73 離縁式
二日間、私は、お通夜のように静粛に──ではなく、それはもう、元気はつらつと過ごした。
だって、魔王の妻でいられる最後の期間だ。どうせなら、笑って終わりを告げたかった。
魔王の回りをうろちょろと、コガモのようについて回り、とにかく傍にいたがった。魔王は、最初は戸惑っていたが、私の意図に気づいたのか、二日目からは、好きにさせてくれた。
──そして、今。
私は、結婚式とは真逆の漆黒のドレスを着せられ、髪を結われていた。何でもこの世界の離縁式とは、全て黒づくめで行われるんだそうだ。
参列者は特にいなくてもいいらしいが、ユーリンとガレンが見守っていた。
魔王は、結婚式でも黒を基調とした軍服を来ていたので、その姿を見るのは二度目だ。
次に見るのは、正式な結婚式の時だろうと思っていたから、まさか、こんなに早く魔王の軍服姿を見ることになるとは、思わなかった。
でも、これで見納めだ。上から爪先まで、魔王の姿を観察する。
すると、魔王は、
「貴方には、やはり、白の方が似合うな」
と言った。
「やはり?」
私、魔王の前で白い服を着たことがあっただろうか? なんて考えたが、思い浮かばなかった。魔王の勘違いだろうか。
「いや、私は何を言っているんだ。ただの勘違いだ。忘れてくれ」
何だか様子のおかしい魔王に首を傾げつつも頷いておく。
離縁式はつつがなく行われた。後は誓いの言葉と共に、月下氷人を引きちぎればおしまいだ。別に、このとき壊すものは月下氷人に限ったわけではなく、その二人に縁深いものであればいいらしい。
だが、魔王のプロポーズや友達になるときにも使われたし、一番縁深い気がして、月下氷人にした。
「縁を切ることを誓いますか?」
「誓──」
魔王の言葉が、途中で止まる。私は、誓ったので、後は魔王が誓って、月下氷人を引きちぎれば、縁は切れる。
「オドウェル様?」
私が魔王の顔を覗き込むと、そのまま抱き込まれた。
「!?」
「──誓えない」
「おど、オドウェル様!?」
誓いの言葉を間違えたのか? と思った牧師がもう一度聞き返すが、魔王はもう一度はっきりと、誓えない、と言った。
「私は、貴方に望んだ。私の妻になり、私の傍で笑って欲しいと」
そうだ。けれど、それは、魔王のプロポーズの言葉だ。魔王が、それを知っているはずは、ないのに。
「それを承諾したのに、なぜ、貴方が離れていくんだ」
「えっ、ええっ?」
何を今さら。それは、カスアン神を倒すためで──、
「つまり、カスアン神さえ、どうにかなれば、貴方は離れていかないんだな」
そうなる。私だって、自分から好きなひとと離れようとは思わないし。
魔王が、僅かに笑って腕を緩める。
「良かった。初夜を終えたばかりの妻に、離縁を告げられてどうしようかと思っていた」
「へっ?」
間抜けな声が漏れてしまったが、許してほしい。今、初夜って──。だが、私が初夜を迎えたのは、5年後の魔王だけだ。私が混乱していると、魔王は宣言した。
「私の妻は未来永劫、ミカだけだ。よって、誓えない」




