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36話 オネエな兄


 書斎で机に向かっている、紫色の髪の青年が熱っぽい吐息をもらした。


「物騒ねぇ。嫌になるわぁ」


 どこか貴婦人のドレスを思わせる、匂い立つような印象の青年である。

 青年――ティオレットは、曇り空をうつしたような冴えない表情をして、タブロイド紙を机においた。


 そこには刺激的な見出しが踊っていた。



『カズライール伯爵獄中死! 暗殺か!?』



 その報は、またたく間に聖都を駆けめぐった。


 もともと、評判のすこぶる悪かった伯爵の急死は、人々を驚かしはしたものの、深い悲しみをともなうものではなかった。

 ただし、目端(めはし)が利く者は、彼の死が嚆矢(こうし)となりヴィスコンテ女王が本格的に動きだすのでは、と警戒を強めていた。


 ティオレットも、そのひとりであった。


 コンコンとノックの音がして、ティオレットは顔を上げた。


 沈思(ちんし)にふけっていた切れ長の瞳が、扉にすべる。

 ひかえめに扉が開き、紫色の髪の少年が書斎に入ってきた。


「兄上」

「あら、ワシュ。どうしたの」


 弟のワシュレットは、学校から帰ったばかりなのだろう、制服姿のままだ。


「あの、少しお時間はありますか?」

「ふふ、時間だけならいくらでもあるわ。無職だもの」


 しなをつくりながら悪びれる様子もない兄に、ワシュレットは少女のような顔をしかめる。

 弟はわずかにためらってから、


「……調べてほしい人物がいるのです」

「まあ。珍しいわね。

 あれ以来、あなたが私に頼み事をするなんてはじめてじゃない」


 ティオレットは花が咲くように微笑み、目を細めた。


 あれ以来……、妹のフレーチェを勘当してからだ。

 反発からか、弟は意識して兄と距離を置くようになっていた。


「姉上の店に、見慣れない男が出入りしています」

「あら、あの子にもいよいよ春が来たのかしら」

「兄上!」


 感情をあらわにする弟に、ティオレットは教えさとす。


「ワシュ。フレーチェがしっかり者なのは、知っているでしょ。

 あの子が困っているならともかく、そうでないのならあまり干渉しちゃ駄目よ。

 あの子は、もう、うちの子じゃないのだもの」

「たとえ姉上が家を出ても、僕が姉上の弟であることに変わりはありませんっ!」


 ワシュレットの顔が紅潮した。

 過去も今も、ティオレットのくだした判断に納得がいかないのだろう。


「いいことワシュ。わたしたちが関わるほど、あの子に危険がおよぶのよ」


 氷のように冷たい声で、ティオレットは弟の反論を封じ込めた。


「……はい」

「人を、調べればいいのね」

「はい。スライム使いだそうです。ねずみ色の髪の……」


 用件を伝えると、いくぶんほっとした様子で、弟は書斎を出ていった。


 ひとりになると、ティオレットは険しいまなざしを隠すよう、そっと長いまつげを伏せた。


 ワシュレットの懸念は、とるにたらない平和なものだった。

 それが許される状況ではなくなりつつあるのを、ティオレットは知っている。


「C級冒険者のスライム使い、ねぇ。

 すごいのかすごくないのか、わかりにくい人物なのよね」


 弟に言われるまでもない。すでに、ティオレットはその少年を調べていた。

 C級冒険者とだけみれば、たいしたことはなさそうだが、スライム使いでありながらC級までいけたのは、すごいことなのかもしれない。


 どちらにせよ、危険な相手とは思えなかった。


 今は一冒険者にかかずらわっている場合ではない。


 警戒しなければならないのは、あくまで聖都に伸びはじめたヴィスコンテ女王の手である。


 聖国の支配がおよばぬ聖都は、安全な場所であるはずだった。

 そう判断したティオレットをあざ笑うかのごとく、事態は刻々と動いていく。


「裏目に出てばかり、……はぁ」


 大げさにため息をつくと、ティオレットは机の上のタブロイド紙をくしゃりと丸めて放り投げた。

 ゴミ箱に落ちる寸前、それはぼうっと燃え上がり、一瞬で灰となった。

 



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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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