65 失楽園
「聖女……!?」
確か、魔王城は、カスアン神に対する守りを固めたはずだった。それなのに、どうして──
「結界なんて、カスアン神と一体化した私に効果があるわけないじゃない」
楽しげに聖女は笑って、光でできた鞭を振るった。
「いたっ」
鞭が私にあたる。
やはり、カスアン神は聖女と一体化していたらしい。カスアン神という他者を取り込んだ聖女は、実質的に巫女と同じ力をもつのだろう。そうでなければ、聖女は、私を傷つけられない。
そうだ。ガレンはどうしたのだろう。私の護衛騎士となったガレンは、私の自室の警護にあたっていたはずだ。
「ガレンは……」
「ああ、王子様なら──殺したわ」
また、時を戻されても面倒だしね、格好いいから、私と結婚するなら生かしておいてもよかったけれど……。
何てことないように、いい放つ聖女の顔は相変わらず、無邪気だ。
死んだ? ガレンが、死んだ?
「うそ──」
嘘だ。ガレンは、今度こそ私を守ると誓ってくれた。そのガレンが、私を残して死ぬはずがない。
ゆっくりと、聖女が近づいてくる。
サーラと一緒にじりじりと、後退するけれど、もう壁に当たってしまった。逃げられる場所がない。
「ミカ様……!」
サーラが血だらけなのに、私を守ろうと前に出る。
「サーラ、逃げて。貴方の狙いは私なんでしょう。だったら、サーラは傷つけないで」
「……いいでしょう。そこの女、逃げなさい」
聖女が顎を扉の方へと向けた。
「ですが、ミカ様!」
逃げようとしないサーラに後ろ手で指文字で、
聖女が現れたこと、魔王に伝えて
と伝える。指文字なんてサリー嬢に習ったときは、使う機会なんてないとおもっていたが、使う機会はあったらしい。やっててよかった。
私の指文字にサーラは頷いたあと、走って部屋を出ていった。
「やっと二人きりになれたわね。会いたかったわ、邪教の使徒──、いえ、もう力がないから、使徒ですらないのね」
聖女はとても嬉しそうに、私に近寄った。ぐいっと髪を引っ張られて、無理やり目線を合わせられる。
「……私の神を貶めた罰よ。貴方はたっぷりと苦しめて殺してあげる」
言いたいことをいったあと、乱暴に髪が放され、床に叩きつけられる。
──?
何かが、視界の端で動いた気がした。聖女に気づかれないように、視線を動かす。扉の近くから這っているのは、見覚えのある青い髪。──ガレンだ。ガレンはまだ生きていたのだ。
よかった。思わず安堵の息を漏らすと、金の瞳と目があった。ガレンは、震えながら、体の上部を起こし、唇だけを動かした。
ミカ、トキヲモドシマス
美香、時を戻します──? だめだ!ガレンが時を戻すのは、これで二度目。どんな代償が払われるのかわからない。
「ガレン、だめ!」
「まさか、まだ生きて──」
聖女が振りかえるよりも先に、目の前が白く染まる。
──あまりの目映さに、目を閉じて、再び目を開けたとき、私は、森の中にいた。




