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聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる  作者: 中編程度
二度目の恋
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70 雨

 窓の外を見ると、雨が降っていた。魔王がまた、子守唄を歌っていないかな。いやいやいやいや、見知らぬ嫁を名乗る他人がアンニュイな気分になっているときに来られても迷惑だよね。でも、今日は魔王、なかなか目線をあわせてくれなかったから、会いたいなぁ。


 そんなことを考えていると、気づけば、部屋を抜け出してしまっていた。耳をすませば、聞き覚えのある歌声が聞こえる。


 魔王だ!


 思わず、魔王の元へ走り出してしまう。

「ミカ?」

私の足音に気づいた魔王が振り返った。

「はい、へい……オドウェル様に会いたくて」

「そ、そうか」

魔王が照れたように、耳を赤く染めた。その耳の赤さにつられるように、私も赤くなる。ストレートに言い過ぎただろうか。いや、でも、本心だし。


 「私と貴方は、雨の夜を共に過ごしたことはあるのか?」

「……はい」

何度もある。記憶の雨で眠れないからといって、私が子守唄をねだったことさえあった。


 「雨を見ると、以前は父と母が亡くなった日のことを思い出していたのに、今は不思議と穏やかな気持ちになる」


 それは、とても嬉しいことだ。私が魔王の力になれるのは、とても嬉しい。

「……歌を。歌を歌ってもらえないだろうか?」

貴方の歌声が聞きたいんだ。魔王はそっと囁いた。

「そんなことでいいのなら、喜んで」


 やっぱり、子守唄かな、と思ったけれど、結局、以前魔王の前でも歌った、母が好きだったグループの曲にした。


 私は別に素晴らしい歌唱力があるわけではないけれど、魔王の心が晴れますように、と思いを込めて、丁寧に歌う。


 歌い終わると、魔王は拍手をしてくれた。

「貴方の歌声は優しいな」

それは、以前の魔王にも言われた言葉だった。それが何だか嬉しくて、少しだけ泣きそうになる。


 そんな私に気づいた魔王は、そっと身を屈めて、優しく目元を擦った。

「泣いてませんよ」

「そうか。なら良い。……貴方は、笑顔の方が──」


 「オドウェル様?」

突然言葉を切った、魔王に尋ねると、いや、と魔王は首を降った。


 「以前も、貴方に歌を歌ってもらったことがあるのだな。今日は、記憶の雨だから、記憶が流れ込んできた」

記憶の雨って、未来の記憶も見れるんだ。でも、私が今ここにいることによって、未来はかきかわっているわけだから──あれ? 何だか、頭がこんがらがってきたぞ。


 私の表情に気づいた魔王が、苦笑した。

「記憶の雨は、あり得た可能性の記憶もたまに見ることがある」

そうなんだ。じゃあ、魔王が見たのは、あり得た記憶──私からしてみれば、あった記憶だけれど、なのか。


 「すまない」

「?」

魔王に急に謝られてびっくりする。魔王に謝られる理由なんてないのに。


 「貴方を伴侶にと望んだのは、私なのに、貴方を覚えていないなんて。さぞ、貴方を苦しめただろう」


 「それは、」

魔王が私との思い出を、何一つ覚えていなかったのは、悲しくなかったと言えば、嘘になる。けれど、それって、人間の王族の血が入っていない魔王には仕方のないことだし、それに、

「もう一度、新たな思い出をオドウェル様と共に作っていけたら、と思っています」


 過去の魔王との思い出は消えてなくなった訳じゃない。こうして、たまに記憶の雨で見ることだってあるかもしれないし、何より魔王が覚えていなくても、私が覚えている。


 どちらかというと、いきなり見に覚えのない妻ができた魔王の方が不憫だと思う。


 そう言うと、魔王はくすりと笑った。

「私が、貴方を選んだ理由がよく分かる気がする」

そういって、私の頬にそっと触れる。少し低めの魔王の体温は心地好いけれど、同時に、初夜のことを思い出して──


 「ミカ、熱でもあるのか?」

急に真っ赤になった私に、不思議そうに首をかしげた。


 「な、何でもありません! 何でも、ないのです」

だからどうか、煩悩よ、立ち去ってくれ。

「そうか?」

「はっ、はい」


 力強く頷くと、魔王は再び不思議そうな顔をしながらも、頬から手を離した。


 少しだけ名残惜しくて、目線で手を追うと、魔王は笑った。


「もう、夜も遅い。送っていこう」

「大した距離もないですし、だいじょ……お願いします」


 あまりにも、魔王の笑顔が格好よかったので、思わず頷いてしまった。

 その後は、魔王に送られて客室に戻り、夢も見ないほど、ぐっすり、眠った。

 

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