表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/171

37話 スリードロップスの夜


 フレーチェはカウンターに硬貨を並べて、今日の売上を(かぞ)えていた。

 人形のような顔に、悪徳商人を思わせるゆがんだ笑みが浮かぶ。


「ふっふっ。順調、順調ですぅ」


 窓から店の中をのぞく人がいたら、あまりに似合わないその笑顔に吹き出したことだろう。


 もっとも、この時間帯になると、どの店もとっくに閉まっていて、通りを歩く人はめったにいない。

 昼の喧騒が嘘のように、窓の外はひっそりと静まりかえっている。


 聖都の大通りも夜遅くなると、おそろしいほど静かになる。

 大通りに店を構えて、はじめて知ったことだ。


 フレーチェは悪人顔をやめて硬貨をしまった。


 すでに帳簿はつけていた。ただ、お金を数えていただけ。そこにはなんの意味もない。エステ店をはじめてから、身についてしまった習慣。


 客が来ない日は、数えたくとも数えようがないのだ。

 そんな日はどうしようもなく不安に(さいな)まれる。


 店が軌道に乗ってきた最近こそ少なくなってきたが、最初は、そんな日ばかりだった。


 商売をはじめる前、フレーチェは聖宮殿の侍女見習いで、その前は学生だった。


 マルコたちがやってきたとき、店に押しかけていたのは、聖カエリウス中等学校に通っていたころの同級生だ。


 かつて、フレーチェは炎と氷の魔法使いだと思われていた。

 スライム使いであることを隠し、周囲にそう思わせていたのだ。


「ねえ、スライム使いってホント?」 


 そんな噂が流れたのは、三年ほど前のこと。


 噂はまたたく間に広がった。

 いじめられるようになるのに、それほど時間はかからなかった。


 それでも魔法使いであろうとしたフレーチェは、誰よりも努力したと思う。


 だが、周囲の成長においていかれ、次第に魔法使いとは見なされなくなっていく。

 歯を食いしばりながら学校に通ったのは、半年くらいだったか。


 もう無理だと、あきらめた。


 幼いころから当然のように過ごしてきた場所は、スライム使いのレッテルを貼られたフレーチェにはひどく生きづらい場所になっていた。


 けれど、今のフレーチェは、先行きに闇しかなかったあのころとはちがう。


 自分の力で稼げるようになった。


 それだけではない。


 底辺職のスライム使いが、魔法使いを超える。

 そんな夢みたいな話が、降って湧いたのだから。


「これで、今まで散々スライム使いとさげすんできた連中に、ひと泡吹かせてやれるですぅ」


 マルコが垣間(かいま)見せたスライム使いの可能性を思い、フレーチェは唇の端だけで悪人顔を復活させてみる。

 

 一風(いっぷう)変わった実力の持ち主、スライム使いのマルコ。


 ただで修行をつけてくれるという、物好きな少年だった。


 下心でもあるのではないか、と勘ぐるところだが、そんな雰囲気も感じられない。


 怪しいか怪しくないかでいえば、ものすごく怪しい、としかいいようがない人物ではあるが。


 そもそも、彼の雇い主からして、全身を隠した得体の知れない女性である。


「ふたりそろうと、怪しさが二乗ですぅ」


 一カ所だけのぞくその女の瞳は、昼夜(ちゅうや)の空を溶かした、吸い込まれるような美しさをたたえていた。

 一度見たら忘れるはずがないであろうに、不思議と既視感のある瞳をしていた。


 カタリナと名乗るその女から渡された、白いくず魔石をフレーチェは取りだす。


「何者なんですかねぇ」


 なんとなく口に出してみたのは、たいしたことだとは思っていないから。


 フレーチェは、マルコが修行をつけてくれさえすればそれでいい。

 このまま無料だと、もっといい。


 だからといって、あの女の正体が気にならないわけではない。


 魔石に魔法を込める。魔法が使えるならそれ自体は簡単な技術だ。


 しかし、くず魔石というのは、使えないから、くず魔石なのだ。

 込められる魔力量はたかがしれているうえに、さじ加減を間違えるとあっさり砕けてしまう。


 そこに魔法を込めるには、繊細な技術が必要となる。


 魔法の才に恵まれないフレーチェは、そのぶん努力した。

 魔法の出力が小さいのを、技術でカバーしようとしてきた。

 その結果、魔力量の微調整だけは自信があるのだが、それでもたまに、くず魔石を砕いてしまう。


 あの女は難しいとされる回復魔法で、一粒も砕くことなく、いとも簡単にそれをおこなった。


 高位の神官?


 それならば、神殿の総本山である聖都で素性を隠す必要はないはずだ。


 彼女は帝國から来たという。

 護衛と侍女がいるのだから、それなりの立場のはず。


 帝國の宮廷魔導師、だろうか?

 神官以外にも、回復魔法の使い手がいないわけではない。


 フレーチェが、謎の女の正体を思いはかっていると――


 かすかな金属音が聞こえた。


「えっ?」


 戸締まりしたはずの扉が開くとほぼ同時に、なにか硬いものがコトリと床に音を立てた。


 きれいな切断面をさらして、鍵だったものが落ちていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。よければこちらもよろしくお願いします。
じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
上のタイトルクリックで飛べます。
>cont_access.php?citi_cont_id=6250628&sizツギクルバナー
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ