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忘れられないKISS

 滞りなく無事、終了した卒業式。


 同じ学科の仲の良い友人達と写メを撮ったり、体育会硬式テニス部の可愛い後輩たちからカラフルな手書きのメッセージカード付きの花束を受け取ったり。

 そして、大半の()は彼氏が車で迎えに来ている。

 そんな中、皆と最後の別れを惜しんだ後、私は一人、赤やピンクの薔薇やスイトピー、白いフリージアなど両手一杯の花束を手に帰途に就こうとしていた。


 その時────── 


「響子」


 その声にビクリと体を震わせた。


 まさか……?!


 恐る恐る、立ち止まる。

 色とりどりの花束の間から覗いたその顔は……。


「樹……」


 そこには、やや固い表情(かお)をした樹が、細身の紺のスーツ姿で立っていた。


「貸せよ。半分持ってやる」

 そう言って、樹は強引に花束を取り上げる。

「どうして……」

 私は、言葉にならない。


 樹と逢うのはあの日以来だ。


 何度夢に見ただろう。

 どれほど後悔しただろう。

 自分の愚かさを呪って。

 もう感じることはできない彼の胸の暖かさを、毎晩、枕辺に夢に見て……。

 二度と逢えないと思っていたその彼が、今、私の目の前にいる。

 私はその事実が信じられず、ただ茫然としていた。


「大学院、合格したよ。四月からまた一つ星で学生だ」


 樹は、落ち着いて言った。


「だから、どうして……」


 樹を裏切ったのに。

 悪いのは私なのに。

 どうして、樹は柔らかく笑っているの。


「情けないだろ? 笑うだろ。……だけど、俺は」


 笑んでいる彼は不意にあらぬ方を見上げて言った。


「俺は……お前が忘れられないよ」

 

 樹は、拗ねたようにそっぽを向いている。

 その酷く痩せた横顔は、無造作に伸ばした長い前髪に隠れ、それ以上の表情は読み取れない。


 しかし。


「俺には。お前しかいないんだ」


 ぽつりと呟いた彼の一言(ことば)は重かった。

 どれほどひどい仕打ちを彼にしてしまったか、私は今更のように思い知らされていた。


「ダメよ。私は……」

 ふるふると首を振る私に、彼は言った。


「お前がどんなにあいつのことを好きでも。必ず俺のことを振り向かせてやる。今度こそ必ず、だ」


 強いそれはしっかりとした口調。

 その黒いフレームの眼鏡越しの変わらない理知的な瞳で、私を真剣に見据えながら。


「樹……」


 涙が、止め()なく溢れてくる。

 樹のその表情(かお)がぼやけていく。


「俺達。もう一度だけ、やり直そう」


 樹の優しい声が、確かに私の耳に響いた。

 二人の間に、まだ肌寒い中、どこか南の暖かさを感じさせる三月の春風が吹き抜ける。


「私……。本当にまた、樹と……」


 樹は、持っていた花束を足元に置くと、そのまま言葉にならない私を広く逞しい、何より懐かしいその胸に引き寄せた。

 とくん、とくん……と、心臓(むね)が鳴る。

 流れる涙を樹は優しく、その節太く長い指でそっと拭ってくれる。


「響子。愛してる」

「樹……私も……」


 そして私と樹は固く抱き締め合い、春風花びら舞い踊る中、生涯忘れられないKISSを交わした。



  了




本作は、遥彼方さま主宰「ほころび、解ける春」企画参加作品です。


遥さま、参加させて頂き、どうもありがとうございました。

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