身体を震わせると、エスクレアは首をかしげた。


「こちとら必死に魔法の特訓をして、それを悟られないよう、人当たりよく振る舞ってただけですぅ! 私に原因があるとでも言うんですかっ!?」

「まさか。彼女たちにも動機があったというだけです。

 それに、いさかいの理由はほかにもあるのです」


 エスクレアは責めるでもなく、蔑むでもなく、淡々と、フレーチェと向き合っているようだった。


「私たちは、お互いに派閥を取りまとめる立場でした。

 ベンドネル家を中心とする派閥の子弟は、あなたがスライム使いだと知って、どう思ったのか。

 足を引っ張るリーダーにはすぐに退場してもらわないと、自分たちにまで影響が及ぶ。そう判断したのでしょう。

 だから、フレーチェさんは孤立した」


 フレーチェは押し黙った。

 なにか言いたくて、けれど言葉が見つからないようにも見えた。

 

 思い当たる面があったとしても、納得できるような話じゃない、とマルコは眉をひそめた。

 力を求められるという点で、ある意味、貴族の世界は冒険者よりもシビアなのかもしれない。


 短くも、ずいぶん長く感じられた沈黙のあと、エスクレアは続ける。


「時を同じくして、耳ざとい教師や貴族の一部に、首都の不穏な噂が届きました。新女王、ヴィスコンテ陛下が王位継承権者を粛清しようとしている、というものです。巻き添えになるのをおそれた教師陣は、王位継承権をもつフレーチェさんから距離をとったのです。

 ……それに、教師のなかには、私とあなたが同学年にいることを懸念する声もあったそうです。トトとベンドネル、権力争いの代名詞とも言われる両家の政争が激化するのではないか、と」


 彼女の説明は、聖国の事情を知らないマルコにもわかりやすかった。


 フレーチェとエスクレアの立場に明確な優劣がつけば、政争の過熱化は未然に防げる。その動きに抵抗する者はおらず、むしろ、すすんで受け入れようとする者ばかりだった、ということだろう。


 八方ふさがりというしかない。

 当時のフレーチェを取り巻く状況は、あまりにも悪すぎた。


 エスクレアは気の毒そうに言う。


「学生の、たかが子どもがおこなう権力闘争の真似事。

 そんなものが、本物の政争に火をつける。

 この懸念、けっして、絵空事ではないのです。 

『女王陛下が神殿を目の敵にする原因は、学生時代の聖女様との個人的な確執にある』

 学内では今、そんな噂がまことしやかに囁かれているのですよ」


 思わぬ話を聞いて、シルフィが首をひねった。


「グラータ様と女王陛下には、なにか個人的な因縁が?」




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