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33話 謎の少女


 昨日の夕刻、シルフィは仕事をすべて片付けた。


 これでのんびりできる。

 と、心軽やかなシルフィを聖宮殿まで迎えにきたのは、これまた足取り軽やかなマルコだった。

 マルコは聖騎士に囲まれようと剣聖に奇襲されようとあしらう自信があるので、自由に聖都を歩き回れるのだ。

 聖宮殿から宿に帰る道すがら、なぜだかマルコは得意げな顔をしていた。

 なにかあったのかとシルフィが聞くと、フレーチェを弟子にすることに成功した、という。


 そんなわけで、今日の午後から、修行がはじまることになった。

 午前ではなく午後からなのは、フレーチェの都合だ。


「午前中は予約が入っていたんですぅ」


 フレーチェの声はまんざらでもなさそうだ。

 言うまでもなく、お客がいるというのは喜ばしいことである。

『スリードロップス』の客は、そのほとんどが予約客らしい。


「カタリナさん、本当に護衛を借りちゃってもいいんですぅ?」

「いいんですよ。もとから、のんびりする予定だったので」


 フードを被りマスクで顔を隠したシルフィは、言葉通りに気の抜けた調子でこたえた。

 シルフィは、帝都から聖地巡礼のためにやってきたカタリナという少女で、マルコはその護衛である。

 そういうことにしておいた。

 ルカたちはいっしょに旅をしてきた同級生、これは事実と変わらない。


 マルコとシルフィ、フレーチェの三人は、南門に向かって歩いているところだ。

 大街道につながる東西の門に比べて、南北の門は利用者が少ない、と聖都の住民であるフレーチェは言う。

 人が少ないほうが修行の場としては都合がいい。

 鉄製の大きな門を通り抜けると、青々とした森が広がっていて、木々を縫うように細い街道がのびている。


「こっちですぅ」


 フレーチェは、街道ではなく、城壁に沿って歩き出した。


 深い森のなかに位置する聖都であるが、その森も城壁のすぐそばまでは迫っていない。

 視界と安全を確保するために、きれいに伐採されて野原となっていた。


 しばらく歩けば、人影はほとんど見えなくなった。

 マルコが辺りを見渡して、納得したようにうなずく。


「なるほど、ちょうどよさそうだ」


 魔物が潜んでいそうな、木や岩も近くにはない。


 フレーチェが、三つ重ねて背負っていた桶を、よいしょと地面におろした。

 決意と緊張をないまぜにした面持ちで、彼女は桶を指さす。


「それではあらためて、うちの子たちを紹介するですぅ。

 まずは、炎の魔石だけを餌に育てた、奔放なところのあるスラファニー。

 氷の魔石で育てた、お澄ましスラザベス。

 最後に薬草だけで育てた、癒やし系のスラスタシアですぅ」


 女性? とシルフィは首をかしげた。

 スライムに性別はないはずだが、女性名のほうがお客につまらないストレスを与えずにすむ、という判断だろうか。


 三つ並んだ桶から、三色のスライムが顔を出している。

 ……おそらく、顔の部分。


 たぶん、マルコとフレーチェはどこがスライムの顔なのか、認識できるのだろう。

 ちょっとついていけそうもない。

 シルフィは眉根を寄せてから、土魔法で椅子がわりの岩を作って、腰を落ち着けた。

 どうにも修行の役に立てる気がしないので、おとなしく見学することにしたのだ。


 (なまり)色の空の下、スライム使いの修行風景を眺める。


 紫色の髪の少女が指示をだす。

 フレーチェが指を振るうたび、赤青緑、三色のスライムが整然と動く。

 小柄で整った容姿の彼女がそうしていると、まるで人形劇のようだ、とシルフィは思う。


 マルコはマルコでなにやら助言をしたり、難しい顔をしてみせたり、あわてたり。


 なにもすることがないシルフィは、ぼんやりと、考え事をしていた。

 この依頼を出したのは聖女グラータで、請け負ったのはマルコとシルフィである。

 どうして、マルコひとりに依頼しなかったのだろうか?

 とりとめのない疑問を抱えていたら、突然マルコに声をかけられて、シルフィは目をしばたたかせた。


「回復魔法と土魔法……ですか?」

「そう。このくず魔石に魔法を込めてほしい」


 くず魔石の詰まった麻袋をシルフィに手渡して、マルコは力説する。


「回復魔法を込めた魔石を食べさせて、スラスタシアを強化する。

 スラファニーとスラザベスは土属性の要素を加えて、形を操りやすくすることで使い勝手をよくしようと思う」


 そういってから手本を見せるように、マルコは青と赤のスライムをニ匹、召喚した。

 青いスライムが氷の壁となり、赤いスライムがそこに炎の鞭を叩きつけた。


「こんな感じで、攻撃・防御・回復、この三つをバランスよく鍛えていく。

 なんでもできるとまではいかないけど、いろんな状況に対処できるように」

「わかりました。やってみましょうか」


 ようやく訪れた出番だ。

 少しばかり気合いを入れたシルフィは、次々とくず魔石に回復魔法を込めていく。

 すると、フレーチェがシルフィをじっと見つめて、怪訝そうな表情を浮かべた。


「……あなた以前、聖都に来たことありませんですぅ?」

「き、気のせいですよ。ねえマルコ」


 曇り空から注ぐ日差しは穏やかであったが、シルフィは思わずフードを目深に被りなおした。


「そ、そうそう。気のせい気のせい」


 なんとも頼りないことに、マルコの口調もうわずっていた。

 戦闘中はこの上なく頼りになるマルコだが、彼が頼りになるのは、あくまで危険の匂いを嗅ぎとったときだけなのだ。 

 マスクの下で、シルフィは口元をほころばせた。


 そして、こっそりため息をついた。自覚はしていた。

 スライム使いの師匠と変装偽名(へんそうぎめい)女である、怪しくないわけがない、と。


 だが、フレーチェには、シルフィの素性を追求する意思はなかったようだ。

 冷や汗をかく場面こそあったものの、今日の修行は滞ることなく終わった。


 シルフィとマルコが宿に帰ると、皇女ヘルミナが顔を強ばらせて待ちかまえていた。

 なにかが起きたのだろうと、シルフィは察した。


「――カズライール伯爵が、獄中で亡くなったそうですわ」


 紅い瞳を細めたヘルミナの声音は、いつになく固いものだった。




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じゃない孔明転生記。軍師の師だといわれましても
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