42話 ラストプリンセス
マルコたちがフレーチェの救出に成功した。
彼らはフレーチェの店にもどり、シルフィがスライムの治療を引き継いだそうだ。
未明の聖宮殿に、その朗報をもたらしたのは、初老の女性神官だった。
スライムの治療にかかりきりだった彼女は、疲れた様子だった。
なにしろ、体の仕組みがいまいちはっきりしないスライムが相手だ。
回復魔法は体の構造を理解していないと、効果がうすれる。
ベテランの彼女であっても、患者が瀕死のスライムとあっては、なかなか思うようには進まなかっただろう。
彼女は目に隈をつくりながらも、少女のように目を輝かせて言った。
「あれほど輝かしい回復魔法の光は見たことがありません。
私には命をつなぎ止めることしかできませんでしたが、シルフィネーゼ様ならば、きっとスライムであろうと回復させてみせるでしょう」
報告を受けたグラータは苦笑するしかない。
「当たり前なのよねえ」
シルフィは歴史上二人目の『聖女』なのだから。
たしかに、グラータも聖女だ。
神殿の第二七代聖女にして、ステータス上でも聖女の称号を得ている。
けれど、素質や能力をしめす適性は、神官のままである。
歴代二七名の聖女で、適性が『聖女』だったのは初代アセリア・ノーマッドただひとり。
だから、適性が『聖女』であるシルフィは、『初代聖女の再来』と呼ばれるのだ。
シルフィが二人目の『聖女』と判明して、神殿関係者はおおいに沸いた。
なにしろ、今の神殿の繁栄があるのはアセリアのおかげである。
シルフィが聖女の座につけば、さらに神殿の権勢は高まるだろう、と。
「普通に聖女をやってるだけでも、大変なのにね」
グラータは悩ましげに首を横に振った。
それはともかく、今はフレーチェの店に急がなければならない。
グラータは、馬車を走らせた。
夜明け前の大通りに、カラカラと轍の音がひびく。
窓から灯りがもれているのは、フレーチェの店『スリードロップス』だけだった。
店に着くやいなや、馬車を飛び降りる。
いきおいよく扉を開けると、狭い店内には不釣りあいなほどたくさんの人がいて、そのなかにフレーチェもいた。
紫色の髪の少女は、いとおしそうに三体のスライムを抱えていた。
グラータは安堵の息を吐き、
「よかった、無事で、ほんとうに」
「グラータ様、心配をおかけしましたです」
フレーチェは、神妙な顔をして頭をさげた。
そのとなりでは丸椅子に座ったシルフィが、たおやかに微笑んでいる。
どうやら、顔を隠すのはやめたようだ。
「フレーチェ、これからは聖宮殿ですごしなさい。あそこが一番安全だから。
……そんな目で見ないで?」
そう提案したグラータに、疑いの目をむけたのはマルコだった。
聖宮殿でも襲撃騒ぎがあったばかりだ、と、言わんばかりのまなざしである。
「聖華隊はきっちり引きしめたから。しめた……よ、ね?」
ハイデマリーに同意を求めたグラータが、不思議そうに首をひねると、青髪がさらりと流れた。
聖華隊の隊長は壁際に立ち、たばねた縄を手にしていた。
縄のさきには手を縛られた聖騎士が四人、行儀よく正座をしている。
×シブいオジサマ 1名
△なかなかよさげ 2名
×なんか生意気そう 1名
ちがった、そうじゃない!
聖女様は、ついつい品定めしてしまった頭の中のリトルグラータを追いはらう。
「……なにか言いたげだな」
ハイデマリーがむすっと言った。
そばに、メイド服のメアリーがたたずんでいるのもあいまって、まるで女王様のようだった。
本物ではなく、いかがわしい店のほう。
自覚しているのか、ハイデマリーは不機嫌そうに、
「一応、かねてより怪しいと思っていた者はひとり残らず、このまえの騒動で排除したはずだからな。大丈夫なはずだ」
「だって。ね、ね」
聖女様に誘われて、フレーチェはうつむいた。
おどおどと、遠慮がちに言う。
「……いいのですか? 私を聖宮殿で保護すると、神殿と聖国の関係が悪化するのでは……」
蚊の鳴くような声に、マルコたち帝國からの来訪者が、けげんな顔をする。
まだ、フレーチェが狙われた理由を、くわしく知らされていない顔だった。
ハイデマリーがため息まじりに言う。
「グラータ、もういいだろう」
彼女はグラータの意を汲んで、ここまで黙っていてくれたのだろう。
グラータは、シルフィとフレーチェには互いの立場に関係なく、親交を結んでほしかったのだ。
だから、マルコだけではなくシルフィにも依頼を出して、フレーチェと関わるようにはからった。
フレーチェは聖都の市民で、神殿は彼女を守るべき立場にある。
けれど、もし聖都で守りきれないとしたら、彼女をかくまうのに最適な場所は、おそらく帝國神殿となるのだから。
聖都を治める為政者の顔になり、グラータは重々しく告げた。
「フレーチェは、……ベンドネル公爵家の娘なの」
「それは言った」
ハイデマリーの素っ気ない返しに、グラータはこほん、と咳ばらいをしてやりなおす。
「フレーチェは、……王位継承権者だったの。
それも、ヴィスコンテ女王の粛清をまぬがれた、唯一のね」
王位継承権を放棄して、二度ともどれぬであろう不名誉な形で貴族社会から追い出されたフレーチェ。
すでに、彼女は聖都の一市民であり、平民にすぎない、――はずだった。
それでも、その身柄は、ヴィスコンテ女王の思惑ひとつで、紛争の火種となりかねないものだったのだ。
フレーチェのスライムを抱く手に、ぎゅっと力がこもった。