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41話 聖騎士の受難


 突如、隆起して壁となった街道を前に、赤いマントの聖騎士は馬車を止めた。


「な、なんだ、これはっ!」


 御者台に座る赤マントは、異変の直前に、黄色いなにかがふってきたのを目撃していた。


「アースウォール!? いや……」


 聖騎士ともなると、魔法の知識もしっかり叩き込まれている。

 彼が知っている土属性の魔法、アースウォールとよく似ているが、わずかにちがった。


 なにやら壁が、うごめいている。


 赤マントが用心していると、いつのまにか馬車の近くに、何者かの気配があった。


「ひぃっ!?」


 そこにいたのは、先日、森のなかで遭遇して、聖騎士たちの心に傷をつけた少年だった。


 赤マントは素早かった。

 すぐさま背後にある革製のカーテンをあけて、キャビンのなかに転がりこむ。


「で、で、でたっ」


 赤マントの狼狽ぶりは、まるで幽霊にでも出くわしたかのようだ。

 年配の茶マントが、落ち着きはらって嘆息した。


「ちゃんと口をきけ。いったい、なにが出たというんだ」


 ギギィ、と箱馬車の後部にある扉が開く。

 そこに、マルコが立っていた。


「げえっ!」


 恥も外聞もなく、茶マントは悲鳴をあげた。


 青マントはというと、マントよりも青ざめた顔になり、きょろきょろ周囲を確認する。

 横は壁、前は味方がふさぎ、後ろからはマルコが馬車に乗りこんでくる。


 逃げ道はない。


 このなかで唯一、マルコとの戦いの場にいあわせなかった緑マントが、


「え、まさか……。こいつが、例のパンツ泥棒なのか!」

「誰がそんなもん盗るかっ!」


 ひどい汚名を着せられて、マルコは憤慨(ふんがい)した。

 盗ってはいない、溶かしただけだ。


「し、師匠っ!? 逃げてっ! こいつら聖騎士ですぅ!」

「……師匠、だと?」


 身を起こしたフレーチェの声に、聖騎士たちが凍りついた。


「それは俺の弟子だ。俺と敵対したら次はどうなるか、わかっててやったんだろうな」


 にじり寄ってくるマルコに、おそれを知らぬ緑マントが立ちはだかる。


「くそっ、こんなガキに、なにを怯えるっ!」

「よ、よせっ」


 仲間の制止も聞かず、緑マントが剣に手をかけた。


 それは、緑マントにとって一瞬の出来事であった。


 すでに、マルコは間合いの内側にいた。

 狭い馬車のなか、長大な騎士剣は取り回しが悪い。

 剣が抜かれるよりも速く、マルコは無造作に踏み込んでいた。


 緑マントは悟った、間に合わない。


 状況判断を誤ったのか、鍛えあげた抜剣速度を過信したのか。

 どちらも正しく、どちらも足りなかった。


 見誤ったのは敵の力量であり、信じるべきは仲間の忠告であった。


 騎士剣、聖剣カリバーンを半ばまで抜いたところで、緑マントの目は驚愕に染まる。


 それにしても、速すぎる!


「がぁっ!」


 次の瞬間、彼の(あご)から脳天へと、衝撃が突き抜けた。

 掌底(しょうてい)打ちだった。

 マルコは武器を持たぬまま、最小の動きで緑マントの顎を打ち抜いていた。


「おぼえているな。次に俺と敵対したら、全裸だ、と」


 マルコがすごむと、残された聖騎士たちは震えあがった。


 目の前には、馬車の天井を頭でぶち抜いて、だらりと垂れ下がる同僚の姿。


 もし、これが全裸だったら。

 まさに、性騎士以外の何者でもない。


 悩むこと数秒、


「……て、敵対したのは、そいつだけです」

「我々は降伏する。どうか捕虜に寛大な処遇を」


 赤マントと茶マントは、あっさり白旗をあげた。


「お、おい。……いいのか」


 青マントはかろうじて思いとどまっていた。

 任務に失敗しヴィスコンテ女王の不興を買えば、聖騎士であろうと、どうなるかはわからない。


 そんな青マントを、茶マントが叱りつける。


「我々は栄えある聖騎士だぞ! 丸出しで放りだされてみろ! 

 性騎士だとかストリーキングナイツだとか、間違いなく笑いものになるわ!

 『やーい、おまえの父ちゃん、股間の性剣カリバーン!』だとか、子どもがいじめられたらどうしてくれるっ!」

「お、俺には婚約者がいるんだ!

 聖騎士になって、ようやく彼女の家におつきあいを認めてもらったのに。

 そんなことになったら、……結婚どころか、カズライール伯爵なみの笑いものだ!」


 赤マントは両手で顔をおおった。


「し、しかし」


 まだためらう青マントに、茶マントが非情な現実を突きつける。


「いいか、任務は失敗した。

 ここで降伏しようが抵抗しようが、任務は失敗に終わったんだ。

 潔く敗北を受けいれよう。さらに恥を重ねる必要なんてどこにもない。

 カズライール伯爵とて、普通に悪事が発覚して逮捕されていたのなら、あんな最期ではなかったかもしれん」


 青マントは反論できなかった。


 聖騎士たちは見てきたのだ。


 騎士の頂点たる剣聖が、その誇りを殺し、表情を消して、カズライール伯爵暗殺にむかう姿を。

 その指令を伝えてきた魔道具、魔銅鏡の表面に浮かびあがった、女王の文言を。


『聖国の恥さらしは生かしておけん』


 ここで無駄な抵抗をしたあげくに、性騎士に転職するはめになったら。

 彼らにも、伯爵と同じような末路が待っていることだろう――。


「……降伏、します」


 こうして、最後のひとりも陥落すると、マルコは上空から(クラウド)スライムを呼び寄せた。


 行きは四人、帰りは九人。

 空の上で聖騎士が暴れる可能性も考慮すると、聖都に戻るには、この馬車を利用したほうがいいかもしれない。

 それと、捕虜としての処遇も、ハイデマリーと相談しなければならないだろう。


 マルコがそんなことを考えていると、クラウドスライムの上で、シルフィが目と口を丸くしているのが見えた。

 振り返ると、フレーチェもそっくりな表情を浮かべていた。

 そういえば、シルフィの顔を隠していたことを、すっかり忘れていた。


「まぁ、いいか」


 そんなこと気にしてる場合じゃなかったしな、と、マルコは肩をすくめた。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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