卒業式に過ぎる想い出
季節は巡り、春三月。
東響女子学園大学の学位授与式……「卒業式」が、学内の大講堂で執り行われた。
私は、胸元よりも長い栗色のロングの巻き髪を真紅の大きなリボンカチューシャでツイスト巻きにハーフアップし、四季折々の草花や流水と合わせた御所車の柄の桃色の着物と紫色の袴姿で出席した。
午前九時に始まった式では、卒業生全員の氏名の呼名が行われている。
母校の歴史ある伝統を守る礼拝形式のその式は、実に荘厳な雰囲気の中、粛々と進む。身の引き締まる想いで私は、感慨深い式に臨んでいた。
地方からずっと憧れていた第一志望の女子大だった東響でのこの四年間の学生生活が、走馬灯のように駆け巡っていく。
しかし。
樹……。
こんな時も彼のことが頭に過ぎる。
大学一年の夏期休暇中、高校英語の全国模試採点のアルバイトで初めて樹に出逢った……。
有名私立の一つ星学院大学・理学部数学科で数学を学んでいる彼は、その当時から既に「極小局面」を専門に研究したいと理知的に、抑えた熱いまなざしで語っていた。
でも、その頃はただのバイト仲間でしかなかった。
樹は真面目な大人しい、第一印象としては地味。大学では遊ぶことより黙々と勉強・研究に打ち込んでいるそういうタイプで、頭は抜群に良かった。数学だけではなく英語の能力もたいしたもので、バイトが佳境に入るとリーダーシップを発揮し、人になかなか心を許さない私にもいつしか頼れる存在になっていった。
LINEを交換して、バイトが終わった後もずっと繋がっていたし、デートらしいことも何度もした。ただ、特別「異性」として意識することは何故かなく、言わばいい「お友達」状態が長く続いた末。
耀に捨てられたあの日。
彼の部屋で初めて一夜を明かした。
泣き続けるだけの私を、彼はただ抱き締めてくれた。
自分からは口唇を重ねる事すらせず。
一晩中、ただ黙ってその広い胸を貸してくれた。
それから、彼の部屋で過ごす夜だけが私の傷つき乾いた心の救いだった。
あんな最低なあしらいをしていたのに。
それを思うと、今でも自分が恥ずかしく情けない。
いつも、いつの時でも……。
優しく私を受け入れてくれた彼──────
ぼんやりと思考を働かせながら、堪えても堪えてもまた滲んでくる涙を私は式の間中、アイロンを効かせたリネンのベージュチェックの小さなハンカチでそっと押さえていた。