九話 学園の闇!? 永遠の少女
「……というわけなんだ」
マルコは異変が起きるとすぐに、矢文を持って、勝手知ったるディアドラ理事長の家に駆け込んでいた。
テーブルの上には例の矢文が置かれている。
困ったときは即相談。
持つべきものは頼りになる上役だ。
魔王軍ではトップが一番頼りにならなかったからなおさらであった。
マルコの説明を受けたディアドラは、矢文を前に思案する。
「ふむ、冒険者ギルドで揉め事は?」
「起こしてない。氷竜を持ち込んで多少騒ぎになったけど、奥の解体室だったんで一般の冒険者には注目されていない……はず。冒険者ギルドにいったのは、その一回きりだ」
マルコの話に頷き、ディアドラは潰れた鏃を、その白く細い指先で確かめている。
ドラゴンが一頭丸ごと納入されたという前代未聞の出来事に、冒険者ギルドは大騒ぎしていたのだが、マルコはそれを知らずに、何も問題を起こしていないと思い込んでいた。
うん、とディアドラは頷いた。
「なら、学園関係者だろうな。しかし、学園で使う矢は元から練習用に作られている。このように鏃を潰した形状、かつ使い古した傷があるものとなると、マルコを脅すために鏃を潰したわけではないだろう。普段から練習用にこのような矢を使っている貴族、軍関係の家の者といったところか」
パラティウム帝立学園の理事長は、あっさりと容疑者を学園関係者に絞った。
情ではなく、立場でもなく、理で判断する。
簡単そうに見えて、なかなか出来ることではない。
なんと冷静で的確な判断であろうか。
「おお! さすがディアさん!」
「ふふん」
マルコは感動した。気分と思いつきでしか動かない魔王とは大違いだ。
キラキラした眼差しで見られ、ディアドラは気をよくしている。
鼻がぴくぴく動く。耳もぴくぴく動く。
「まあ、このまま自宅に帰るのも危ないだろう。今日は泊まっていくといい」
……この思いやりと優しさがさらなる混乱を招くことになるとは、ディアドラもマルコも予想だにしなかった。
「か、会長……。ターゲットMが理事長宅から……朝帰りです!」
「なん……だと! そ、そんなはずはあるまい『カミクン』よ! なにかの間違いだ!」
「……いえ、事実です。これが、これが現実なんです!」
絞り出すような、地獄の釜を覗いてしまったかのような絶望をのせた、コードネーム『カミクン』の報告に、会長と呼ばれた男は呆然と、現実を否定する声を返すことしか出来なかった。
なお『カミクン』とは『ディ○ドラ理事○の髪をクンカクンカしたい』の略である。
場所はパラティウム帝立学園のとある一室。そこには全身を黒い布で覆った怪しげな人物達が集まっていた。
授業では使用されていない教室である。ただし、こっそりと彼らの集会に利用されてきた由緒正しい教室でもあった。
その習慣がいつから続いているのか、正確なことはもう誰も知らない。
会長、今でこそ会長と呼ばれるが、かつては『ミミハム』と呼ばれた男が放心したまま呟く。
「馬鹿な……、念のためと思って監視をはじめたが、まさか噂は真実だったとでもいうのか……?」
言うまでもないが『ミミハム』とは『デ○アドラ○事長の耳をハムハムしたい』の略である。
「我々とて信じたくはありません! ありませんが……」
無念をにじませる『カミクン』の頬を、慟哭の涙が流れ落ちた。
黒い布で顔も隠れているから直接見えたわけではないが、会長の心の目は確かに見たのだ。
その純粋な涙が、会長にある決意を促した。
「もはや、静観してはおれんか……。『ヒザサワ』はいるか!」
「はっ、ここに!」
会長の声に応じ、一人の男が跪いた。
格好が同じだから、いちいち呼びかけないと誰が誰だかわからない。
コードネーム『ヒザサワ』、無論『ディア○ラ理○長の膝小僧をサワサワしたい』の略である。
会長は、いや、彼らは先達の残してきた尊きこの道を守るためなら、手を汚すこともいとわないのだ。
どこかの空き教室で、世にもおぞましい集団の、邪悪なミサが執り行われていた日の昼休み。
学食で昼食を済ませ、教室に戻ってきたマルコは疑心暗鬼に陥っていた。
朝から不快な視線がまとわりついてくる。
その視線はどこに行っても、食事中もついて回っていた。
しかも興味本位ではなく、明らかに敵意なのだ。
産毛がひりつくような感覚に包まれ、マルコは視線の元を探る。
――数が多い。何が理由で見られているのかわからない。
そんなマルコの胸中を知らず、一人の生徒が近づいてきた。
帰ってきた嫌味貴族、ジュリアスだ。
思い当たるのはジュリアスとのいざこざくらいだが……。
「マルコ、午後の体育の授業、一緒にやらないか。か、勘違いするなよ、僕はそれが一番強くなれると思って言ってるだけだからな」
言葉遣いはともかく、ジュリアスの態度に敵意の影は見えない。
ジュリアス絡みじゃない、のか……。
ジュリアスに了解の旨を告げて自分の席に座ったマルコは、机の中に手紙が入っているのに気がついた。
「これは……?」
上質の封筒であった。ピンクの蜜蝋で封をしてある。
まさかラブレターとかいう、都市伝説ではないだろうか?
マルコは動揺した。矢文よりはるかに動揺した。
――いや、落ち着け。本物のラブレターより悪戯の可能性の方がはるかに高い。
「読めたぞ……、そういうことか」
浮かれて呼び出された場所に行くと、そこにはいじめっ子達が待ち構えていて笑いものになったり、スライム使いへラブレターを出す事自体が罰ゲームだった、と判明したりするに違いない。
マルコは、魔王の書斎でそのような物語を読んだことがある。
ならば、無視すべきか。
マルコは誰にも気づかれぬよう、そっと口の端を歪めた。
――いや、ちょっかいを出してきた相手には、しっかり噛みついて痛い目に遭わせるべきだ。
心を決めたマルコは何でもないよ、という体で周囲の状況を確認する。
悪戯ならマルコの反応を期待して観察しているはずだが、そのような視線は感じない。
マルコは机の中でこっそり封筒を空間収納へとしまった。
何気ない感じで教室を出て、人気の少ない屋上へ向かう。
やはり尾行者はいない。
屋上にも人がいないことを確認し、その扉をしっかり閉める。
空間収納から封筒を取り出し、封を破った。
マルコは中から出てきた、花のような匂いのする便箋を広げる。
「これは……」
中身に目を通したマルコは、難しそうな顔をしたまま固まった。
我らが崇めし、天の偶像よ。
その太陽のごとき光は誰も触れること叶わず。
太陽に手を伸ばし触れようとする者は身を焦がし燃え尽きることとなろう。
我らは常に汝を見ているぞ。
一見、意味不明な文章。
マルコはまじまじと手紙を見て、首を捻った。
数秒後、ようやく意味が理解できるようになる。
つまりだ。
「脅迫状じゃねえかっ!」
マルコはやたらポエミーな脅迫状を思いっきり足下へ叩きつけた。
マルコ、モテモテである。




